第234話 愚痴
「案外と、気安い方々なのですね。
トモエさんは、戻ったほうが。」
「そう、ですね。あの子たちと瞑想の最中でしたから。
今聞いておいたほうが良い事が有れば。」
トモエの返しに、オユキは少し考えて首を振る。
今直ぐの事ではない、後でも十分そんな事ばかりだと。
「分かりました、では、後程。リース伯爵令嬢、御前、失礼いたします。」
そうしてトモエが、部屋から去っていき、部屋には直前までいた四人だけとなる。
さて、この空気をどうしたものか、そうオユキが考え出したところで、再度深いため息が方々から聞こえる。
「お疲れのようですね。」
「ええ、疲れましたとも。」
さて、先ほどまでメイが起動していた防音、声を外に漏れないようにと、そんな魔道具はまだ動いているのか、椅子にもたれるように座りなおしたメイがそんなことを言い出す。
「全く。よくよく大事ばかりが起こる事。」
「私も翻弄されている側と、そう申し上げても。」
「ご自身でも、言い訳と分っているのでしょう。」
そこで改めてメイが机に置かれた魔道具に触れるのを見て、ああ、まだ効果は続いていたのかと、そう納得する。
未だ席に一緒についている残りの二人は、ただ言葉もなく座っていたため、その効果のほどは確かめようもなかったのだから。
「言い訳にしかならない、そう考えているだけです。」
「であれば、なおの事。光栄な事ではありますが、流石に。」
「ただ、私の不安が解消して頂けたのは、喜ばしい事です。」
「ええ。私も困難はあると、そう考えていましたが。」
そうして、メイが授けられた聖印に触れる。
少なくとも、それが許す発言を、その聖印を示して行えば、神々の良き信徒たちは彼女の言葉に疑いをはさむことなどは出来ないだろう。
そうするために授けられたのだから。また、そうするに値する人物だと、そう評されたともとれる。
「伯爵領、そうなりそうですね。」
「国法もありますから、先々とそうなるでしょうが。」
「それにしても、繰り返しになりますが、気安い事と、そう思ってしまいますね。」
「巫女達、そう言われていたでしょう。本来はそう簡単な事ではありません。」
どうやら、それについても聞き逃して入ないようだ。
「その、お嬢様。」
そうしてようやく女性騎士が再起動し、メイに声をかけるが、彼女はそれにただ首を振って言葉をかける。
「一先ずは、他言無用です。流石に私だけで、判断を出来る事柄ではありません。」
「では。」
「いいえ、全て予定通りに。始まりの町に着いてから、改めて。」
「は。」
そうして二人のやり取りを終えると、彼女の手元にあるベルを鳴らす。
そうすれば、間を置かずに、二人の従者、以前見た物とは違う、が部屋に入ってきたため、その相手に手早く指示を飛ばす。
「保管用の化粧箱を、そうですね、私の装飾が入っていたものがありますね、その中身を別に移して、持ってきなさい。それと、道中で果実の類があれば購入し、荷として積む様に。
それと、暫くこの部屋の周囲に誰も近づけないように。騎士達にも、警戒を厳にと伝えなさい。
それと、私の警護に5人用意させておきなさい。」
一息に彼女が指示を行えば、従者はただ頭を下げて部屋を出ていく。
「あなたも。最悪私よりも、こちらを優先するように。」
「お嬢様。」
「これが残れば、言葉は伝わります。弁えなさい。」
「は。」
メイの貴族然とした、これまでも侍女として使える側としての振る舞いは見てきたが、こうして使う側としての姿を始めてみるが、なかなかに手慣れている。
「そこまで心配しなくともよいでしょう。襲撃の規模は分かりませんが、十分とそう思える備えはあるのでしょう。最悪、私達の試しを後に回せば、余裕もあるでしょうから。」
「それは。」
「優先順位。それをお間違いなきよう。」
そう、彼女に与えられた職責、今はそれと比較するものが発生した。
原因はさておくとして、そうなった以上、ここでは判断を行わなければならない。
「差し出口となりますが、今最も優先すべきは、確実に神の言葉を伝える事か、与えられた職務をこなす事か。
メイ・グレース・リース伯爵家令嬢、あなたが判断を行わなければなりません。
