嘘の報告書

鯨飲

嘘の報告書

 死体の記憶を見ることができる技術が確立されたことにより、殺人事件の検挙率は以前よりもはるかに上昇していた。

 

 さらに、以前のように現場捜査をする必要がなくなったため、捜査がより楽になった。

 

 警察はこの技術を世間にアピールし、まだ見ぬ犯罪者への警鐘としていた。

 

 多くの事件が容易に解決できるようになっていた。

 

 しかし、今回の事件は違っていた。

 

 被害者の記憶を覗いても、そこに犯人の姿は残っていなかった。


 正確に言うと、犯人の姿にモヤがかかっていたのである。

 

 殺害時のショック反応によって、被害者の記憶が全て失われているケースは稀にあるが、今回のように、犯人に関する記憶だけが残っていないのは初めてだった。

 

 人間の記憶は感情と共に脳内に蓄積するため、自分を殺した犯人に対して強い恨みを持っている被害者の中に、犯人の記憶だけがないのは、不自然なことであった。

 

 警察は幾度も被害者の記憶を見て、犯人の姿を捉えようと試みたが、結局成功することはなかった。


 被害者が死亡してから、かなりの時間が経っている。すでに冷え切ったその死体は、いつまでも形を保っていられる訳ではない。

 

 タイムリミットが刻一刻と迫ってきていた。

 

 このままでは埒があかないと考えた警察は、殺害直前だけではなく、生前の記憶をさかのぼって見ることにした。

 

 すると、犯人のみならず、他にもモヤがかかっている人物が大量に発見した。

 

 その人物には共通点があった。それは被害者と共に多くの時間を過ごしていた、ということだ。

 

 つまり、犯人は被害者と親密な人物である。

 

 警察は、犯人が何らかの方法で、被害者の記憶を改ざんした可能性を視野に入れ、捜査を進めることにした。

 

 そして、被害者の周辺人物を調べていくうちに、ある人物を犯人だと推察した。

 

 それは被害者の恋人である。

 

 記憶の中に頻出する程の仲であるにも関わらず、未だ登場が確認できていないのは、被害者の恋人だけだったからだ。

 

 しかし、決定的な証拠がなかった。それがなければ、逮捕状を出すこともできない。

 

 ここで事件は迷宮入りしたかと思われたが、急展開を見せる。

 

 犯人が自首してきたのである。

 

 警察に出頭してきたのは、警察の予想通り、被害者の恋人であった。

 

 恋人は、喧嘩をしている最中に被害者の体を押してしまい、頭がテーブルの角にぶつかってしまったことを自白した。

 

 哀しい事故であった。

 

 警察は取り調べで、被害者の記憶を改ざんした方法について問いただしたが、それについて、犯人は何も述べることはなかった。

 

 犯人は被害者を殺害した後、何らかの方法で、被害者の記憶から自身に関する情報を削除した。

 

 警察はそのように結論づけて、捜査を終了した。

 

 しかし、犯人は聞いていた。


 死の直前、被害者が遺した言葉を。

 

「心配しなくていいよ、あなたが捕まらないようにしておくから」

 

 記憶を改ざんしたのは、犯人ではなく被害者本人であった。

 

 

 

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嘘の報告書 鯨飲 @yukidaruma8

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