貴女はオレの天使です ~クールで美しい先輩魔道士の取扱説明書(クドキカタ)~
上田 直巳
プロローグ
プロローグ
ここは王都郊外の森の中。
うっそうと茂る木立の陰から、小さな魔獣が飛び出しました。
「おい、そっちに一匹行ったぞ!」
「構わん、そいつは放っておけ。それより全員、あのドラゴンを囲い込む!」
「了解! みんな、火炎ブレスに気をつけて」
巨大なドラゴンの吐く
「よし、このまま崖のほうへ追いつめる! 魔道士は攻撃魔法で弱らせろ!」
崖際へ追いつめられ、
「クソッ、やられた! 治癒魔法を頼む」
「はい、いま行きます! どなたか援護をお願いします!」
その隙をついてドラゴンは、包囲網を突破しました。
「洞窟の中に逃げ込んだ、追うぞ!」
おやおや、たいへんそうですね。
あ、申し遅れました。オレはこの春から王立魔獣討伐団、通称『スティングス』の第4部隊に配属となりました、新米騎士のコーディアスです。
まあ騎士といってもオレの仕事は、さっきからドラゴンを追い回して派手な戦闘を繰り広げているほうじゃなくってですね……。
「おじいさん、もうちょっとですからね」
「ううぅ……、すみませんなぁ、騎士様」
「いいえ。早くその脚の
……その戦闘に巻き込まれてしまった一般市民を、基地のほうへと避難させていたのです。
「すみません! こちらの方の治癒をお願いします」
「おー、ぱっくり割れてんなあ。じいさん、治してやるから、じっとしてろよ」
「おお、ありがとうございます、魔道士様。……ウッ、うぅあああっ!」
「我慢しろって言ってんだろ! ……ほら、傷塞がったぞ」
「あっ、ありがたや、ありがっ……ウグッ!」
「おじいさん! 大丈夫ですか!?」
「そんだけ盛大に切れてたんだ。すぐには治らんから、大人しくさせてろ」
「はい……。ありがとうございます、先輩」
そう、支援部隊とも呼ばれる我々第4部隊の任務は、魔獣討伐に巻き込まれた一般市民を避難させ、怪我や状態異常を治癒すること、それから――
「魔獣が出たぞー!」
「くそっ、また討ち漏らしか!? 何やってんだよ戦闘部隊は! おい、戦える者は全員あたれ!」
こうやって、魔獣の巣窟を目指して奥まで進攻している戦闘部隊が、討ち漏らした魔獣が戦闘域外へあふれてくることもあるんです。それを仕留めるのも我々の役目。
こういうときこそ、騎士の本領発揮ですね!
オレは腰の剣を抜き放ち、先輩騎士たちと共に魔獣に立ち向かいます。
「コーディアス、そっち回りこめ! 挟み撃ちにするぞ!」
「はい、レンスラート先輩!」
すばしこい魔獣を数人がかりで囲い込んでいるところへ、さらに別の魔獣が突進してきました。
「アンセラ、うしろ気をつけて! 小型ドラゴン!」
「了解です! くっ……、コイツ硬いわ! 剣が通らない!」
「魔法攻撃だ! 魔道士、誰かやってくれ!」
第4部隊所属の魔道士たちが次々と攻撃魔法を仕掛けますが、ドラゴンはひるむ様子もありません。そしてさらに、
「小隊長、あっちからも湧いてきました! 飛行型、それも数が多いです!」
「クソッ、どうするんだよ! 誰か、手の空いてるやつ。誰か……!」
剣も魔法も効かないドラゴンに、新たな敵の出現。尻尾を持たない我々は窮しても暴れ回るわけにはいきません。
打開策を求めて辺りを見回した、その時です。
「お任せください」
その正面に、術をかけた魔道士本人が立ちはだかります。
すらりと足首まで垂れるローブに身を包み、さらりと
そのお名前は――
「エイミリア! そっちは終わったのか」
「はい。ただいま戻りました、小隊長。あとは引き受けますので、小隊長は負傷者の安全を確保してください」
「よ、よし、ここは任せたぞ!」
小隊長が慌しく去る間にも、エイミリア先輩は檻の中を見据えて次の指示を飛ばします。
「レン、このドラゴンは魔法耐性がある。すぐに術が解けるから剣で仕留めて。弱点は背中、尾のつけ根にウロコの隙間がある」
「わかった!」
