第239話 教会へ
トモエとオユキが並んで教会まで向かい、そこで既に顔見知りと言ってもいい相手と、話し込んでいると、少年たちがそれぞれに、荷物に隠れるようにして、やってくる。
結構な量を領都で買い込んでいたが、そのほとんどがここに届けられるものだったようで、遠目に見るとパウなどは、荷物から足が生える様な、そんな格好になっている。
「お待たせしました。」
「いいえ、そんなことはありませんよ。」
「あー、なんか、まだ地面が揺れてる気がするな。」
「俺も、暫く馬車はいい。」
「な。つっても、普通なら大丈夫だろうけど。」
こちらに挨拶するセシリアをよそに、シグルドとパウが二人で、昨日までのたびについて話している。恐らくは船酔いに近い状態なのだろう。
「おはようございます。もう昼ですけど。皆さんは、体調は大丈夫ですか。」
「あー、良い昼だな。まぁ、派手に動かなけりゃ、問題ないさ。」
「数日もすれば治るでしょうから。他の子たちは。」
「あいつらは、まだ立ち上がるのが難しそうだったな。ま、小さいし、初めてだしな。」
「ね。私達も、河沿いに行った時だって、少し気持ち悪くなったし。あの子たち、それも無しに今回だもん。」
初めての旅行にしては、本来の予定であれば、違う意味で気分が悪くなっただろうが、さてどっちがよかったのだろうか、そんなことをオユキは一人考えるが、それを口に出さずに、アナに話を振る。
「虹月石、でしたか。そちらに任せてしまいましたが。」
「うん、持ってきたよ。あ、助祭様も、お久しぶりです。」
「はい。お久しぶりです。お二人から聞いていますが、寄付を頂けるとか。」
「寄付って言うか、お土産だけど。」
「シグルド、流石にそれらを全てお土産としては受け取れませんよ。」
そういって助祭と呼ばれた女性が、パウからいくらか荷物を取り上げる。
掛ける言葉に気安さはあるが、そこはそれと、そうしなければいけないことも有る。
「んー。気にすんなって訳にもいかないんだよな。じゃ、寄付で。」
「そうだよね。えっと、寄付の手続きは。」
「それはこちらで。助祭アナ、その心遣いは有難い物ですが、頂く側が、下さる側に、書類仕事まで手伝わせるわけには行きませんから。」
「あ、そっか。あれは教会のお仕事だっけ。」
「ええ、そうですよ。皆さんも、この旅でよい成長をしたようですね。さぁ、聞きたいことも有ります。荷物を抱えてする事でもありません。」
そうして、助祭が先導する先、神像の立ち並ぶ礼拝所に連れられ、それぞれ荷物を神々の前に置いていく。
少年たちは、何やら分かったようにそれぞれを置いていくが、トモエとオユキにとっては知らない作法だ。
「ああ、そっか。アン、あんちゃんたちを。」
「えと、私、これがあるから。セリー、はそっか水と癒しの教会からのお礼もあるから、リーア、頼んでもいい。」
「私は、そこまで詳しいわけじゃないけど。」
「最低限、えっと、どこに置くかだけで。」
何やら細かい由来や決まり事もあるのだろうが、まずは手を開けてからでもいいだろう。
受け取る側の教会からしてみれば、あれこれとしきたりを守れとも言い出しにくい事だろうと、オユキからもアドリアーナに声をかける。
「細かいことは、後程伺うとして、とにかく話すにしても、まずは手を空けたいですから。」
「ええと、はい。分かりました。」
それではと、アドリアーナに説明されるままに、荷物を置いていく。
食べ物、魔物由来でない物は、こっち、細工物はこっちと。
言われてみれば、それぞれの神が担当していそうなものではあるが、一部の食べ物に関しては、髪が好んでいるのだろうか、急にそれならと言われることも有る。
「これは、確かに、なかなか難儀ですね。」
「うーん、私はそれこそ子供のころからだから。」
「常識そうなっていれば、そうでしょうね。それにしても、前に伺ったときは、魔物の戦利品だったことも有り、全て木々と狩猟の神に備えましたが。」
「えっとね、それでもいいけど、やっぱりそこでも違いがあってね。」
「成程。元々神話であったりを伺いたくは思っていましたから、また今度聞かせてくださいね。」
「うん、そういえば、今回の帰り道に話そうって、そんな話だったよね。」
