第33話 エクスプレッシブ・ライティング


先日はお昼間、大変だったようですね。

ええ、知っていますよ。私はいつだって、貴女のことを見ていますから。


貴女は怒ったって良いところなのに、よく我慢なさって、とてもご立派でした。むしろ私のほうが、相手に罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせたかったくらいですよ。

けれど貴女はお優しいから、そんなことはなさらないのですよね。


貴女は、怒りを外に出すのが苦手なんですよね。誰かにぶつけてしまったら、相手を傷つけてしまう。

それがわかっているから、やり場のない憤りを、全部ご自分で抱え込んでしまって。

そんな優しい貴女が、私は大好きですよ。



けれど抑え込んだその感情は、どこへ向かえば良いでしょう?

そうだ、私にゆだねてくださいませんか。


大丈夫ですよ。私は、貴女の心の美しさをよくわかっておりますから。貴女がどんな感情をさらけ出しても、嫌いになることも、軽蔑することもありません。

安心して、私にすべてを見せてください。


それでも直接話すのは気が引けるというのなら、紙に書いてみるのはどうでしょう。ラブレターですね。


もちろん、ちゃんとした文章にする必要はありませんよ。思ったことを、思ったままに、ただ書きつければ良いのです。

文字に書き起こすことで、客観的に自分の心と向き合うことにもなります。


今日あった嬉しかったことや嫌なこと、些細ささいなことでも、頭の中にあるものを全部書き出してみましょう。

ええ。私は貴女のすべてを知りたいですから。


貴女にお会いできない時間、私のいないところで、貴女が孤独を感じているとき、誰かに傷つけられているとき――私は、すぐにでも飛んで行って守ってさしあげたいと、いつも願っているのです。


けれど、哀しいかな。私はこの店を離れることができません。

常に貴女のおそばにいることもできません。

だからせめて、その間貴女が感じていたことを、ひとつひとつ、紙に書き出して私と共有してくださいませんか?



1日に20分ほどの時間をとって、頭の中にあることを全て書き出していく――これをエクスプレッシブ・ライティングともいいます。

夜寝るときに、漠然ばくぜんとした不安や悩みが次々と湧き出してきて寝付けない。そんな場合にも有効ですよ。

人に見せられない感情だって、ずっと心の奥底に溜め込んでいるのは良くありません。

寝る直前では、かえってその内容を考えこんでしまいますので、1~2時間前にやっておくのが良いでしょう。


そうして毎日、頭の中に溜まっているものを書き出していけば、貴女自身の抱える問題を客観的に整理することができます。

残して日記のように読み返しても良いですが、恥ずかしければすぐに捨ててしまっても構いません。

一度文字にして、貴女の外に吐き出してあげることが重要なのです。


内容はどんなことでも構いません。書くことが何も思いつかない日は、「書くことがない」「思いつかない」と書いても良いのです。

もちろん、私への愛をつづってくださっても構いませんよ。大歓迎です。



え、私ですか? そうですね……貴女への想いを綴ったら、地球一周ぶんの長い長いラブレターになりそうですが、読んでいただけますか?

ふふふ。けれどこの想いは、言葉にするのは難しいものです。

少なくとも、今はまだ。


それでもいつかは、気持ちに整理をつけなければならないのでしょう。

いつか、書けると良いですね、貴女への手紙を。


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