悪役令嬢って実は結構無理ゲーじゃ……


「おい。起きろ」


 声が聞こえた気がした。透き通るような静謐さだ。


「ん……」


 ちょっとアイアンショック。


「カノン。起きろ。何様だ」


 カノン。それは私の名だ。漢字では『華音』でカノンと読む。


「ん~。何か?」


 意識を取り戻して眼を開ける。

 ほこりっぽい匂いとジメッとした湿気。病院では無いことは確かだが、何にしても前後の状況がよく分からない。特急電車に轢殺されたにしては、まぁ五体無事で。


「ん~」


 意識が覚めてきたところで眼を開ける。石壁が見えた。


「…………ん~?」


 年季の入った石壁。ジメッとした地下室のような空気。匂いが特有の油が火を灯し、石部屋を暗闇から救っていた。三面が石壁で出来ており、唯一例外の側面は格子が奔っていた。ただし木ではなく金属性。


「……………………」


 さてちょっと何と言って良いか。


「起きたか」


 そして鉄格子の反対側にえらいイケメンが居た。主に私が関係なさそうな感じで。


「コスプレ?」


「なんだその崩壊言語は」


 ――いや。他に言い様ないし。


 白を基調に鮮やかな青で彩った執務服。勲章が胸に飾られ、腰は帯剣している。濡れ羽色の髪がとても艶やかで、かなりの好男子なのに服装が私の感性に合ってないのでどうにもこうにもコスプレに見える。


「ん~。えーと。どちらさま?」


 ガシガシと頭を掻く。

 夢か。追体験か。妄念か。

 あるいは深刻な意識不明で脳だけが働いて暇を明かしているのか。いやここは死んでしまって悪役令嬢に転生というのも在りだ。私ソッチ系は読まないんだけど。童話至上主義なので。愛しのロビンフッド様。


「今度はまた別のアプローチか」


 イケメンさんの吐き捨てるような声。ガチャリと音が鳴った。見れば左の足首が鎖に繋がれている。向こうさんがお綺麗な服をしているのに、顧みてコッチはボロ衣だ。


「えーと。牢屋で」


「記憶喪失のフリか?」


「はっはっは。よくぞ見破った明智くん」


 怪人二十面相。

 いやもうワケ分かんないんだけど夢か現か日本ではないらしい。外国なら言葉が通じないだろうからコレはもう現実性の如何を問わなければ異世界系だ。


 メーテル。私を機械の身体をくれる星に連れて行ってくれ。


 いや青空文庫を読む身には宮沢賢治の方が好きだけど。カムパネルラくんマジ神。


「気分はどうだ?」


「おかげさまをもちまして」


「死刑が宣告されたぞ。国王も承認。公爵家も納得ずくだ」


「はあ」


 いや。いきなり無理ゲーだ。

 異世界転生。異世界転移。異世界憑依。あるいは夢か。

 なんにしろ舞台装置が整えられた瞬間に死刑ですか。


「これでお前も後先無くなったな」


「ですねー」


 まぁ死ねと言われりゃ死にますけど。元々夢も希望も無い人間だったのだ。一回が二回になろうと数えられるレベル。そりゃ流石に無限に死を体験させられれば「オレのそばに近寄るなああーッ」程度は言いたくなるけど。


「……………………」


 そして好男子さんはどこか苛ついたようにこっちを見ていた。


「何か?」


「お前は自分の罪を理解してるのか?」


「全く」


 いきなり目が覚めてコレで何を察しろというのか。フィリップ様に「さぁ、お前の罪を数えろ」と言われたら嬉々としてえん罪も認めるのだけど。


「このクズが!」


「否定はしませんよ」


 生まれつき欠陥を持っているのは自己認識のよるところ。


「で。結局何がマズかったので?」


 聞かねば分からず問うてみる。叩きのめされるような言葉を拾って斟酌する。なんでも私は国の次期国王たる王子の婚姻候補だったらしく、ついでに第一公爵の娘とのこと。性格最悪で敵を作りっぱなし。ただその立ち位置から苦情を言うことが誰にも出来ず、かなり好き勝手やっていたらしい。


