7章 インスタントダンジョン

第238話 お土産を配る

「すっかりと、寝てしまいましたね。」


既に昼に近い時間、ようやく目を覚まして、痛む体をどうにかベッドから引きずり出してトモエがオユキに声をかける。オユキにしても、移動中意識のある時間の方が短かったというのに、すっかりと寝入ってしまい、トモエよりわずかに早く目を覚ましただけに過ぎない。


「おはようございます。流石に強行軍は疲れますね。」


領都で止まっていた宿と、始まりの町、そこで借りている宿では設備があまりに違う。

向こうであれば、朝から風呂に、そんなことも叶っただろうが、こちらではそうもいかない。

二人で部屋から出て、階段を降り、そのまま裏手に回って、井戸から水を汲みながら身繕いをし、今日の予定を簡単に確認し合う。


「今日は、休むとして、お土産を渡しましょうか。」

「ええ。と言っても、またこちらの宿にお願いして、宴会とそう言った形になるのでしょうが。」

「そのほうが都合がいいでしょう。私たちにとっても、ゲラルドさんにとっても。」


突然の事態に、メイの名代としての役割を与えられたゲラルドは、昨日はそのままとりあえずと分れている。

彼はこの町の中央、代官が居を構える場所に向かい、そこで休んでいるのだろうし。


「ああ。私も興味があるのですが。」

「正直、私もそこまで詳しくないのですよ。」


一部の物、物作りに執心していたものは、魔物の素材を集めて、何かにならないか、そんなことを日夜研究し、そのための素材を、度々それから求めていたが、オユキは既存の、ゲームのNPC達によって作成された装備を身に着け、あちこちへと赴いては、まだ見ぬ魔物と戦う事を好んでいた。

幸いと言えばいいのか、それだと進行にあまりに影響が出ると温情が与えられたのか、ログアウト自体はそこそこ高価な道具を使えばどこでもできたため、移動に時間がかかる、それをいとわず、度々遠征をしていた。

馬車などは維持の問題が、プレイヤーがログアウトしようが、馬車、そこに繋がれた馬がそこに残るため、徒歩であったり、走ったりと、この広大な世界を、時に片道半年、大陸を渡った時などは一年以上を移動に費やした。

