雨夜の止まり木

上田 直巳

第1話 いらっしゃいませ


いらっしゃいませ。

どうぞ、お好きな席にお座りください。


といっても、カウンター2席、テーブル2席だけの小さな店です。


店員は私だけ。

皆さん私のことは「仮面の店主」と呼ばれます。

ええ、理由は簡単。いつもこの仮面をつけているからです。


お客様は貴女だけ。

心ゆくまで、ごゆっくりおくつろぎください。




ここは【雨夜の止まり木】。路地裏にひっそりと佇む喫茶店。


しとしと雨の降る夜には、闇に足をとられ、道を見失ってしまう。

誰だって、そういうことはありますよね。


ここはそうして、道に迷った者だけが辿り着ける場所なのです。


けれど、ときには寄り道や回り道も良いものですね。

真っ直ぐ前を見て突き進んでいるだけでは見えてこない、道端の小さな花、静かな脇道、夜空の星。

立ち止まり、引き返し、必死に辺りを見回すから、気付くことだってあるのです。

迷ったぶんだけ、世界は広くなるのです。


私はこれまで、何十人、何百人と、迷える子らを見てきましたが……貴女はまたずいぶんと、奥深い迷路に迷い込んでしまわれたようだ。

迷子になってしまった、可哀相な子。

さあ、こちらへいらっしゃい。


「もう子供じゃない」ですって?

いいえ。私からすれば、貴女は小さな女の子ですよ。

ほら、そうしてムキになるところも可愛らしい。おっと、これは失礼。


え? 私の年齢、ですか?

ふふふ、それを聞くのは、野暮というものでしょう。

しかし……そうですね、あなたが考えているより、ずっとずっと長い間、この世界を見守り続けてきた――とだけ申し上げておきましょうか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る