第172話 早速の洗礼

「はい、今回はオユキさんも流派を名乗ったので、私達の技だけを使いました。

 一つの目標地点として、アレがあるわけです。」

「最後の、あれ、何だ。なんかあっちのねーちゃんが勝手に剣を落としたように見えたけど。」

「あれを教えるのはまだまだ先ですね。魔物相手は、あまり使い出がないですし。」

「いや、今日シエルヴォ相手にやってたやつか。」


シグルドが思い出したように呟くが、半分正解で、半分不正解、そんなところだ。


「いえ、あれはまた違うものですよ。延長ではありますが。

 さて、では皆さん。一つ目標も見えた事ですし、素振りの時間です。」

「ああ、にしても、この構えで決着になるもんなんだな。」


シグルドが慣れ始めた仕草で、不思議そうに構えをとる。


「そういう流れの中であれば、そうはなりますが、長い間多くの人が剣を振り、技を練り、それで行き着いた物ですから、とても合理的な体勢なのですよ、これで。今は窮屈に感じるでしょうが。」


新たに加わった子供たちも加えて全員が横一列に並べ、トモエが一人づつ簡単に構えを直していく。。

そして、今回はトモエが一人づつ構えを振っている間にも直すからと、オユキが正面に立って剣を振ることになった。


「えっと。これ、何回くらいやるんですか。」

「基本的に2百回だけですよ。1時間もあれば終わりますから、軽い運動のようなものです。」

「軽くないけど、軽くなる。お前らも覚悟しとけ。」


オユキがさらりと答えれば、シグルドが少年たちに真剣な表情でそう告げる。

狩りの疲れもあるのだろうが、子供たちの顔色が、一段と悪くなる。

それを無視して数を口にしながら、ゆっくりと素振りをする。

そうしている中で、トモエが一人づつに声をかけていく。


「シグルド君、手首をあまり回さないように。それが原因で今日痛めてますよ。」

「ああ、そうなのか。でもこれまでは何ともなかったけど。」

「相手がやわだっただけです。それと痛みを感じたら、直ぐにやめるように。練習で怪我を長引かせる意味はありませんから。」

「分かった。片手で振ったりは。」

「今は無しですね。それと、アナさんも。足首が痛くなったら休んでください。アナさんは、足さばきですね。

 まっすぐ出して、まっすぐ下げる。それが重要です。後はあまり足を浮かせない事ですね。」

「どうしても早く動こうと思うと。」

「体幹を鍛えて、きちんと片足でも体を支えられるようになれば、出来るようになりますよ。

 今はゆっくりと体に覚えさせていきましょう。後は事前に今オユキさんがやっているように足首を固定しておけば負担が減りますから。」

「怪我、してないのにですか。」

「防具と同じで、補助の意味もあるんですよ。

 パウ君は、今日、力に任せると、武器が痛む、改めて実感したと思いますが。」

「ああ。上手くやったつもりだったが。」

「まだまだ荒いですから。ただつるはしは合っているようですから、そういった方向性の武器をきちんと扱えるようになっていきましょう。」

「力は繊細、だな。」

「ええ、それを合言葉に。」


そうして、トモエは声をかけながらも、簡単にそれぞれの姿勢を直していく。

肩に手を置き、もう片手で腰のあたりを支え、上体を整え、握りの間隔を直したり、振る時に腕を添えて、改めて細かい動きを修正したりと、過去にオユキがよく見た指導風景そのままである。


