第16話 東雲 碧羽

 少し、まどろんでいた。


 えーと。

 オレは何をしていたんだっけ。


「っ」


 脳に釘を刺したかのような激痛が走る。

 オレは思い出した。

 本来の歴史と、改変された現在までの時間を。


(こっちの世界だと、紅映とは会ってないのか)


 不安になる。

 大丈夫だろうか。

 いや、大丈夫のはずだ。

 未来を信じた過去のオレを信じろ。


「ねえ、そこの君! すまないが道を教えてくれないか!」

「オレですか? はい。もちろんで……」


 振り返ると、そこに兄妹がいた。


 一人は屈強な男性だ。

 顔に深い傷があるが、それを補って余りあるほどに整った顔立ち。年のほどは好青年の言葉が似合うくらいで、つい心を許してしまうような明朗さをまとっていた。


 そして、もう一人。

 そこに、彼女がいた。


「ん? 妹の顔に何かついているかい?」

「あ、いえ! すみませんまじまじと見つめてしまって! 知り合いによく似ていたもので!」

「ははっ、そういうことか。小さな縁だ。どうだい、君の名前を聞かせてくれるかな?」

「あ、はい! オレの名前は」


 ……なんだ。

 やっぱり、うまくいくんじゃないか。


楪灰ゆずりは想矢そうや、です!」

「楪灰くんか。僕は東雲しののめ碧羽あおば。こっちは妹の紅映くれは。ほら、紅映もあいさつしな」

「うん。東雲紅映だよ。はじめまして」


 にこりと微笑みながらいう彼女には、やっぱり、八重歯がよく似合っていた。


「……うん。はじめまして」


 彼女は、覚えていないのか。

 もしかしたら、覚えているのはオレだけなのかもしれない。

 だけど、それでいい。

 紅映の悲しむ過去なんてなかった。

 それは、オレの望んだとおりの今なんだから。


「それで、道でしたよね?」

「ああ! そうだ! 伊勢神宮へはどちらに行けばいいだろうか」

「伊勢神宮ですか? それなら――」

「ああ、もしよかったらだけど、道案内してくれないかな? どうにも、昔から道を覚えるのが苦手なんだ」

「そういうことでしたら、よろこんで」


 そして、オレは東雲兄妹とともに伊勢路についたのだった。

 たわいもない会話をして、時間が過ぎていく。

 ありきたりで平凡で、平穏な日常。


 空には、どこまでも青色が広がっていた。



 と、いう形で終わったのなら。

 一見ハッピーエンドに見えたかもしれない。


 というより、実際にオレはそう思っていた。

 気を抜いていた。


「……なんで」


 目の前に広がる惨状。

 目を瞑りたくなるようなねばつく赤い水たまり。

 その中央に立つ、男の影。


「どうして、こんなことを」


 惨劇の場を前に、紅映は糸が切れた操り人形のように気を失ってしまい、慌ててオレは彼女を抱き寄せた。

 こんな思いを、させたかったわけじゃない。


「……どうして、か。君は知っているものかと思っていたよ、楪灰想矢くん」

「何を!」

「『岩戸』という組織が抱える闇についてさ」


 男がひたひたと迫りくる。

 ……おちつけ。

 ゲームをクリアしたオレだ。

 そう簡単に遅れはとらないはずだ。


「数千万人の命を脅かす『呪い』に単騎で挑め? はっ、笑えない冗談だよね」

「……それは」


 確かに、そうだ。

 英雄譚のほうに気が向いていて気付かなかったが、それほど強力な敵を相手に、どうしてたった一人で挑む必要があったのか。


「こいつらはさ、僕を殺すつもりだったんだよ」

「……っ、そんなはずは」

「恐れたんだよ。僕のような強力な力を持つ者から呪いが生まれる危険性を。だから前もって摘んでおくことにした。『呪い』と相打ちにして、英雄に仕立て上げれば、二つの脅威が一気に片付く。すごく効率的だろう?」


 手に持った槍についた血をぬぐい、オレに微笑みかける碧羽さん。

 君もそう思うだろ?

 そう、問いかけられている気がした。

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