第24話 先輩、今日もウワサになっています
「ねえ、今朝のアレ! レン先輩、ヤバくなかった?」
テーブルにつくなり、ハンナが身を乗り出すようにして切り出しました。
「わたしもビックリした。レンスラート先輩って、あんなに怒ることあるんだね」
「僕も、先輩が本気で怒ってるの初めて聞いた! こっちの部屋まで聞こえてたよ」
ルーウィリアにカイルまで、ちょっと興奮気味です。
レンスラート先輩は普段から、トーリス先輩とナンパや女の子の話題で盛り上がっているようなチャラ男イメージが定着しているのですが。
そんなレンスラート先輩が今朝、始業時間ギリギリに出勤してきたトーリス先輩をそのまま廊下の向こうに引き立てて行き……数秒後、怒鳴り声が廊下に響き渡ったのです。
それから数分間のお説教が続き、2人がF小隊に戻って来る頃には、各部屋の扉の陰から調査兵が様子をうかがっていたようです。
Q小隊の調査兵に任命されたらしいハンナはこの機にとばかり、
「何があったの、コーディ? やっぱ昨日のこと?」
「うん、たぶん、それも含めていろいろ」
といっても、オレもよく知らないですけど。
「ミーティング忘れるのは、マズいよね」
「てか、あの人もう、おまえのチューターってこと忘れてんじゃね?」
昨日は1年目のチューターをしている5人の先輩たちと、顧問的な立場の先輩たちが集まる――俗称『チューター・ミーティング』なるものがあったらしいんですけれども。トーリス先輩は、それをすっかり忘れていたそうです。
呼びに来た他の先輩たちに「あ、アレって俺もか!」と発言したことは、夕方にはすっかりF小隊に広まっていて。
先日の剣術稽古すっぽかしもあったし、それでトーリス先輩の元チューターとして、レンスラート先輩が怒ってくれたのだと思います。まあ、オレの推測ですけど。
だって、直接何か言われたわけでもないですからね。
説教中にオレの名前が何度か混じっていた気がするから、たぶんオレも当事者だとは思うんですけど。でも廊下で反響して詳しい内容は聞き取れなかったし、オレのほうから聞くわけにもいかないじゃないですか?
「いやー、おまえ、ホンットご愁傷さまだよな。あの時だってさぁ……ブフッ」
完全に他人事なファーガウスは、
「はいはい、薬草採取の時な」
「あんとき、マジで『え、チューターいないって、どゆこと?』だったよな。ウケるわー」
ウケるなよ。こっちは笑い事じゃないんだから。
いやあ、笑い事じゃないくらい、あの日のことはいい思い出です。
「まあ今回も、オレ自身は実質的な被害があったわけじゃないし」
剣術稽古すっぽかされたのは、だいぶ時間をムダにしましたけど。まあそれも、結果的にはレンスラート先輩にちゃんとした稽古をつけてもらえましたし。
それに……ちょっといいコト、聞けちゃいましたしね。
そうですか、エイミリア先輩が、そんなにオレのこと心配してくれて……エヘヘヘヘ。
「いや、そこ笑って許すとこじゃないでしょ! あんたは神か!?」
「コーディくん、やさしすぎ」
あれ? ああ、そういえば、トーリス先輩の話でしたね。
ところで、なぜ1年目がそろいもそろって白昼堂々、食堂でこんな話をしているかと言いますと……。
今日の午前中は例のアレ、セミナーがあったのです。そうすると、だいたい正規の昼休みより早く終わるんですよね。
今回のやつは1・2年目合同の研修セミナーで。終わってそのまま、先輩方に誘われて一緒に食堂へ来たんです。
最初のうちはこういう時、ぎこちないながらも先輩方との会話を試みていたのですが……。普段は小隊別の縦割りが多く、忙しい日々の中で同期みんなが集まることも滅多にないんですよね。そのせいか、今回は気づけば1年目・2年目それぞれで固まるかたちで座っていました。
隣で2年目の先輩たちは「同期会」なるものについて相談を始めたようで。そうすろと、こっちはこっちで、1年目同士の情報交換になるわけですが。
こういう時の話題といえば、やっぱり……、
「あれでよくチューターやってられるよね。コーディくんかわいそう。わたしだったら絶対、替えてくださいって隊長とかにお願いしに行くと思う!」
「いやでもさ、あたしも替えてほしいよ。ルイリのとことか見てて思うんだけど、やっぱチューターって同性同士のほうがやりやすくない?」
「えー、そっかなあ。オレは女の先輩が良かったなー。おねえさまに優しく教えてもらいたいじゃん」
そう、今なら3年目以上の先輩はこの場にいないのです。立場の近い2年目の先輩になら、聞かれても大丈夫なはず! ということで、文句言い放題です。
「ファーグはいつもエイミ先輩のとこ聞きに来てるでしょ?」
「いや、それはそーだけどさあ……。でもそこはやっぱ、別じゃん? チューターってのは、なんか別じゃん?」
なんですと!?
