第35話 7番目のトナカイ
ルドルフがいればコメットは見つかるだろうし、なんなら他の姉妹も彼女達だけで見つけられるだろう。
問題はその先だ。
見つけたからと言って素直に帰ってくれるわけではない、という一点につきる。
オニオニパンダの限定シューズさえ自分で購入できれば文句ないダッシャーや、限定赤霧島様さえ手に入れれば満足なヴィクセンとは違い、踊る彼女が欲しがるものは形のないものだ。
『みんなが私を私として見てくれる。愛してくれる。最高に気持ちいい、まさに私の天職だよ。だから私は帰らない』
夜の秋葉原はすでにネオンが輝いている。
仕事帰り、週末まで待っているわけにはいかないと思い、電気街口に降り立った。冷たいビル風が吹きつける。コートの前をしっかり押さえて、俺は『みみっこ☆カフェ』を目指す。
この寒い中、今日も歩道のあちこちでミニスカート姿のメイドさん達が目を引く。
「お主、寒くないのか。まだ若い娘がそのような格好で。風邪をひくぞ」
俺の心を代弁してくれる声がした。
話し方は少し時代劇じみているが、その声はやたらと可憐で耳に残る。
よく見れば、生足剥き出しのメイドさんに話しかけているのは、同じ歳くらいの女の子だ。
「大丈夫ですよ~」と、健気に笑うメイドさん相手に、長い黒髪のポニーテール少女は次のようなことを言い出した。
「さようか。ふむ。我にもう少し銭があれば、温かい甘酒でも飲ませてやれるのだが」
「いえいえ、お気持ちだけで十分ですよ~」
「そうか。すまぬな。ところで、一つ聞きたいことがあるのだが、よいか」
「はい、なんでしょう~?」
「きょーとーに行きたいのだが、道はこちらであっているか」
「はい?」
「きょーとーだ。知らぬのか」
「え? きょーとー? きょーとーきょーとーきょーとー……、あっ、とーきょー、東京? 東京、駅のことですか?」
「とうきょうえき? いや、きょーとーだ」
「きょーとーせんせい?」
「せんせい?」
何の会話をしてるんだ。気になって仕方ない。
立ち止まって聞き耳を立てていると話はあらぬ方向へ進んでいった。
「えと、だな。きょーとーだ。てらやじんじゃー、がたくさんある場所らしいのだが」
「寺や神社? きょーとー? あっ、もしかして京都?」
「そうだ、きょーとー! 京都だ!」
「えっ、でも~、京都は、すご~く遠いので歩いてはいけませんよ」
「なに? こちらに歩いていけば京都に辿りつけると聞いたのだが」
「えっと~、ず~っと歩いていったら、多分、行けないこともないですけど、でも、何日もかかりますよ」
「うむ。それでもよい。この道であっているか?」
「いやいやいや、よくないでしょ」
聞いてられなくて割り込むと、少女達は同時に俺を見た。
きょとんとしたその顔。
メイドさん、ではなくて黒髪ポニテ少女に目が釘付けになる。
さっきからヘンテコなことばかりしゃべってるからどんなヤバイ奴かと思いきや、とんでもい美少女だった。丸っこい黒色の大きな瞳が俺をひたと見つめる。
「お主何者だ」
さくらんぼ色の艶やかな唇が問いかけた。
「俺は、通りすがりのサラリーマン、名を三田黒須って言いますが……」
「さんた、くろす? サンタクロースだと!?」
黒髪少女はくわと目を見開くと俺の胸ぐらをつかんだ。
「サンタクロース? お主が? もしかして日本の? まことか! これはお初にお目にかかる。私は7番目のトナカイ、名をプランサーと申す」
「え? あっ、えっ!?!? 君はトナカイなの!?」
「うむ。その通りだ。我は雲の中の森に住む、サンタ父上様のトナカイぞ。はははっ、よもやこのようなところで、日本のサンタ殿にお会いできるとは、光栄至極に存じまする」
「は、はあ。あ、いや、違う。俺はサンタクロースじゃなくて、ただ、名前が三田……」
「サンタ殿、まことに申し訳ないのだが、主様に一つ、折り入ってお頼みもうしたいことがある」
なんかこの子も人の話を聞きゃしない。
話し方が時代に合ってないし。なんなんだ。
トナカイってみんな猪突猛進なの?
トナカイだけに?
それってイノシシなんじゃなくて?
「な、なに?」
「我をきょーとーに連れていってくれぬか」
「なんで京都に?」
「うむ。これだ」
黒髪のトナカイ、プランサーは背負っていた長い棒のようなものを手にする。
黒い布をしゅるりと解くと、現れたのは見まごうことない刀。
それだけならまだしも、プランサーはさらに刀剣を抜いて銀色に光る刃を俺に向けた。
とっても困ってます、というような顔をして言う。
「我の愛刀が欠けてしまったのだ。きょーとーによき刀職人がいるとネットで見た。我の刀を甦らせていただきたい。だが、我にはきょーとーの場所が分からぬし、時間もあまりない。ゆえに、日本のサンタ殿、どうか我を助けてはくれぬか。一つ、お頼み申したい」
「まって―――! プランサー、とりあえず、それしまって。早く、今すぐしまって。銃刀法違反で捕まるから!!」
「ほっ?」
プランサーは磨かれた刃を俺に向けたまま小首を傾げた。
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