「それはそれは典型的な悪役令嬢で」


 なんにせよそんな悪役令嬢に成り代わって今の私がいるのだろう。せめてもうちょっと何とかならなかったのか。なんで投獄されて死刑宣告受けるまで溜めたのかもよく分からない。別に死ぬのはいいんだけど無理ゲーだ。相も変わらず夢も希望も無いね私の因業は。


「――で、付いたあだ名が毒嬢カノン」


「格好良い二つ名ですね」


 婚姻候補で零細貴族の令嬢が王子の心を射止めたことで暴走。嫌がらせからイジメに移行。その内に暴力から陰謀まで使い、最終的に暗殺に踏み切ったとのこと。


「は~」


 いっそ感心してしまった。身も蓋もない悪役令嬢。そりゃ次期国王の機嫌をそこまで損ねれば投獄もされるだろう。その尻ぬぐいが私に来るって云うのも私らしい話だ。


「死刑は一ヶ月後だ。公爵家の令嬢から戸籍は抹消される。さすがに外聞が悪いからな。お前は平凡な一市民の犯罪者として死刑だ」


「まさにザマァですね」


 状況は分かった。今更いいわけが聞かないことも。そもそも私は勉強が出来ないので華麗な弁舌を紡ぐことも出来ないし。


「はは! 自業自得だな!」


「ですねー」


 嬉しがっている好男子さんには悪いんだけど、まぁ一緒にはしゃげるテンションではない。そもそもこっちの極刑を話題にはしゃげるなら私はまた別の才能が在るだろう。


「感想はどうだ?」


「んー。いいんじゃない?」


 どうせ生きててもロクな事にはならない。


「私が死んで平和が来るなら死ぬ価値もあるでしょうね」


「……………………」


 すっ惚けるように……というかすっ惚けて私が嘯いたら、好男子さんは眉をひそめた。


「お前、本当にカノンか?」


「名前はカノンですけども」


 一応日本人の中流家庭生まれ。好男子さんは見調べるようにしげしげと私を見つめた。


「落ち着いてるな」


「慌てたら死刑を撤回してくれるので?」


「昨日まで此処から出せとうるさかっただろう?」


「此処に居るのは生まれ変わった私ですので。ブランニューカノン。カノンリボーンです」


「反省していると言うことか?」


「いえ。別に」


 くあ、と欠伸。ジャリッと左足に繋がれた鎖が歌った。獣油の灯が揺れて影が踊る。


「なんなら」


 と私は好男子さんに指を差す。チョンチョンと腰の剣を。


「此処で殺してくださってかまいませんよ? どうせ生きていても仕方在りませんし」


「……強がりを」


「殺すのが気後れするならこっちで自殺しても良いんですけど。その剣を貸してくだされば胸を一突きで終わりますし」


 さすがの悪役令嬢も心臓を刺されれば死ぬだろう。


「……じ……自分で死ぬというのか」


「どうせ毒嬢カノンは嫌われ者でしょう?」


 ソレは日本の華音も同じだ。


「生きていてしょうがない奴ってのは……まぁ居るもので」


「お前は死にたかったのか?」


「ん~? 別に。ただ貴方が私の死を望むならご希望通り死んであげますよ。どうせ私なんて生きていても食費が掛かるだけですし」


「――――――――っ」


 キッと好男子さんは睨んだ。


「お前は! 死ぬのか! 自分で!?」


「何を焦っていらっしゃるので? 望んでいるんでしょう? 手を汚したくないなら……一ヶ月後に公開処刑でしょうから日を数えて待ってて貰うしか無いんですけど」


 たしかに投獄されたとはいえ囚人を気分で殺すのも法に抵触するのだろう。


「どうぞ貴方の思うように殺してくださって」


「約束は憶えているか?」


「これっぽっちも」


 先ほど目覚めたときにこの状況だ。十分前以上のカノン令嬢の記憶は継承していない。約束と言われてもこっちには初耳だ。


「幼い頃約束しただろ!」


「お前は俺が殺すって?」


「――――――――っ!」


 憤慨。失望。あるいは無念か。

 どうやらプライドに触れてしまったらしい。さっきの軽薄な嘲笑や挑発は何処かに吹き飛んでいた。


 ――何が彼をそうさせるのか?


「死ぬまで反省してろ!」


「さっさーい」


 ヒラヒラと手を振る。


「ところで」


「何だ」


「貴方はどちら様で?」


 好男子さんの名前も私は知らないのだ。

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