ていうかファーガウス、近頃エイミリア先輩に急接近してません?
「でもやっぱ、チューターの当たり外れは大きいよ。先輩によって違うこと言ったりするし」
「あー、それはあるかもな。オレもこないだ――」
「こないだもチューター・チェック受けに行ったらさあ、教えたことと違うとか言い出して!」
言いかけたファーガウスを押しのけて、ヒートアップしたハンナは止まりません。
「だから『他の先輩にこう教わりましたけど?』って言い返したらさ、逆ギレすんの! 『だったらもうオレのとこ来なくて良くない?』とかって。いや、チューターとして一応立ててあげてるんですけど!?」
オレからすれば、チューター・ミーティングにちゃんと出席しているだけでマトモなチューターという気がしますけど。
「だいたいさあ、エラそうにしてるけどあの人だってまだ3年目でしょ? カイルのほうは4年目なんだよ。これ絶対さ、あたしが女だから3年目のほう付けられたと思うんだよね。男女差別だと思わない?」
ハンナと同じQ小隊の騎士のうち、チューターになり得た人は3人いるらしいんですけど。そのうち、一番下の3年目の先輩がハンナのチューターになったことも、気に入らない一因のようです。
まあ、上だったらいい、というものでもないと思うんですけどね……。
「あ、それでいうとわたしも3年目だ」
「ホントだ、アリアンナ先輩って3年目か。ほらー、やっぱり。え、待って、ファーグは?」
「あー、4年目だな」
ファーガウスが答えると、当然オレのほうにも同じ質問が回ってきます。
そしてオレの答えを聞くと、みんな一瞬固まって。それから爆笑するのでした。ええ、まあ、こうなるのはわかってましたけど。
「そっか、トーリス先輩、5年目だ! この中で一番上? 待って、ウケるー!」
「いや、おまえマジで面白いよコーディ! サイコーじゃん!」
「フッ……。あ、ごめん、笑ったら……、でも、ククッ」
「え、5年目であれなの? かわいそうー」
はいはい、ネタを提供できたようで、良かったですよ。
「ルイリはいいよねー、アリアンナ先輩と仲良しだし」
「え、そんなことないよ。あの人けっこう適当だよ?」
「ああ……、まあ、なんかそんな感じはする」
「教えてもらいに行ってもさあ、『あ、それはミィ様のほうが詳しいからぁ』とか。指導してもらってても、すぐ関係ない話とか始めるし!」
「えー、それ楽しそうじゃん。オレなんか、関係ない話とかしたら、即キレられるけど?」
「べつにお友達ごっこしたいわけじゃないし。チューターだよ? ちゃんと指導してよって感じ!」
入団から半年。最初の頃は従順だった新入隊員たちも、だんだんと個人の意思を持ち始めたと言いますか。それぞれに、思うところがあるようです。
「ねえー、カイル、交換しよ? あたし、もうあのチューターやだ」
まだまだ不満のおさまらないハンナ。いや、オレたちで勝手に決められるものでも……と、周りはみんな思ったはずですが、
「いいよ」
「えっ!?」
意外な返事に、持ちかけた本人まで驚く始末でした。
「あの人、けっこう言うこと適当っていうか、毎回コロコロ変わるんだよね」
カイルのチューターは、温厚な4年目の騎士の先輩で。課題も順調そうだし、上手くいっていると思っていたんですけど……。みんな、何かしら問題を抱えているものですね。
「あー、それはでも、あたしんとこもだよ」
「わたしだって、そうだよ。アリリン先輩、いっつも言うこと違うし」
オレの場合は……そもそもチューターに指導してもらったことが、あんまりない気がするんですけど。
「ていうかさ、ここでやる剣術の型って、騎士学校でやったのとちょっと違わない?」
