第20話 足りない足りない

 

 俺達は近くにあったどんぶり屋に入ると、海鮮丼を四つ頼んだ。

「おいしいです」

 さっきまで恥じらっていたのが嘘みたいに、俺の隣に座ったキューピッドがサーモンを食べて幸せそうに顔をほころばせる。

「そりゃ、よかった、って、おい。ルドルフ、ダッシャー、もっと落ち着いて食べろ」

 ルドルフもダッシャーも同じようにどんぶりを抱えてわしわしとかき込んでいる。子供かよ。

 いや、どっちも未成年に見えるけど。

「おいしーんだもん!」

「おいしーからな!」

「食べながら話すな! 米を飛ばすな!」

「はーい!」

 返事だけはいい。

 セットでついてきたあおさの味噌汁で喉を潤した二人は、結局最後まで米をかき込んでいた。

「はあ、久々に腹いっぱい食べられた。満足だ」

 ぺろりと海鮮丼を平らげ、茶を啜ってからダッシャーが言った。

「久々に? あまり食べてなかったのか?」

「ああ。毎日ワックのハンバーガー一個でしのいでいた」

「なんで!」

「なんでって、そりゃ持ち金が少ないからだ」

 さも当然のように言う。

「なあ、ダッシャーもしかしてだけど、聞いてもいいか?」

「なんだ?」

「お前ももしかして、その辺で野宿してたり、しないよな?」

「してたぞ。少し走ったところに石碑がたくさんある森があるんだ。そこは人もいなくて静かで、ゆっくり休めるおすすめスポットだ」

「石碑……? もしかしてそれって、青山霊園のことじゃないよな」

「青山霊園?」

「墓地だよ。お墓。亡くなった人が眠る場所だ」

「ああ、あそこは墓だったのか」

 納得したようにダッシャーは頷く。

 いやいやいや、納得しないで。勝手にお墓を寝床にしないで。お願いだから。

 頭を抱えている俺の隣で、キューピッドが口を開いた。

「それで、ダッシャーは目的のスニーカーは買えたのですか?」

 途端にダッシャーの表情が曇る。

「それが、全然足りなくてだな」

「足りないというのは?」

「お金だ。このためにパパからもらうお小遣いをコツコツ貯めていたのに。足りないし、お腹はすくし、悲しくなってたところだった」

「いくら足りないの?」

 ルドルフが尋ねると、ダッシャーは指を十本立てる。

「十万円」

「スニーカーがそんな値段するのか!?」

「今冬日本限定モデルなんだ」

「で、ダッシャーはいくらもってるの?」

「一万三千円だ」

「聞いてもいいか?」

「なんでも聞け」

「スニーカーの価格を知らずに来たのか?」

「ああ。なんとかなるだろうと思っていた」

 あああああ。この子もなんかまともじゃない。

 普通欲しいものがあったらある程度値段を調べない? 

 それで買えるって思ったら、買いに行かない? 

 で、そんな高価なものだったら、緊張しつつ、やっと買えた喜びに浸って大満足にならない? 

 そういうのがお買い物の醍醐味じゃないの?

「それは困りましたね」

 キューピッドが言う。

「そんな大金をすぐに出せるのは、ドナ姉様とブリ姉様くらいしか思い当たらないし。姉様達を探してから、お願いしてみるのはどうでしょう?」

「え? そんな金持ち姉様達がいるの? だったら手っ取り早い。ひとまず姉様達にお金を借りて、あとで返せばいいんじゃないか」

「それはいやだ!」

 ダッシャーがテーブルをダンッと叩く。

 ルドルフがびくっと身体を震わせてから尋ねた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る