「セシリアさんは、良くなってきてはいますが、狙いがぶれていますね。」

「はい。なかなか難しくて。」

「長柄の武器ですから。そればかりは。入口は簡単でも、上を望めばどんな武器であれ、果てしないものです。

 今は、こちらですね、左手、支える手が揺れることが多いので、ここをしっかり固定することを意識しましょう。」

「柄の方じゃなくて、ですか。」

「はい、精度を高めるのは、ここが固定されているかが重要です。振っている最中にこちらの手が動けば、穂先がぶれます。」

「分かりました。」

「アドリアーナさんは、今のままで。ただ、剣を持つ時に肩が開きすぎています」

「はい。」

「弓の方に体の意識が近いから、そうなっていると思いますが、敵が近寄った時には剣に頼る場面があります。

 自分の身を守り、また距離を作るためにも、こちらも疎かには出来ません。」

「分かります。アンと同じ、短剣はどうかなって。」

「ええ、それも良いかと。また用意して使ってみましょうか。構えも弓に近くなるので、馴染みやすいかもしれませんしね。」

「そうなんですね。でも、アンみたいに動けるかな。」

「そこは出来るようにしますので、心配しないでくださいね。」

「その、そういわれると、心配になるんですけど、はい、お願いします。」


そうして少年たちの構えを直していけば次は新たに加わった子供たちだ。

構えはどうにかそれらしくなっているが、剣を振るたびに体が振り回されているようなありさまだ。

それを一人づつトモエが、体を押さえ、振る時の体勢を補助し、何度か振らせては、次と繰り返す。

少年たちは、素振りだけであれば、ある程度離れても問題ないため、トモエは素振りの間、ほとんど子供たちの指導に当たっていた。

そして最初に宣言した200を終えれば、少年たちは上がった息をどうにか整え始める。

子供たちは最初の頃の少年たちがそうであったように、手に力が入らないのか、武器を取り落としトモエに叱られる。


「まだ、そんな立ってないのに、俺達案外成長してるんだな。」

「そうね。私達も最初は武器落としたもんね。あんまり実感ないし、きつかったとは覚えてるけど、こうしてみると成長したね。」

「まだまだですよ。少なくともトモエさんに何も言われずやり切れるようになるまで、素振りは卒業ではありませんからね。」


そんな少年たちにオユキが声をかけると、セシリアが味わい深い表情でオユキに質問する。


「その、オユキちゃんはどれくらいかかったの。そうなるまで。」

「私は日々、平均で2時間ほどでしょうか。休みの日は半日ほど支持しましたが、それくらいしか時間を取れなかったので、3年程かかりましたね。」

「それって、早いの。」

「さて、そればかりはトモエさんしか分かりませんよ。」


そんな話をしていると、少し離れた位置でオユキに合わせて素振りをしていたアイリスが近寄ってきて話に混ざる。


「早いと思うわよ。私は毎日徹底的にやって、2年近く掛ったもの。」

「お疲れ様です。アイリスさんも綺麗な太刀筋でしたよ。」

「ありがとう。それにしても、久しぶりに振ってみれば、思いのほかなまっている物ね。」

「職を得てしまえば、専念できる時間も短くなりますから。」


そうして、オユキとアイリスが話していると、アナが不思議そうにアイリスに話しかける。


「えっと、それでなまってるの。」

「ええ。かなり。やっぱり鍛えれば力押し、このあたりの技ではなく武技、それに頼る事が増えるもの。

 武技の威力の伸び悩みは、このあたりが原因かしらね。」

「そればかりは何とも。私はこちらに来てからの日は浅いですから。

 おや、あちらも、どうにか終わったようですね。」


トモエが子供たちに武器の点検の仕方を説明していたが、それも終わり、子供たちが体を引きずるように、どうにか立ち上がりトモエについて、歩いてくる。


「さて、それでは宿に戻りましょうか。皆さん、明日からも基本的にはこの繰り返しですからね。」

「大丈夫だ。2週間もすれば、案外慣れる。」

「そのあたり異邦と比べて、早いので助かりますね。ただ、体よりも先に加護の部分が伸びている気がしますので、体もきちんと鍛えなければいけませんが。」


トモエがそう呟いて少年たちを眺めると、それぞれに一歩後ろに下がる。


「さて、部屋割りはどうしましょうか。あちらの子供たちは、流石に見る人がいるでしょうから。」

「慣れてるから、私が見るよ。」


そう、すぐに応えるアナに宿での面倒は任せることとして、出口に向けて歩きながら、オユキは話す。


「それでも食事くらいは一緒に取りましょうか。ルイスさんとアイリスさんも。

 その席で話すこともあるでしょうから。」

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