第186話 事情の説明
トモエに抱えられて、着替えをここ一週間行い続けた部屋で、いつもの軽装に着替えれば、そのまま応接室に通され、出されたお茶に口を付けながら、司祭と話す。
「この度は、何とお礼を申し上げ、なんと謝罪の言葉をお伝えすればいいのか。」
「いえ、こうなると、ある程度は分かっていた上で、お引き受けしましたから。」
「本当にご迷惑をおかけいたしました。それと改めて感謝を。」
「ええ、どちらも受け取りましょう。それと私からも、あの子に言葉をかけて頂きありがとうございました。」
互いにそういって頭を下げあう。
このあたりは世界が変わったところで、変わらない物があるようだ。
「ああもまっすぐに進行を持つ子は稀有ですから。
やはり私なども無駄に歳を重ねたせいか、こういうこともある、ただそれで流すようになりました。」
「いえ、畢竟、そう言うしかない、そのような物ですから。
やはり私達では、あり方が異なるせいか、こちらに沿った事は話せません。」
「少しでも、支えになったのなら幸いですとも。
迷える子らを導くのは、私どもの最も尊い勤めですから。ねぇ。」
レーナがそういって、隣に座るリザに声をかければ、彼女も深々と頷いて返す。
「はい。真摯に己の信仰を問う、それに向き合う。修道の位にいたころは当たり前のように行っていたというのに、いつからそれをしなくなったのかと、まさに恥じ入る思いでした。」
「私たちの世界の言葉ではありますが、負うた子に教へられなどと言いますから。」
「至言ですね。己の心に理屈なく素直な、あの子たちの在り様は、確かに学ぶことの多いものでした。」
そんな話をしていると、脈絡もなく、扉があき、公爵が入ってくる。
「全く、実に耳に痛い話だ。そしてつくづく正しいとも。あの良い子供たちの叫びは、実に我の胸を打ったとも。」
「あら、聞こえていましたか。」
「聞こえるように届けておいて、ぬけぬけと。
ああ、よい、二人とも楽にせよ。同席を許す。」
てっきりこの場に現れるのは、使いの物とばかりオユキは考えていたが、公爵本人が一人の騎士を連れて部屋に入ってくる。
それに慌てて椅子から降り、頭を下げれば、そう声がかかる。
「先ぶれもなしに、この場を乱したのは我故、不作法はお互い様だ。それに祭祀で大きな役割を担い、凶刃から司祭と巫女を守った立役者でもある、そのような物を下においては、それこそ我が恩義の何たるかを理解せぬ、そうなる故な。」
「それでは、お言葉に甘えまして。」
「うむ。」
そうして、改めて公爵、司祭、オユキとトモエの4人で机を囲む。
助祭リザは、お茶の準備に席を立ち、連れの騎士も机の側ではなく、扉の前に立ち、警護を行っている。
ここはある程度私的な場、そういう合図なのだろう。
そうオユキは判断して、トモエに目線で伝える。
「まずは改めてその方らに感謝を。我八代マリーア公爵、デズモンド・カーソン・マリーア確かにトモエとオユキ両名の働きを覚えたとも。」
「卑小の身では有りますが、此度の大任、どうにか果たせましたのは、公爵様の並々ならぬご配慮あっての事、そう存じ上げております。」
「謙遜だな。それも美徳ではあるか。加えてその方らの連れと思しき少年と少女、あの少年が我にお返しをと、そう言った者か。」
「ご賢察、恐れ入ります。名をシグルドと、始まりの町、その協会にて良き出会いに恵まれ過ごした子です。」
トモエに向かって話しかけられているため、オユキが答えることはなく、話が進む。
作法としては、前の世界で覚えた者、それよりも少々劇掛かった物となっているが、護衛の騎士にしても顔色を変えることはないので、一先ず問題ない物と、そうオユキは内心で安心する。
突然現れた公爵に対応するためのマナーなど、そんなものは流石にトモエもオユキも知識にないのだから。
「良い話を聞けた。我が領での此度の件、それがあるかと思えば、実に良い在り方を持つ者もいる。
我は、正直、あの少女の言葉と、少年の決断に、救われたと、そう思う気持ちとてあったのだ。
そこで届いた、その方ら異邦の言葉、まさにそれよな。
初めて抱いた我が子が泣いて、それでようやく抱き方が悪いのだと、そんな当たり前のことに気が付いたのだ。
全く、そんなことも忘れる我が身のままならぬことよ。」
そうして、公爵は大きくため息をつく。