レンスラート先輩がドラゴンの背後に回り込んで剣を構えなおします。
するとエイミリア先輩は、その麗しいお顔をくるりとオレのほうへ向けて、
「コーディアス、戦える?」
「あ、はい!」
「では、レンスラートのサポートを。背後を攻撃しやすいように引き付けて」
「はいっ!」
オレが思いきってエイミリア先輩のそばへ近づくと、先輩はサッと横へ逃げてしまわれました。まあ要するに、立ち位置を替わっただけです。
その背に向けて、また別の魔道士から声がかかります。
「エイミ先輩! あっちからもいっぱい来てます! ぼ、僕も戦った方がいいですか……?」
「何が何体ほど来ているのか、具体的に報告しなさい。こっちはわたし一人でじゅうぶん。コーガは小隊長の指示を仰いで、負傷者の対応をして」
そう言う間にもエイミリア先輩は、迫りくる飛行型魔獣たちのほうへ足を向けられていました。
その歩みが止まるや、長いローブがひるがえり、スッと伸ばされた右手からまばゆい光が放たれて——直後、騎士たちには手の出しにくい飛行型魔獣たちが、まとめて消え去っていました。
お、お見事です。
「コーディアス、こっちも行くぞ!」
「はい!」
ドラゴンを閉じ込めていた光の檻が消え、レンスラート先輩が尻尾のつけ根に剣を突き立てる頃には、エイミリア先輩は残りの魔獣を片っぱしから倒して基地のほうへと戻って行かれるところでした。
おっと、こうしてはいられません。オレは急いでその後を追いかけます。
「先輩、お疲れさまでした!」
「お疲れさま、初戦闘にしてはよくやったじゃない。怪我はない?」
「はい、大丈夫です! ありがとうございます」
憧れの先輩にお褒めの言葉をいただいて、オレはちょっぴり浮かれていたのですが……。
「お疲れさまでした、先輩! すごくカッコよかったです!」
「エイミリア先輩、ステキでした!」
オレの憧れの先輩は、オレだけの憧れの先輩ではないのです。たちまち他の隊員たちに取り囲まれてしまわれて、オレは人垣の外に放り出されていました。
けれども先輩はその美しいお顔を引き締めて、
「まだ任務終わってないでしょ。みんな仕事に戻って」
「ええっ、そんなあ」
「任務中に無駄口叩かない! ほら、さっさと仕事する」
群がる衆をあざやかに蹴散らしてしまわれるのでした。こちらも、お見事です。
しかし、オレはくじけませんよ。どうしても先輩にお伝えしたいことがあるのです。
「あの、先輩……」
「うん、何?」
あの、先輩……ずっと前から好きでした。
いやいや、そうじゃなくって! いや、えっと、まあ違うこともないんですけれども、今はそういう状況じゃないというかなんというか。
緊張して上手く切り出せないでいるオレの顔をじっと見て先輩は、
「あの方をお連れしたのが誰か、わかる?」
……いえ、先輩がご覧になっていたのはオレの顔などではなく、そのずっと後ろで脚を抱えて
「あ、オレです! 実は、そのことで」
「状況説明して」
そこでオレは、ある日森の中でおじいさんに出会った
そうして傷口は塞がったものの、その
先輩はスッとおじいさんの傍らに膝をつき、先ほどまでのクールで美しいお顔とはうって変わって、美しく柔和な笑みを向けられました。
「お名前を、伺ってもよろしいですか?」
「わ、わしですか? わしはマルコスと言いまして、あそこの山小屋に孫と一緒に住んどるんじゃが……、なんじゃ、その、急にこんなことなってしもうてのぅ」
「それは申し訳ありません。先に皆様の安全を確保すべきところを、我々が
「えっ? いや、いやいや、謝らんとってくだされ! スティングス様が来てくださらなんだら、わしら魔獣に食い殺されとった。こんな怪我ぐらい……ウッ、ウウウ」
おじいさんは、再び苦悶に顔をゆがませます。
「その怪我ですけれど。大変恐縮なのですが、痛みのないよう行いますので、一度開けさせていただいてもよろしいでしょうか? おそらく、傷口を塞ぐときに石などを閉じ込めてしまっています。それを取り出さないと」
「と、取り出す……? 開けて取り出すって……。ま、まさか、わしの脚を切るつもりかっ!?」
「お痛みのないようやりますから」
「いっ、いやじゃっ! これ以上痛いのなど、絶対に嫌じゃ! 年寄りをいたぶるのか、おまえら寄ってたかって。おまえらは悪魔じゃ! こんなことなら、魔獣に食われたほうがマシじゃわい!」
「マルコスさん、信じてください。必ずきれいに治します」
取り乱すさまに動じることなく、手を取って、優しいお声で告げられて、おじいさん——マルコスさんも、徐々に落ち着きを取り戻していくのでした。
「……じ、じゃあ、やってみい」
「ありがとうございます。すぐに終わらせますから、目を閉じていていただいても良いですよ」
そうして先輩は醜く腫れあがった傷痕に手をかざすと、
「はい、終わりましたよ」
「へ? ……お、終わったって、まだ切ってもおらんじゃろうが?」
「ご自分の目でお確かめください。それに、もうお痛みもないでしょう?」
「ほえ? ……へえっ!? わし、わしの脚……怪我しておったんじゃ。さっきまで……な、なあ騎士様? わし、怪我して……」
「はい。でも、きれいに治りましたね。よかったです」
マルコスさんが驚くのも無理はありません。先輩が手をかざした後、切り開いた傷痕からは小石や木屑がザックザクと出てきたのですが、それをすべて除いて再び塞ぐまで、わずか数秒。
おまけに閉じたあとはどこに傷があったかわからない、そもそもケガをしていたことさえ疑いたくなるほどに、反対側の脚とかわらぬきれいな状態(まあ、おじいさんの脛レベルにおいて、ですが)だったのです。
マルコスさんはまだ信じられないといった面持ちで、恐る恐る立ち上がると、「立てた!」「跳んでも大丈夫じゃ!」「うおお、走れるぞ!」などと喜びのダンスを繰り広げ、それから先輩の美しい手(こちらは神々しいレベルです)を取って、
「ああ、魔道士様! 大魔道士様! 何とお礼申し上げれば良いか……。あんたのようなお人に出会ったのは初めてじゃ」
と涙を流して頬ずりします。
え、ちょっとおじいさん、惚れないでくださいよ? その方はオレの……。
「『魔道士様』はやめてくださいよ、マルコスさん。わたしはスティングス第4部隊のエイミリアと申します。皆様をお守りすることも、我々のつとめですから。……それでは、あとはこちらのコーディアスがご案内いたしますので、わたしはこれで失礼します」
サッと立ち上がると、先輩はあとの対処についてオレに指示をくださいました。
「……先輩は、どちらへ?」
「今回はドラゴンが広範囲で暴れ回ったから、森の破壊がひどい。毒霧も発生しているみたいだから、復旧部隊が入れるように浄化と整備をしてくる」
そう、我々第4部隊の支援業務というのは、作戦基地の設営と防衛、近隣住民の避難、負傷者の治癒、戦闘による環境破壊の抑制、破壊後の整備——などなど多岐にわたるもので、それは実際の戦闘業務を担いスティングスの「花形」と呼ばれる第2・第3部隊よりも、はるかに広範で膨大なものなのです。
「マルコスさん、先ほどお孫さんとおっしゃいましたが、一緒にこちらへ来られていますか?」
「い、いや。それが、逃げる途中ではぐれてしもうて……」
「わかりました。……コーディアス、それも確認して。基地内で見つからなければ、合わせて第8部隊に引継ぎ。わたしも森の中探してみる」
お孫さんのことを思い出したのか、しゅんと落ち込んでしまったマルコスさん。しかしエイミリア先輩が去りかけると、その背に向けて手を合わせるのでした。
「魔道士様……エイミリア様、あんたは天使じゃ。ありがたや、ありがたや……」
「マルコスさん、『様』はやめてください。わたしは天使なんかじゃないですよ」
振り返った先輩は、まばゆい笑顔でおっしゃいました。
「あなたと同じ、人間です」
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