エルフの剣士と魔王と勇者

くろね

第1話 ある晴れた日に

凍えるようなからっ風が吹く寒冷期と温暖期の合間のこの時期は、かなり過ごしやすい。


 森には冬眠から覚めた獣が闊歩している。


 今回、森に入った理由は二つ。一つは師匠からの試練。もう一つは村の人たちからの依頼だったからだ。


 最初は師匠に認めてもらえたと思ったが、依頼の内容を聞いたら面倒だから押し付けられた可能性がある。


 なんせ、依頼が村の周辺に出没するようになった熊の討伐。しかも、頭が回るようで罠にもかからず、相手の力量を判断できるらしい。


 つまり、最強である師匠では気配を察知された時点で逃げられてしまう。


 ざざ、と草木をかき分ける音が聞こえ、思考が中断される。ほんのかすかな音だ。


 しかし、風が梢を揺らして鳴るものとは違う。生き物が動くとき特有のもの。


 静かに弓に矢を番え、音のした方へ向ける。


 なにか大きな気配があった。それはこちらをじっと見ていた。


 静寂があったが、それも一瞬だった。


 明確な敵意と殺気が放たれた。


 俺に勝てると判断したのだろう。師匠の時は丸一日、なんの息を殺して潜んでいたくせに。


 頭の隅で愚痴を流しながら、身体に染みついた動作で三射。矢を茂みへと放った。


 「があぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 茂みをかき分けて巨体が現れる。二メートル以上の体躯、全身を紫紺の毛皮で覆わ れ、頭には立派な一本角。


 熊と言えば熊な見た目だが、明らかに魔獣の類。


 普通の動物とは危険度が段違い。


 見たところ矢は一本も刺さっていない。魔獣の皮膚は魔力の付与されてない弓矢では貫けないみたいだ。


 俺の技量不足かもしれないけど。


 魔獣はもう一度吠えると、突進してくる。


 威力の足りない弓矢を捨てて、逃げるのではなく逆に距離を詰める。


 ぎりぎりまで引き付け、跳躍。熊の背中が鼻先を掠める。


 それと同時に抜刀し斬りつける。鈍い手ごたえだ。浅い。


 無理な態勢だったとはいえ、それなりに良い斬撃だった。あれを防ぐのなら、魔法を使って一気に仕留めた方がよさそうだ。


 魔獣は進行方向にあった木の幹をへし折って停止した。


 俺は距離を詰めながら、頭の中で術式を構築し、呪文を唱える。


 「憑依召喚:サラマンダー!」


 身体に自分とは違う何かがいる感覚。それから溢れる力の本流を剣へと流し込んだ。


 刀身が燃え上がった。サラマンダーの炎の魔力を制御し、自分のものとして使いこなす。自分の魔力のようによく馴染むそれをいっそう強く燃え上がらせる。


振り返った魔術の腹へと切っ先を突き刺す。


 「が・・・があぁぁぁ‼」


 魔獣が痛みに叫ぶが、両腕を大きく振り上げた。魔獣の鋭い爪は、俺くらいなら容易く真っ二つに切り裂くだろう。


 当たればの話だが。


 「焼き尽くせ!」


言葉と共に、魔獣の口から炎が溢れだした。剣から放出した炎が、魔獣の体内をめぐり焼く。


体中から炎を溢れださせながらも、爪を振るおうとあがく魔獣に、止めでもう一度。


「焼き尽くせ!」


更に炎の勢いが強まった。サラマンダーから供給される魔力が俺自身も焼こうとしてくる。


それをぎりぎりで制御しながら、魔獣の核へと炎を届かせる。


そして、炎が収まると魔獣は動かなくなり、俺のほうに倒れ込む。


その巨体を左手で支えつつ、剣を鞘に納めた。


「お疲れ」


一言労って召喚術を解除する。すっと身体が軽くなるような、何かがなくなったような不思議な感覚。


そして、魔獣の死骸を引っ張って、村に歩を進めた。




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