第226話 一休み、裏話

「あら、美味しいですね。」

「ええ、本当に。」


入ったはいい物の、メニューからはなかなか現物の想像がつかなかったため、お勧めで持ってきて貰った品に二人で舌鼓を打つ。


「前から気にはなっていましたが、スペイン語圏なのですね。」

「確か、開発者の中にいたとか。ただ、魔物の名前から分かるかと思いますが、混在していますよ。」

「担当が分かれていなかったと、そういう事でしょうか。」

「いえ、少人数によるものだったので、固有名詞に関しては、という事でした。」

「まぁ、これだけの数になると、どうしてもそうなりますか。」


焼き菓子をつまみながら、出された紅茶、あくまで色がそう見えるというだけで、実際に何を使って入れているのかは分からないのだが、温かいそれに口を付けながら、これまであまり話してこなかった、ゲームとしての舞台裏などを話す。

その違いに落ち込んだオユキを慰めるために、面白かった、熱中した記憶としてのそれをトモエが話題として振っている。オユキもその気遣いにありがたく思いながら、トモエの質問にあれこれと答えていく。


「海があるとのことでしたが。」

「大陸が、発見された者で3つ程ありました。その間はまぁ、海と呼んでも良いものかと。

 最も当たり前のように海生の魔物がいますから。」

「飛行機などは、開発されなかったのでしょうか。」

「現代の技術再現を目指した方も、数多くおられましたが、根本的な物理法則が違うので、実らなかったとか。」

「そう、なのですか。」

「はい。個人と言いますか、ミクロな部分では通用しますが、マクロな事柄になると、マナが悪さをするそうです。」

「ああ、向こうには無い成分が含まれているんですね。それでも物理現象にと、そう思ってしまいますが。」

「作用しなければ、武技なども発動しませんよ。」

「それもそうでしたね。」


そこで、一度会話が途切れると、トモエが視線を少し別の方向に向ける。

こういった店舗であれば、他の客の様子が見れてもおかしくはないと思うが、そのあたりは利用する客層といった事もあるのだろう。

外からテーブル席が見えたが、あくまでどういった店かを示すもので、店内はきちんと個室が用意されていた。

もしくは、従者の類が、待機するための場所かもしれないが。


「魔術、使ってみたいのですけどね。」

「瞑想の成果は。」

「全く目が出そうにありません。いえ、気が付けば、これまでのように刀を振る自分を考えている、その姿勢が良くないのは分かっているのですけど。」

「習慣ですね。」

「向こうではおよそ縁のなかったものですから、簡単な物だけでも、そう思ってしまいますね。」

「私もです。以前は全くでしたから。」


そうして二人そろってため息をつく。


「オユキさんは、マナの存在は確認できているのでしたか。」

「そう言われていますが、言われただけで自覚がないですからね。」

「そうなのですか。」

「マナが濃くなる、そういわれてから、翌日ですか。空気が重くなったと、確かにそう感じていますが、それがマナだと言われたところで、といったところです。」

「難儀な物ですね。以前も。」

「はい。そもそも感知できる人とそうでない人、完全に分かれましたね。」

「それは、不平が出そうですね。」


そうため息交じりにトモエがこぼすが、それについては開発、運営からの素敵な返事が待っていただけだ。


「仕様、世界観に基づいた、それで一蹴されていましたね。」

「何とも、豪気な事ですね。」

「こと世界観、そこに関わる箇所については、絶対に修正を行わない、そういった方々でしたから。

 よくゲームにある、所謂ファストトラベルですね、そういった機能も断固拒否されていましたよ。」

「ええと、ワープのようなものでしたか。」

「はい。ただ。」


オユキはそこで言葉を切って考える。

今でも、いくつかの断りの文言、そこに書かれていた文章は覚えている。

そして、実に多くのユーザーが意見を戦わせもしたのだ、その返信に対して。


「絶対に実装しない、そういった物、例えばキャラクターとしての能力、マスクデータの公開などについては、世界観にそぐわないため、実装の予定がない。といったようにゲーム内への存在、そのものを否定する形で答えがあったのですが。」

