第185話 マツリの後
「日々を良く生きる人々よ、神の御言葉を良く噛み締め。
これから訪れる苦難の時を、共に歩みましょう。
神は御言葉通りに、私達への過分な配慮をして下さいました。
ならばあとは、我々が、この地に生きる我々が、それに応えるときなのです。」
そう司祭が語り、聖印を切ると、祭りの終わり、それとも礼拝者の多くにとってはこれからが本番だろうか、祭祀の終わりを告げる。
「神の御言葉を賜る、その尊い一時も終わりました。後はただ、この時を得られたことを喜び、祈りと感謝を謳い上げましょう。祈りは遠く、お力も、影も遠くなった、とはいえ遠いだけです。届かないそうは言われていないのですから。」
「では、この場を持って御言葉の小箱を頂く祭祀を終える。
我が公爵家からも、この祭りには花を添えさせて頂いておる。
未だ準備は終わっていないかもしれぬが、我が家の蔵から、酒樽を運び出させておる。
広場にて供される故、楽しまれるがよかろう。」
その公爵の声が響けば、方々から喜びの声が上がる。
公爵家秘蔵のお酒、その言葉に、オユキも非常に心が引かれて、隣に立つトモエを見上げるが。
「お祭りですから、そうは思いますが、その、私達はこの後。」
「ああ、そうでした。流石に残りませんよね。」
「ええ、この喜びようですから。」
しょんぼりと肩を落とすオユキに側に控えた修道女が声をかける。
「あの、裾が切れていますから、早くお召替えを。」
「そうでしたね。とはいえ、このまま歩くわけにも。」
スリットと呼ぶには過剰であるし、そもそもが神職のローブにそのような者が入るはずもない。
オユキとしてはさして気にもしないが、貞操観念を考えれば、このような身形の物が、そんな服装、祭りの最中に、斬られた服を着てうろつくものではないだろう。
そんな事を考えていると、未だに怨嗟の声を漏らすものの前に、目に涙を湛えたアナが立つ。
「なんで、そんなこと言うの。」
「は、貴様もあの売り女の奴隷か。寄生虫の奴隷がなにを儂を見下ろす。
貴様らこそ這いつくばって、儂等を見上げるべきであろうよ。」
「私は、私達は奴隷なんかじゃない。ただ、嬉しかったり、良かった事が有ったり、そんなときに感謝をしてるだけ。そのお返しを貰ってるだけ。それで、なんでそんなことを言うの。」
「あの愚物どもが、狂った寄生虫共が世界をほしいままにしているからだ。この世界は我らの物だ。
あの寄生虫共の物では無い。」
「世界は誰かの物なんかじゃない。皆の物でしょ。私たちは、皆ここで、こうして。」
地団駄を踏みながら、涙を流しながら、それでもただアナは言い募る。
その後ろ、少し離れた場所では、シグルドが、これまで見せたこともない形相で、縛られ地に転がされながらも怨嗟を、毒を吐き続ける人を見ている。
「良いのです。良いのですよ持祭アナ。」
そういって、教会の裏手へと歩き始めていた司祭が取って返して、アナを抱きしめる。
彼女は司祭に抱き着くと、ただ声を上げて泣き出す。
「残念で、悲しい、その気持ちは分かります。ですが神々はその自由も認めているのです。
神々を、その様にあしざまに語る、その自由すらも。」
「でも、司祭様。私たちは、色々貰ってて。返せるものがそれしかないから。」
「ええ、そう思うのも私たちの心の在り方です。
そうして、気持ちに気持ちを返し、そしてそこに加護が生まれるのです。
だから、伸ばされる手を振り払うあの者たちは、それが無くなる。
話はもう、そこで終わってしまったのです。」
それでも、アナは泣きながら、だって、でもと繰り返す。
それをあやしながら、司祭はただ続ける。
「あの者たちは、今一度思い知るのです、神の加護、その思いを振り払う、その意味を。
差し伸べた手を振り払う物には、届ける手がもうないのです、神々と言えど。
そこで反省し、今一度手を取ろうと、そう思えばまた次があります。
神々は常に私達を見守ってくださる、そうですね持祭アナ。」
アナが未だしゃくりあげながらも、頷くようなそぶりを見せる。
そこに、シグルドが、変わらぬ怒りを湛えて、近寄ってくる。
