万年ランク外のワナビは書籍化の夢を見るか
神崎あきら
第一話
江口雄大はキーボードのENTERキーを渾身の力で弾く。これまで書き続けてきた自作の小説が更新できた。現在しめて10万文字。短編しか書き上げたことがなかった彼にとっては超大作だ。内容の面白さにも自信があった。
クラスの中で陰気で目立たない、取り柄もない男子高校生が下校途中に電柱に頭をぶつけて転倒。そのショックでファンタジー世界へ飛び立つという破天荒なシナリオだ。タイトルは「陰気で目立たないキャラの俺がファンタジー世界で最強ハーレム、イケメン魔王は泣いても絶対に許してやらない」だ。
ファンタジー世界で男子高校生は勇者として活躍し、信頼できる仲間やドラゴンとともに姫を掠ったイケメンな魔王の城へ乗り込む。
道中には剣と魔法で戦う超絶アクションが満載だ。中学生からやりこんだネットゲームは数知れず。その設定を上手く組み合わせて魅力的な世界観を創った。
パーティのヒロインはかわいい妹のような存在で、主人公を慕っている。彼女と敵対する年上のセクシー美女にも恋心を抱かれてモテてモテて困っちゃう、という恋愛要素も充分盛り込んだ。
「これならランキング一桁は狙える」
雄大はハナイキも荒く、自信作をネット小説サイトへ投稿した。サイト名は「ザ・ノベリスト」。数ある小説サイトの中でも大手で、読者数が桁違いだ。
雄大が書いたファンタジージャンルの人気が高いのも特徴で、書籍化作家も多数輩出している。
雄大には夢があった。自作が出版社により書籍化され、書店に平積みにされることだ。願わくば全国の書店でサイン会も開催したい。
もっと言えば、憧れの萌え絵師による表紙、好きなアニメーターによるアニメ化、そしてヒロインの声を推し声優若葉いろはに当ててもらうことだ。作者としていろはちゃんと握手ができるかもしれない。夢は広がるばかりだ。
執筆につい熱が入ってしまい、気付けばもう深夜2時だった。明日、いや今日も仕事だ。まだ閲覧数は0のままだ。きっと皆寝静まっているから仕方がない。
早朝のランキング更新を楽しみにして眠りについた。
翌朝、スマホのアラームに飛び起きた。雄大はすぐさまスマホでザ・ノベリストのランキングを確認する。1位から10位はいつもの顔ぶれだ。さすがに深夜にアップしたばかりの自分の小説はランクインせずか。
せんべいふとんから起き上がり、顔を洗って歯を磨く。半額のシールの貼られた菓子パンをかじりながらコーヒーで流し込み、一応見える場所だけアイロンをかけたワイシャツによれたグレーのスーツを羽織り、築40年のボロアパートを出た。
通勤電車の中でもサイトのチェックを欠かさない。更新ボタンを連打する。
せめて30位には上がっているんじゃないか、しかし自分の名前はそこにはなかった。雄大はがっくりと肩を落とす。隣の女子高生がスマホで小説を読んでいた。キャラの名前はザ・ノベリストで1位の作品だった。
あまりに画面を覗き見するので怪訝な顔をされてしまった。
会社の朝礼でしょうもない社訓を斉唱し、重いカタログをカバンにつめて営業に出た。車はボロい軽四、乗り心地も最悪だ。車の運転は苦手だった。
営業品目はオフィスの清掃用品。基本的に飛び込み営業だ。毎日30件はまわってこい、という超昭和レトロな上司の怒鳴り声に、仕方なく件数だけは稼ぐものの、根性論で売上げは上がるわけが無かった。
今やオフィス備品は通販で間に合っているのだ。安いし、翌日には配送される。飛び込み営業でモップだフロアマットだと言われても面倒なだけなのだ。
昼休憩の喫茶店でサイトをチェックする。雄大の作品は589位だった。閲覧数は3。ほとんど読まれていない。
何故だ。こんなにも面白いのに。
小説は中学生から書き始めた。失恋、受験の失敗、嫌なことがあれば小説の中で発散した。高校から大学、社会人7年目の今も書き続けている。
ネット小説という世界があることをこの3年前に知った。それから小説を投稿サイトに投稿し始め、今に至る。憧れの小説家になれる近道だと思った。
しかし、コンテストや大賞に根気よく応募しているが、鳴かず飛ばず、まったくカスリもしない。お気に入りやいいねの数も、ランキング上位の作家と比べると雲泥の差だった。
翌日も、その翌日も、「陰気で目立たないキャラの俺がファンタジー世界で最強ハーレム、イケメン魔王は泣いても絶対に許してやらない」はまったくランクインせず、いつしかランク外になってしまった。それから誰にも読まれない。
雄大はひどく落ち込んだ。仕事でもミスを連発し、加齢臭も香ばしい生ハゲの上司に怒鳴られる日々だ。
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