人の声に耳を傾けるのは当然です。しかし、投げるのではなく、判断を行わなければならないのです。」
意味は分かりますね。そうオユキが視線で問えば、メイは改めて、聖印に目を落としてすぐに顔をあげる。
「ローラ、予定は全て白紙です。一先ず当家の物を全て集めなさい。
護衛の傭兵にも、そうですね代表者を出させなさい。話すべきことがあると。」
「畏まりました、お嬢様。」
そうして頭を下げた女性騎士が、直ぐに部屋から出ていくのを見送って、オユキも少し体から力を抜く。
「始まりの町に戻ったら、少しのんびり休みたいですね。」
「そうはいきませんよ。あなたも同席していたのですから。」
「ええ、無辜の民としては、日々私達のために骨を折ってくださる為政者の方の望みには、勿論最大限の協力を。」
「もう、かわいげのない。」
「あなたもトモエも、本当に肝が据わってるわね。」
そんな軽口をたたくオユキにアイリスのため息が届く。
「弁えているだけですよ。少なくとも、この場にいる三人程、今安全が確保されている存在はこの一団に居ませんから。」
「まぁ、そうでしょうけど。前は緊張のあまり聞き逃していたけれど。」
「私も、自分意外と、そう考えていましたから。」
戦と武技の神に、直接巫女とそう呼ばれた二人で笑いあう。
「何か勤めなどあるのでしょうか。水と癒しの教会では、祭事を行う役を得られていたようですから。」
「どう、なのかしら。私もそういった物がいる、それくらいでしかないもの。」
「ああ、そういえば、そう呼ばわれていましたね。」
オユキとアイリスが、首を捻りながらそんな話をしていると、メイが実に綺麗な笑顔を浮かべる。
そう、危険だとそんな勘が働くほどに。
「さて、お忙しいようですから、私達は、一度辞しましょうか。」
「そうね。事によっては日程から、護衛体制まで変わる物。私も今のうちに休んでおこうかしら。」
「ええ、それがいいでしょう。今はそうするといいですよ、今は。」
ただニコニコと、貼り付けたような笑顔がまぶしいメイが、そんなことを言う。
「あの、手伝えることは手伝いますよ。これは嘘ではなく。」
「私も、仕事分はやるわよ。傭兵だもの。」
二人それぞれに応えれば、メイは肩を落とす。
アイリスもだろうが、オユキにしても求められている言葉は分かるのだが、立場が互いにある。
「それが正しいと、そう分かるからこそ、腹立たしいのです。」
「先ほどは、私が言わなければ、決まったでしょうから。」
「ええ。あまりの事に、これまでを頑なに守ろうとしたでしょうね。」
「なので、後は家中の方とよく計ってください、それ以上は言える事が有りません。
教育係、お目付け役、そういった方が居られるのでしょう。以前の従者の方は、残って教育と、そう見ていますが。」
「その通りです。当家の執事長は流石に動かせないと、そうなりましたが、祖父から借りた者がいますもの。」
「それは、重畳。」
「ですので、お二方も残っておいてください。あの場にいた、その一員として発言を願うことも有りますから。」
「守秘義務はあるけれど、いいのかしら。」
アイリスが不安げに尋ねる。そもそも領主の仕事、そんなものを易々外に漏らしていいわけがない。
「構いません。それこそ優先順位があります。それと、人が集まるまでの間、インスタントダンジョン、でしたか。概要を伺っても。」
「領主としての機能、そちらの方が正確とも思いますが。」
「お言葉を頂いたのを覚えていませんか、詳細は異邦の者が詳しいと。」
「成程、それでは手短に。」
オユキはそう断って、頭で簡単に情報を纏めて話し始める。
「こちらに迷宮、ダンジョン、そう呼ばれるものが今のところ存在していない、いえ過去存在しなかった、それに間違いは。」
「少なくとも、私は初めてその言葉を聞きました。アイリスさんは。」
「私もよ。」
「では、領都の廃鉱脈、あちらを思い浮かべてください。」
そして、オユキは続ける。
「アレを自由に作れる、そんな機能がインスタントダンジョン、そう呼ばれるものです。」
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