第31話 悪いことはよく重なる

 ひどい目にあった。

 下校のアナウンスが鳴り響く中、足元がおぼつかないままに帰り道を歩む。


 あの二人は、悪魔かなにかの手先なんじゃなかろうか。どう考えても僕を殺しにきているとしか思えない。

 天音先輩なんて、僕が電気をくらうリアクションを見て喜んだりしてるし――ドSだよね。

 風宮さんなんて、僕が口から煙を吹こうがなにしようが表情変わらないし――冷徹だよね。

 天音先輩の電気により、若干パンチパーマになった髪をさすりながら、内心で悪態をつき続ける。


 ……思い描いていた高校生活なんて、宇宙の彼方だ。


 これでまだ、入学してからそんなに時間が経っていないなんて――激動の一ヶ月、とでも名付けようか。僕はどれだけ濃密な時間を過ごしているんだろう。

 現在の状況を受け入れて、『葉言高校』の代表として、生徒会長として、夜凪と『論争』を――負ければなにをされるかわからない。もしかすると、下着で登校なんてこともあるかもしれない。


 ……やっぱり、明日二人に正直な気持ちを話そう。


 僕は『論争』なんてしたくないし、あんな電気を浴び続ける修行に耐えられるとも思えない――ないない尽くしだよ。ここは威厳や支持より、確実に自分の命を保守しよう。

 しかし、僕が勝てば同じくして――相手に校則を追加、か。


「……全裸で登校」


 なんてどうだろう――にやり、と口元が緩む。

 思春期特有の妄想が浮かんじゃうよね。


「ぜ、全裸がどうかしたの?」


 不意の呼びかけ、正門を出たところに夕凪がいた。

 バッドタイミング! この問い掛けに、僕はどう返せばよいのだろう――うわあ、夕凪の表情が激しくおかしい人を見る目になってるよ。普通に考えて、にやにやしながら一人で全裸とか呟いている男がいたらそりゃ引くよね、どん引きだよ。ううむ、違う話題を無理矢理に出す? いやしかし、全裸ほどインパクトある内容が思い付かない。

 よし、ここはあえての強気でいこうじゃないか。


「夕凪の全裸が見たかった」

「ふぇっ。ぜ、ぜぜ、ぜん? 夕凪の!?」

「そう、全裸。帰り道、ふとそう思ったんだ」

「……」

「……」

「…………」

「…………」


 二人横並びに歩きながら、沈黙が続く。

 完全に収集不可能な空気だ。慣れない言葉を発するものじゃないね。第三者が突然現れて仕切り直してくれると嬉しいんだけど、そんなフラグは起こりそうもない。

 せめて、夕凪の全裸に限定するんじゃなくて女の子の全裸とアバウトにすれば――いや、そんな問題じゃないよね。

 どうする? どうすれ――、


「夕凪ね、言也君になら見せてもいいよ」


 ――ばうぃっ!?


 もじもじと指を交差させ、夕凪が頬を赤く染める。

 ふふひぃーや、落ち着け、落ち着くんだ、僕。入学初日、放課後、幾度となくこの少女に純粋な男心を騙されたのか忘れたわけではないだろう。いやまあ、僕の勘違いといえば勘違いなんだけど――とにかく、二度あることは三度ある。 

 警戒を怠るな――、


「あは。なんちゃって、嘘だよっ」

「嘘なのっ!?」

「逆に本気だと思ったの!?」

「ははは。嘘だと思ったヨ、嘘だとネ」


 ――ふっ、わかっていたとも。

 仕切りなおすよう、僕は咳払いを一つ、


「……そういや、夕凪はこんな時間まで用事でも? 下校時間ぎりぎりだけど」


 夕凪は頷き、僕をじっと見つめ、


「言也君を待っていたんだよ」

「僕を?」

「……お兄ちゃんから『論争状』が届いたんだよね。そのことについて、言いたいことがあって」


 はっきりと、断定した言い方。

 夜凪から『論争状』が届いたという情報は、一体どこから仕入れたのだろうか。それについて、今はいちいち詮索している場合ではないけど。


「……言いたいことって?」

「受けるのは、拒否してほしいの」

「拒否って――」

「何度でも言うよ。拒否してほしいの」


 夕凪は僕の肩を両手で掴み、感情を顕にして、


「お願い! 受けてしまったら、言也君が死んじゃう!」


「――お、大袈裟な。さすがに、殺したりなんて」


 と、言い掛けて先日の出来事が脳裏を過る。

 なんの躊躇いもなく、僕の右肩に風穴を開けたんだ。気軽に脳天を貫通させても不思議ではない。


「言也君も知ってるよね? 学校の威厳を賭けて、双方が了承した『論争』は不慮な事故が起きて命を奪ってしまっても罪にはならないって」


 そんな過激なルールあったの!? 初耳なんですけど。


「……お兄ちゃんなら、事故と見せかけて殺すかもしれない」


 あ、ありえる。

 確かに、軽く三桁は人を殺めたような顔をしていたからね。


「だから、『論争状』は――」


「大丈夫」


 僕は自信満々に夕凪の言葉を遮る。


「――だ、大丈夫って、根拠は?」

「もとから、受けるつもりなんてないから」

「っ! ほ、本当?」

「断るつもりだよ」


 夕凪の警告。

 とてもじゃないけど、命を賭けるなんてこと――僕にはできない。先輩方には悪いけれど、僕にとっては荷が重すぎる。生徒会長の威厳と支持がなくなるくらいで、命が助かるのなら安いもんだ。

 だけど、だけど、


「よかった。安心したよ」


 ホッとした表情の夕凪、それを見て僕は思わず、


「……ごめん」

「ふぇっ? 急に謝ってどうしたの?」

「いや、僕が」

「???」

「ううん。なんでも、ない」


 夕凪の代わりに夜凪を倒せたらいいんだけど、という言葉は続かなかった。

 ホッとした表情も今の僕を案じてくれただけであって、これから先もあの表情を続けていけるというわけではないんだ。


 ……校則を追加することができる。


 天音先輩のよい話があるぞ、と言った意味も頭ではわかっている。ただ、逃げているだけだということも。

 そう、僕が『論争状』を受けて夜凪に勝てば――、


「おっと、こいつは偶然だな」


 ――背後から、第三者の声。

 地を這うような低いトーン。悪い意味で聞き覚えがある。夕凪も気付いたのか、顔色が一気に青ざめていた。

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