アシュタルテと地底の迷宮

ヤマモト マルタ

序章

序章 (1)

 百人に満たない行列が、ぞろぞろと百足むかでが這うように青灰色の洞窟を上っていた。十本ほどの松明たいまつが間隔を開けてまばらにともっている。



「もうすぐ出口でしょうか?」



 行列の先頭では守護兵のティンが松明たいまつを持ち、行く手を照らしていた。



「ああ……この先でガルアンの谷に通じている」



 ティンの後ろにいるラヴァ国の王太子スーリャが、沈んだ声で答えた。


 スーリャは背の高い二十歳の青年で、大きな瞳の整った顔を肩まであるつややかな髪が縁取っていた。美しいが女性的過ぎず、頬から顎の輪郭には凛々しさがあった。白い寝衣しんいに護身用の剣のみという出で立ちが、脱出時の慌ただしさを物語っている。


 常であれば王子が危険な先頭に立つことはあり得ない。だが王城の地下に拡がる迷路の抜け方を知っているのは、王太子である彼だけだった。入り組んだ石畳の通路を抜け、ようやく出口に繋がる天然の洞窟に辿り着いていた。深夜の奇襲から、おそらく今はもう夜が明けているはずだ。


 王子の両脇に守護兵、後ろには侍女のマニーがいた。


 彼らの斜め後ろ、行列から少し離れて、王子専属の護衛アシュタルテは周囲を見回した。磨いた銅のようなツヤのある赤銅しゃくどう色の髪。顔は陶器のように冷え冷えと白い。身体をぴったりと包む黒い服の上から、暑苦しい茶色い厚手の布を羽織っていた。この南国では異様な姿だ。だが彼女がラヴァに滞在して既に長く、人ならぬものとして、その姿は畏怖と共に人々に受け入れられていた。



「離れるな、アシュタルテ」



 振り向いたスーリャ王子の顔も白い。ラヴァは大陸の南東にある熱帯の小国で、その住民のほとんどは褐色の肌をしている。ただ王族だけが、青みのある白い肌をしていた。



「そばにいてくれないと不安になる」



 普段一切弱音を吐くことのない王子の意外な言葉に、


「守りやすい位置に下がっただけだ。私はおまえを守る。そういう契約だ」



 答えるアシュタルテの声は、低く落ち着いていた。


 何かに気付いたのか、先頭のティンが立ち止まる。



「伏せろ、ティン!」



 アシュタルテが鋭い声を発して前方に跳ねた。


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