そう、そんなことを話す余裕が無くなっただけなのだ。
そうして、少し話しながら、あれやこれやと荷物を置いているとロザリアが、これまででは初めて見る、丁寧な刺繍の施されたローブを着て、礼拝所に現れる。
何事かと、そう考えるが、虹月石は彼女の主として崇める神に関わるものなのだ。
そこには、相応の格式も求められるのだろう。
「持祭アナ、この度は大変な旅だったと、そう聞いています。」
「えっと、私よりも、オユキちゃん達の方が大変だったと思うけど。」
「いいえ。お二人が前に立ってくださった、その事には感謝していますが、それはかかる負担を軽減する、その判断によるものでしょう。皆が大変な思いをした、それに変わりはありませんとも。
それにお二人も、心配りを頂き、誠にありがとうございます。」
「連れ出した年長者、その責務です。」
「本当に、よき出会いに恵まれた事。」
そうして一先ずの挨拶を終えて、月と安息の神、その神像の前に立ったロザリアが、改めてアナに話しかける。
「持祭アナ、オユキさんが得られたものを頂いたと、そう伺っていますが。」
「はい、司教様。虹月石をオユキちゃんが見つけて、事情を話したら、教会にって。」
そういって嬉しそうに化粧箱を差し出すロザリアが、少し困ったように笑う。
「持祭アナ、祭具ですよ。」
「あ、失礼しました。えっと、着替えは。」
「そこまでは。寄付、ですから。」
「はい。」
持祭アナ、セシリアもそう呼ばれているが、二人は既に神に仕える者、その立場を持っているからこそ、注意を受けるのだろう。
居住まいを正して、持ち方を改め、ゆっくりと箱の中身が見えるようにと、アナがロザリアに向けて差し出す。
ただ、寄付する側、その立場は初めてなのだろう。
酷くたどたどしく、言葉を紡ぐ。
「えーと、狩猟者、オユキ、彼の者がその生業にて得た、品、えっと、貴石をこうして持って参った。
ついては、これらを納めたいと、そう願うものである。」
「ご厚情痛み入ります。その行いに心からの感謝と、神の導きが得られんことを。」
「神の良き信徒として、これからも真摯な祈りを捧げます。」
ロザリアは表情を変えないが、隣で見守る助祭が苦い顔をしているあたり、何か言葉選び以外にも色々と間違っている事が有るのだろう。
今後も、過剰に得た物を教会に寄付することも有るだろうから、改めてそのあたり後で聞いておこうか、そんなことをトモエとオユキは目で話す。
そして、同じ位で呼ばれていたセシリアは、そんな助祭に何がまずいんだろうかと、そんな視線を向けている。
恐らくは、これまで寄付に来た相手、それを見たときに見様見真似なのだろうが。
そうして、少し様子を伺っているうちに、ロザリアがアナから化粧箱を受け取り、それを月と安息の神の神像、その前に置かれている台座に乗せると、その前に膝を付き、アナがそれに続く。
さて、寄付する側がそれをするのだろうかと、そう思えば、助祭が苦い顔をしているあたり、そういう物では無いのだと分かるのだが。
その時に、どこからともなく。それこそ石造りの建物、窓はあるが、そこではなく天井の方向、石しかないそこから青白い光が差し込んだかと思えば、神像の周り、ロザリアとアナを包むスポットライトのように、短い時間照らしたと思えば、また消えていく。
その後に、ロザリアが立ち上がり、アナの手を引き立ち上がらせる。
「月と安息の女神さまも喜んでくださったようですよ。」
「はい。私もお声が聞こえました。でも、その。」
「そうですね。作法は、これから学んでいけばいいでしょう。
彼の女神さまも、楽しそうにされていたではありませんか。」
「えっと、嬉しいんですけど、恥ずかしいです。」
トモエとオユキには聞こえなかったが、何かのお告げがあったらしい。
恐らくアナの様子から、落ち込んではいるが、深刻ではないあたり、からかうような言葉をかけられたのだろう。
「えっと、何かまずかったんですか。」
隣で、ひとまず終わったのだと、そう判断したセシリアが助祭に尋ねると、助祭は少し考えた後に、簡単に応える。
「あっているところを探す方が難しかったので。」
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