そのため、拠点にしか作れないインスタントダンジョンについては、そういう物もあるのだ、そういった認識でしかない。


「最低限の情報は、ミズキリから聞きましたが、あまり、いえ一度か二度、その程度しか利用もしていませんし。」

「不便な物だったのですか。」

「いえ、便利だとは思いますが、冒険、それとはまったく異なる機能でしたから。」


今となっては正しく異世界、過去においては、そうとしか思えない物。

オユキの情熱は、その世界の旅に向いていたのだから。特に現実ではありえない、そんな光景を語って聞かせればトモエが楽しそうにしていたことも有るのだが。


「成程。私も、正直洞窟の類は、あまり。」


領都で見た巨大なムカデを思い出したのか、トモエの肩が揺れる。


「出現する魔物も、法則があるとか、制御できるとか、そんな話を聞いた覚えもありますが、さて。」


オユキは少し記憶を探ってみるが、記憶になさそうだと、直ぐに諦めて、話を変える。


「後は、大きな欠点として、魔石が得られないのですよね。」

「おや、そうなのですか。」

「そもそも、魔石を使って作った物ですから、その回収は出来ないのは、まぁ自然ではありますか。」

「理屈の上ではそうですが、こうもでたらめな世界なら、それも叶いそうに思いますが。」

「後は、全体的に得られるものの量が減ったはずです。制限もあったかと。」

「そのあたりは、詳しい方に聞くのがよいのでしょうね。」

「はい。ミズキリ、恐らく残っていると思いますが、捕まえられればいいのですが。

 とにかく、狩猟者ギルドで、宴会のお誘いをして、言伝をお願いしましょうか。」

「ゲラルドさんへは。」

「放っておいても、先方から来るでしょうから。宿の名前は伝えていますし。」


そうして、体を拭き終わったため、部屋に戻り改めて着替えてから、宿の広間に出る。

お土産としては銀食器が一組にナイフが数本、加えて大量に買い込んだ酒やチーズなどになる。


「遅くなりましたが、おはようございます。」

「あ、起きたんだ。おはよ。久しぶり。もう大丈夫。」


店内の掃除をせっせとしているフラウに声をかければ、元気よく返事が返ってくる。

昨日は、疲れが勝っていたため、宿で改めて、宿泊手続きを行い、そのまま体を拭いたら眠ってしまった。

その時彼女とは少し話した程度で、こうしてきちんと向かい合って話すのは実に久しぶりの事になる。


「ええ、まだ疲れていますので、今日はゆっくりしますが、はい、こちら領都からのお土産です。」

「わ、いいの。おかーさーん。」


そうしてトモエが抱えているものを机に置いてそう伝えれば、変わらず元気な少女が宿の奥へとかけていく。

そうすれば、少しして引っ張られるようにして懐かしい顔が出て来る。


「良いのかい。そんなに気を使わなくてもいいんだよ。」

「いえ、下心もありますから。」


そうしてトモエが苦笑いをしながら、また宴会に場を借りたいと言えば、フローラが笑いながら頷く。


「構わないよ。で、前と同じ感じかい。」

「そうですね、部屋に配る予定のチーズとワインもあるので、後でそちらをお預けしても。」

「ここらじゃめったに見ないからね、切って出せばいいのかい。」

「ああ、そうですね、変わり種もありますので、それは避けておきます。」

「あいよ、じゃ、預かった分は切って出すよ。」

「ええ、お手間をかけます。構やしないさ。」

「ね、ね、これ、どれが美味しいの。」


フラウの興味は銀食器の入った木箱ではなく、話の流れで食べ物と気が付いたからだろう、すっかりチーズに向かっている。その中の一つ。燻製になった物を指して、トモエが簡単に味の特徴を説明すると、フローラも興味を持ったのか、早速少し切り分けて親子で口にする。


「美味しい。でも、変わった匂い。薪を焼いたみたいな。でも甘さと会ってるね。優しい味。」

「ほんとだね。なかなか上等なもんだよ。でも、これはこのまま食べるのがよさそうだね。」

「パンに挟むのは。」

「それには少し甘味が弱いね。塩漬けの肉当たりも入れれば、丁度いいか。」


そうして、あれこれと食べ方について話し合いを始めた二人に、一先ずの別れを告げて、今度は二人で教会に向かう。少年たちのの様子は分からないが、少年たちにしても、教会に渡したい土産物がある。

そして、それを元々手に入れたのがオユキだという事もあり、そのまま彼らだけでというわけにもいかないのだから。

部屋から、別のチーズやワイン樽、いくらかの布を持って教会に向かう。

なかなかの大荷物で、視界は悪くなるが、さんざん魔物を狩り続けたことも有るのだろう、持ち運ぶこと自体には難はない。物理とは、等とそう思わないでもないのだが。

剣を振れば、その反動で体が流れたりと、そういった力は働くが、事運ぶだけ、そうなったときには、不思議と自分の体重を超える物ですら、バランスに少し気を使う程度で運べてしまう。

こうった部分にも、加護の不思議さがあるのだなと、そんなことを考えながら、トモエとオユキ、二人で協会に向かっていると、途中で声がかかる。


「あ、トモエさん。オユキちゃん。」

「その声は、セシリアさん、ですか。」


視界が悪いため、声だけで判断することになったが、どうやらそれは合っていたようで、駆け寄ってくる気配がする。それは一人分だけだが。


「ちょうど、様子を見に行こうとしていたの。」

「なら、良かったです。思えば皆さんが何処に住んでいるかも伺っていませんでしたから。」

「あ、そういえば、そうだね。えっと、二人は教会に行くところ。」

「はい。私達からのお土産もありますから。それを渡して、皆さんがいないようなら、そこで尋ねようかと。」

「あ、そっか。柄っと、私達も一緒に。」

「勿論、構いませんよ。皆さんは、もう大丈夫なのですか。」


そう、トモエが尋ねればセシリアからは、何とも言えない声色で返事が返ってくる。


「ティファニアちゃんたちは、まだ無理かな。」

「ああ。いよいよ初めての事でしょうからね。どうしましょうか。」

「うーん。こっちの教会とは関係ないし、あの子たちは今別で宿取ってるから。」

「では、私達で向かいましょうか。ここで待っていれば。」

「教会の前で、待ってて。すぐに皆で行くから。」

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