「対魔獣用に改良されたりしてるからね」
話の流れが変わったところで、横から加わってきたのはアンセラ先輩でした。2年目同士で話していたはずが、いつの間にか、耳はこっちに向いていたようです。
「やっぱそうですよね! 知ってる型でもちょっとアレンジ入ってたり、学校で習ってないやつもあるし」
「『魔獣相手にしか使えない』みたいなのも、ありません?」
なんだかんだで、先輩とお話しする機会が嬉しいようで。みんな勢い込んでアンセラ先輩に話しかけます。
「わたし先輩から聞いたんだけど、魔術も剣術も、学校によってちょっと違ったりするから、それを揃えるためってのもあるらしいよ。任務の時に連携取りやすいようにだって」
「へえー、そうなんだ」
こういう理にかなった解説をしてくれる、ルーウィリアの『先輩』といえば、オレの脳裏に浮かぶのは『あのお方』なんですけれども。いやまあ、四六時中そのお方のことを考えているというのは、横においといて。
隣でファーガウスも、同じ人物を思い描いたようです。
「そういや、ミリア先輩の魔術って、なんかちょっと違わない? 課題の魔術教えてもらったときに思ったんだけどさ、同じ魔術やってるはずなのに、他の先輩らのと、なんかこう……、なんだろ、上手く言えないけど」
「あ、でもわかる! なんかたまに、課題帳に載っている説明とも違う気がするの」
「えーっ、エイミ先輩が?」
魔道士2人が合意する一方で、騎士たちにとってはエイミリア先輩が間違ったことを言うとは、にわかに信じられません。
すると、そこへ。
「いや、あれは威力が違うだけ。あれが一番正しいの」
続いて参入してきたのは、コーガさんでした。
どうやら2年目組の話題はごく個人的な内容へと移行して、全員が共有できるものではなくなってきたようです。
そんなわけで、少し前からこちらの話に耳を傾けていたらしいコーガさん、
「あの人のはたぶん、魔術のとらえ方とか、根本的なところが違うんだよ」
……なにやら、深いですね。
「僕も最初は『え、それ逆じゃない?』みたいに思うこととかあったけど。でも、その魔術をちゃんと使いこなせるようになってくると、理論がわかって『ああ、そういうことか!』ってストンと落ちるんだよ」
「へえー、なんかカッケエすね。でもオレらにはわかんねぇー!」
「そうですよぉ。先輩に見本見せてもらっても、真似できないレベルなの!」
「あれでも、僕らに教えるときはだいぶ加減してくださってるんだよ。いっかい『本気のファイアボール見せてください』ってお願いしてみ? まず『300メートルくらい離れて』から始まるから」
「え、ファイアボールで300メートルも飛ぶんすか!?」
「違う違う。半径300メートルのファイアボールが出てくるの!」
魔術に疎いオレには、いまいちピンときませんが……。『ファイアボール』って、火の玉の魔法ですよね? ドッジボールのように魔獣にぶつけるのを、討伐の時なんかに見たことがあります。
半径300メートルのドッジボール……それは、もはや反則ですね。
「あの人からすると、ファイアボールは『拡げるもの』で、メテオが『飛ばすもの』なんだって。『だってメテオって、隕石でしょ』って、かるーく言われるから」
「うあー、何すかそれ!? スゲー、オレも言ってみてえ!」
「うん、まずはメテオを飛ばせるようになってからな」
コーガさんの話に、魔道士たちは感動の様子です。
「なんかコーガ先輩、いいっすねー。この中でチューターに不満ないのって、先輩だけじゃないっすか?」
あ……たしかに。しかもコーガさんさっきから、サラッとエイミリア先輩の弁護みたいなことしてませんか?