「特に殿方は苦手ですものね。先例にと連れてきた子を、無理に抱き上げて起こした挙句、泣かした時の、あの慌てようは、今思い出しても笑えてしまいますもの。」
「言うな。一度寝たらなかなか起きぬ、そう言われておったのだ、それが抱き上げただけであのようになるとは。」
「そのなかなかを越した、そう申し上げるしかありませんわね。」
「妻にも散々からかわれた。乳母にもな。」
公爵と司祭はそうしてずいぶんと気安く話す。
外見上の年齢が近いこともあるが、長い付き合いなのだろうと、そんなことをオユキが考えていると、今度は公爵からオユキに声がかかる。
「それと、オユキ。そちらにも恥をかかせた。伴侶のある淑女が、衣服の裾を裂かれる。あってはならぬことで合った。」
「過分なご配慮を頂き、真に有難うございます公爵様。しかしこの身に何があろうとも、今更揺るがぬものがある、そう信じております故。」
「相分かった。さて、その件にも係るが、その方ら、あの時創造神の像の前にいた、その方らを助けに入るのが遅れた、その理由を、我としても話しておきたく、こうして足を運ばせていただいた。」
確かに、事前にルイスからは五秒耐えればと言われていたが、実際には倍で聞かない時間がかかっただろう。
その結果、すでに直ったとはいえ、怪我を負った。
説明をと、そう言われるのであれば、聞いてみたいと、そう耳を傾ける。
「南区、既に結界が失せたかの区画。それでも我はそこには助けるべき、我の領民として救うべきものがいる、そう信じているのだ。
故にこちらに回す人数を可能な限り減らし、南の壁、今後は魔物により崩されるだけになるだろうそれを守るため、町中にも今後発生する魔物、それを狩るために人員を配置した。
結果としてこちらで動くものが足りず、その方らの助けが遅れた。」
トモエとオユキも、その説明には頷くしかない。
既に結界が消えうせた、その言葉は衝撃的ではあるが、確かに町に住むすべての物が、町の結界で苦しむほど、加護の一切を剥奪されるほどの事を行ったものと、そんなわけはないだろう。
かつての神話でもそうであったが、やはり神の裁き、大きな力が齎す結果は少々大雑把とそういう事だろう。
「いいえ、公爵様。お言葉を返す事誠に恐縮ではございますが、私どもの過ごした地では、神は試練を与え、それは人が努力を持って超えることができると、そう語られておりました。
此度の事も、私どもの事としては、こうして大過なく終える事が出来た物。
そうであれば、やはり御身のやさしさを、この領で過ごす身として、喜ばせて頂きたく存じます。」
考えたことは別にあるが、それをそのまま子のまで口に出すものでもあるまいと、オユキは別の事を、公爵に対してオユキの感じた事、それを話す。
「その方らに任せてよかったと、心からそう思う。さて、こうして言葉ばかりで功績をたたえたとて、何か報いなければ、我こそ吝嗇と、そう呼ばれるであろう。しかしながら、我もその方らの望むものは分からぬ。
先ほど、我が家の酒に興味を示していた故、ワインの樽は後程宿に届けさせるが、流石にそれだけではな。」
そうして、公爵が困ったとばかりに、その場にいる物に視線を巡らせる。
リザがお茶を新しく用意し、それを扉の前にいる騎士に先に渡し、彼が頷けば、それを改めて机に並べる。
そんなタイミングでもあったため、リザがトモエとオユキを眺めてから、口にする。
「横から失礼いたします。」
「よい、何かあるなら申せ。」
「はい。今回ご協力を頂くにあたり、お二人と日々顔を合わせることはありましたが、お二方とも清潔にされてはいましたし、違う物とは分かりましたが、常々同じような服ばかり。」
リザが特にオユキを咎めるように視線を送る。
「その方、連れの淑女に対してそれでは、あまりではないか。」
それに対して、公爵も乗るが、その矛先はトモエに向いた。
「汗顔の至りです。」
「狩猟者とは言え、服の一つや二つ、さして困る物でもなかろう。それこそ町から町への移動が終われば、宿に置けばよい。相分かった、こちらで、いくつか誂えさせよう。」
元々トモエが礼服をねだってみようと、そんなことを言っていたわけでもある。
この提案はまさに渡りに船と呼べるものだった。
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