「あとで、これから、そうじゃなくて、今、ここで終わりにすることだって、思い知らせることもできるだろ。」
新しくした武器は持ってないが、使える物はそこらに転がっている。
加護を持たぬ、ただの人ほどの身体能力しか無ければ、今の彼であれば、武器も必要ではないが。
しかし、その彼をトモエが止める。
「シグルド君、あなたは神々ですか。」
「いや、違う。」
「では、あなたが神の名をかたり、罰を与える、それは間違っています。」
トモエにはっきりと告げられ、シグルドの顔から怒りが抜ける。
ただ、そこには悲しさと寂しさのようなものだけが残る。
「でも、こいつらは悪いことをした。アンを他の教会の人たちをあんちゃんも傷つけたんだ。」
「ならば、その怒りで、抵抗もできない相手を殴る、そうしたいのなら、あくまでそれとして行いなさい。
自分の怒りに、他の名前を、何かの威を借りてはいけません。」
「殴るって言ったら、止めるか。」
「いいえ。あなたの矜持が許すなら、行うといいでしょう。刃を抜いたのは彼らが先です。
ならば切り返される、その覚悟はあっての事でしょうから。」
握った拳をシグルドは一度見て、それを開く。
「いや、いいや。こうなった相手を殴るのは、なんか、良くない。」
「そうですか。なら、いいのです。私は襲い掛かってきたときに既にやっていますしね。」
そういってトモエが笑ってシグルドの頭に手を置けば、シグルドはうつ向いたままそれに応える。
「あんちゃん、オユキもだけど、結構いい性格してるよな。」
そう言うと、シグルドも司祭から離れてもまだ涙を流すアナを引っ張って、教会の裏手へと歩いていく。
「いい子たちですね。」
「ここまでの教会の教えが良かったのでしょうね。」
「司教様の教会ですか。」
「ええ、始まりの町、その協会の子たちですから。」
そうして、司祭とトモエが話し合っているところに、公爵が近寄ってきて言葉をかける。
「全く。耳の痛い話だ。いつであろうと子供のまっすぐな嘆きと怒りは心が引き裂かれる様だ。」
「ええ。ああしてあの子がまっすぐに怒りを向けなければ、私達の誰かが激発していたかもしれません。
のちに暗い思いを残したかもしれません。ですが、お話の前に。」
そういって、司祭がオユキに視線を向けると、公爵もそれを追い、頷く。
「そうであったな。主役に何時までも斬られた服を着せるわけにもいくまい。
この場は我に任せよ。その方らは先に、休んでおくがいい。」
そう言うと公爵は側に控える騎士に声をかけ、さっそく指示を出し始める。
それを横目に、トモエがオユキを横抱きにして、運ぶ。
「では、お二方。こちらです。」
そうして司祭と巫女とも別れて修道女に、この一週間散々利用した通路に案内される。
その先で着替えをして、それから司祭と、恐らく公爵の代理を交えて話すことになるのだろう。
「こうして運ばれるのは、久しぶりですね。」
「こちらに来たばかり、その時以来ですね。」
「まだ2ヶ月も立っていないというのに、随分と懐かしく感じてしまいます。」
「密度がありましたから。」
トモエの苦笑いが引っ付いたその言葉にオユキもため息で応える。
「これでひとまず、ゆっくりしたいですね。」
「本当に。」
そうして二人で微笑み合うが、この後も少々面倒はあると、そんなことは予想の内ではある。
それにどの程度巻き込まれるか、関わるのか、その匙加減はこちらで制御できるのか、それも現時点では分からない。
「ひとまず試し切りで、楽しんだ、その分くらいは頑張りましょうか。」
「そうですね、次は鉱山で試し切りです。」
「子供たちに面倒が飛ばない、その程度には、こちらで頑張りましょうか。
今回も結局あの子たちは目にしてしまいましたから。」
「ですが、いい子たちですから。周りにも恵まれています。良い方向に向かうでしょう。」
「ええ、そうなるように、私達ももうひと頑張りしましょうか。」
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