「えー、何かないんですか、不満とか」
「そうですよ、一個ぐらいあるでしょ」
自分たちが散々悪口言っていた後ろめたさもあってか、1年目がこぞってコーガさんから引き出そうとします。
まあオレだったら、エイミリア先輩がチューターなら天にも昇る気持ちですけどね。
あ、でも、天使様が美しすぎて集中できません! とか、妄想がはかどりすぎて困ります! とか、そういうのは無きにしも非ずです。もう、先輩ったら。イケナイ人ですね。
コーガさんはしばらく考え込んだあと、ポツリと一言つぶやきました。
「……天才すぎてたまについていけない」
「あーっ、みぃんなぁ、お疲れさまーあ!」
その時、耳慣れたハイト-ンボイスが響いて。真っ先に反応したのはルーウィリアでした。
「アリリン先輩! お疲れさまです。あっ、昨日は魔術指導ありがとうございました。すっごくわかりやすかったです!」
「えー、ほぉんとお? またいつでも聞いてねぇー」
「はいっ! 頼りにしてます、先輩」
ファーガウス……言いたいことはわかるけど、オレの脇腹つついたって何も出てこないから。
お昼休みに入っていたようで、アリアンナ先輩と一緒に、何人かの先輩が来ていたのですが……。その中にオレは、Q小隊の魔道士カーリア先輩を見つけて。
「あれ、今日って先輩方、ランチ・ミーティングじゃなかったんですか?」
「え、あぁ……うん。そうなんだけど」
思わず聞いてしまって、カーリア先輩はじめ周囲の視線が痛いです。「ナゼおまえがそれを知っている」と……。
もちろん、オレがそんなことを知っているのは、そのミーティングにエイミリア先輩も出席されるはずだからなんですけれども。こういうのは掲示板に告知されるので、しっかりチェックしていますよ(ストーカーと呼ばないでください)。
「それがさあ、今日カルロスさんが担当だったんだけど、資料準備が間に合わなかったんだって。だから来週に延期」
「えっ。それ大丈夫なんですか?」
「大丈夫なわけないっしょ。上の先輩たち、ブチギレ。しかもカルロスさん、それをエイミのせいだとか、ワケわかんないこと言いだしてさあ……」
それでミーティング・ルームでは、今もエイミリア先輩を含めた数人が残って、もめているとのことですが。……それって、完全にとばっちりじゃないですか。
いつも資料作成をエイミリア先輩に手伝わせていたから。
けれど、みんなが注目したのはそこではないようで。
「え、またあの2人ですか」
「最近ちょっと、やり過ぎじゃないですか?」
カーリア先輩まで、昼食のトレイをドンとテーブルに降ろしながら、
「いい加減なんとかしてもらわないと、こっちまでやりにくいんだけど!」
なんで、そういう方向に話が行くのでしょう? 問題はそこじゃないとオレは思うんですけど……。
「ていうかあの2人って、なんであんななっちゃったんですか? こないだまで、すごい仲良しだったじゃないですか」
「オレもそれ思ってました! むしろつき合ってると思ってたし」
「だからファーグ、それ不倫だって」
完全に他人事な1年目は、面白半分くらいのノリで。
カーリア先輩は、ちょっと周囲を見渡したあと、前かがみになって、
「なんか、ウワサあったじゃん。ほら、説明会の……」
説明会、カストロス先輩。この2つのワードが揃うと、みんな連想することは一緒でした。
「あっ……お持ち帰り事件!?」
「あれさあ、上にバレて、あの人呼び出しくらったみたいなんだけど……」
「えっ、それでどうなったんですか?」
「もしかしてクビ!?」
誰かがそう言ったとき、オレは正直なところ、そうなってくれたらいいのにと思ってしまいました。
でもカーリア先輩の返答は、
「そこはまだ、ハッキリしてないみたいだけど……。あれ、エイミが言いふらしたって、怒ってるらしいよ」
「えっ、そうなんですか!?」
「いや、それはカルロス先輩が勝手に思い込んでるだけでしょ!」
コーガさんの一言に、ざわつきかけていたみんなはたちまち「あーやっぱり」という流れになりました。
当り前じゃないですか、エイミリア先輩が、そんなことするわけないじゃないですか――オレもそんなふうに、
それすらもう、必要なさそうです。
いつも大らかなコーガさんが、珍しく憤りを含んで発した言葉は、それだけでなんだか、皆を納得させる響きがあるようでした。
しかもコーガさんは、あの出張メンバーの一人。何かしら、知っているのかもしれません。オレたちが知らないこととか、言えないこととか。
結局、先輩の一番近くにいるのはコーガさんで。先輩を一番よく見ているのもコーガさんで。先輩のこと一番わかっているのもコーガさんで。
オレはやっぱり、傍観者にしかなれないのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます