第16話 東雲 碧羽
少し、まどろんでいた。
えーと。
オレは何をしていたんだっけ。
「っ」
脳に釘を刺したかのような激痛が走る。
オレは思い出した。
本来の歴史と、改変された現在までの時間を。
(こっちの世界だと、紅映とは会ってないのか)
不安になる。
大丈夫だろうか。
いや、大丈夫のはずだ。
未来を信じた過去のオレを信じろ。
「ねえ、そこの君! すまないが道を教えてくれないか!」
「オレですか? はい。もちろんで……」
振り返ると、そこに兄妹がいた。
一人は屈強な男性だ。
顔に深い傷があるが、それを補って余りあるほどに整った顔立ち。年のほどは好青年の言葉が似合うくらいで、つい心を許してしまうような明朗さをまとっていた。
そして、もう一人。
そこに、彼女がいた。
「ん? 妹の顔に何かついているかい?」
「あ、いえ! すみませんまじまじと見つめてしまって! 知り合いによく似ていたもので!」
「ははっ、そういうことか。小さな縁だ。どうだい、君の名前を聞かせてくれるかな?」
「あ、はい! オレの名前は」
……なんだ。
やっぱり、うまくいくんじゃないか。
「
「楪灰くんか。僕は
「うん。東雲紅映だよ。はじめまして」
にこりと微笑みながらいう彼女には、やっぱり、八重歯がよく似合っていた。
「……うん。はじめまして」
彼女は、覚えていないのか。
もしかしたら、覚えているのはオレだけなのかもしれない。
だけど、それでいい。
紅映の悲しむ過去なんてなかった。
それは、オレの望んだとおりの今なんだから。
「それで、道でしたよね?」
「ああ! そうだ! 伊勢神宮へはどちらに行けばいいだろうか」
「伊勢神宮ですか? それなら――」
「ああ、もしよかったらだけど、道案内してくれないかな? どうにも、昔から道を覚えるのが苦手なんだ」
「そういうことでしたら、よろこんで」
そして、オレは東雲兄妹とともに伊勢路についたのだった。
たわいもない会話をして、時間が過ぎていく。
ありきたりで平凡で、平穏な日常。
空には、どこまでも青色が広がっていた。
*
と、いう形で終わったのなら。
一見ハッピーエンドに見えたかもしれない。
というより、実際にオレはそう思っていた。
気を抜いていた。
「……なんで」
目の前に広がる惨状。
目を瞑りたくなるようなねばつく赤い水たまり。
その中央に立つ、男の影。
「どうして、こんなことを」
惨劇の場を前に、紅映は糸が切れた操り人形のように気を失ってしまい、慌ててオレは彼女を抱き寄せた。
こんな思いを、させたかったわけじゃない。
「……どうして、か。君は知っているものかと思っていたよ、楪灰想矢くん」
「何を!」
「『岩戸』という組織が抱える闇についてさ」
男がひたひたと迫りくる。
……おちつけ。
ゲームをクリアしたオレだ。
そう簡単に遅れはとらないはずだ。
「数千万人の命を脅かす『呪い』に単騎で挑め? はっ、笑えない冗談だよね」
「……それは」
確かに、そうだ。
英雄譚のほうに気が向いていて気付かなかったが、それほど強力な敵を相手に、どうしてたった一人で挑む必要があったのか。
「こいつらはさ、僕を殺すつもりだったんだよ」
「……っ、そんなはずは」
「恐れたんだよ。僕のような強力な力を持つ者から呪いが生まれる危険性を。だから前もって摘んでおくことにした。『呪い』と相打ちにして、英雄に仕立て上げれば、二つの脅威が一気に片付く。すごく効率的だろう?」
手に持った槍についた血をぬぐい、オレに微笑みかける碧羽さん。
君もそう思うだろ?
そう、問いかけられている気がした。
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