「一部はそうでなかったと。」

「はい。要望に沿う形での実装は世界観にそぐわない、そういった形で返答されたものが、何件か。」

「成程。既にあると、そうともとれる仰りようですね。」

「ええ。もしくは、それ以外の形での実装はあるのではないか、そう言われていました。」

「という事は。」

「はい。結局のところ、ゲームの稼働中に発見は叶いませんでしたね。」


加えて、その論拠、ゲームが終了を告げたその時に明かされた事実として、一つの大きな数字があったのだ。

41%、ブラックボックス化した基幹部分、世界観を支えるための基底エンジン、そこには割合が表示され、プレイヤーが遊ぶたびに、その数字が変化していった。

そして、その数字は定期的に公表されるデベロッパーからのレターにも記載されていたのだ。


「トロフィーを使った武具、魔物の素材の活用法、そういったものすら確立していませんでしたから。

 正直こちらに来て、改めて開発者の方々の残念を感じそうですよ。」

「どうなのでしょうか、そうであれば、ヒントをもう少しと、そうも思いますが。」

「ないわけではなかった、ユーザーの楽しみのため、そういった事もあったと思いますよ。」

「そうなると、こちらが独立してからの人々の努力に感謝と、そうなるのでしょうね。」

「ええ、私もそうですが、あまりそういった事に執心していませんでしたから。

 中には熱心にフレーバーテキスト、世界観などを調査されている方々もいましたが。」

「もし、そういった方々がこちらに来ていれば、喜んでいそうなものですね。」

「ええ、それこそ以前と同じように熱狂して、あちこち飛び回っている事でしょう。

 移動に時間がかかるため、調査の進んでいない地域など、それこそいくらでもありましたから。」

「大陸が3つ。ですか。身体能力もそうですが、馬車でも車程の速度が出るのですから。」


その言葉にオユキはふと気が付く、そういえば、簡単な地理情報もあまり説明していなかったかもしれないと。


「あの、トモエさん。今いる大陸ですが、表面積で言えば地球の20倍近いと、そう言われていましたから。」


オユキがそう伝えると、トモエはただ数回瞬きをする。


「世界全体で言えば、どの程度になるかも想像がつきません。

 用意されていたコンテンツの開示が、半分以下、もしそれが事実であるなら、実際にはこの世界はもっと広大なのかもしれませんし。」

「世界の果て、そのお話は聞かせていただきましたが。」

「ええ、行きました。ただ、全周ではありません。今いるのが南部大陸、その中でも北東に位置していますが、私が行った事が有るのは、ここからさらに北に行った大陸だけですから。

 西側にも、大陸があるとは聞いていますが。」

「ええと、前に伺った神殿については。」

「この近隣だけですね。それこそ変わっていなければ、この大陸に国家は27しかありませんから。」

「その広さで、たったそれだけですか。」

「それだけ魔物の存在が、生存権を狭めていると、そういう事なのでしょうね。」

「となると、今度は人類、いえ魔物以外ですか、その種族の発生が気になりますが。

 国家間で違うという事もないでしょうが。」

「何かあったような気もしますが。」


概要程度は聞きかじってオユキも覚えているが、細かいこととなると、やはり記憶にない。

ミズキリの団には、そういった物に執心を見せた者もいるが、オユキは専ら戦闘ばかりだったのだから。

年を取って落ち着いた時くらいには、もう少し知識に目を向けても良かったかと、今更ながらにそんなことを考えてしまう。


「調べてみるのも、いいかもしれませんね。」

「それこそ、創世神話などは、教会で尋ねれば快く教えてくれると思いますし、あの子たちもよく知っているでしょうから。」

「ああ。旅の間に水を向けるのもいいかもしれませんね。」

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