第170話 初めての実戦

「はいはい。喜ぶのは後ですよ。まず収集物を拾って、それから武器の確認です。」


シエルヴォとの戦闘中、近づいてくる魔物はルイスとアイリスによって次々と処理されていった。

オユキも隙を見て、そんなことを考えてはいたが、残念ながらそこまでの余裕は作れなかった。

少年たちはオユキがそう声をかけると、手早くそれぞれに魔石と肉、小さな端切れのような毛皮と角の一部らしき欠片を拾って、子供とたちとトモエのいる場所まで下がっていく。


「お二人とも、お手を煩わせました。」

「なに、護衛らしい仕事をしただけだ。それに、こっちの稼ぎにもなる。」

「無茶苦茶ね。完全に子ども扱いじゃない。」


ルイスが気安く声をかけて来るのに対して、アイリスは、不思議な物を見るような眼でオユキを見る。


「たまには、強い敵と戦わなければ、緊張感を維持できませんからね。」


そう話しながらもオユキは近寄ってくるグレイハウンドを切り捨てる。

角の捌きを、丁寧に、集中して行ったため、武器はそこまで痛んではいないが、刃毀れが少々できてしまった。


「多少はできると思ってたけど、とんだ見た目詐欺ね。

 あなたよりあっちの赤毛の子の方が強いのでしょう。」

「ええ。」

「ま。それこそ技だけでとなったら、俺より強いぞこの二人。」

「そうでしょうね。」


そうして話す二人からは、全力なら負けないが、その言葉が続く自身が滲んでいる。

周囲からグレイハウンドが一掃され、パッと見える範囲には灰兎だけになった草原、側にいる二人の護衛と、辺りに散っている護衛が優先して、それ以外を狩ってくれたおかげだろう。

トモエがそれを確認してか、最低限武器を持てるようになった子供たちを連れて、前に出て来る。


「では、実践の時間です。一人で灰兎と戦ってみましょう。

 いいですか、突っ込んでくる灰兎に対して、教えた通りに剣を振る、それだけを意識しなさい。」

「分かりました。」


傍目に見ても分かるほどに緊張で手足を震わせる子供たち、その中から一人がトモエの少し前に進み出る。


「では、私はあの子たちのところに下がりますね。」

「ええ。いい経験になったようです。それとアナさんが手首を、シグルド君が足首を少し痛めているようですから。」

「おや、そうですか。私の方で簡単に処置しておきますね。」

「お願いします。感想戦は、町に戻ってからにしましょうか。」


そうして、オユキがアナとシグルドの手当てを簡単に行う。

少年たちにしても、薬は持ち歩いていないが、応急処置は手慣れたものであるらしい。

自分で怪我に気が付かないのは問題だが、かなり格上と戦って、危険は少ないとはいえ、この程度であればまぁ及第点だろう。


「良いですか。来ますよ。」

「はい。」


子供の一人、こちらはその女の子がリーダー格なのか、剣を手に真っ先に前に出たその少女が、ただトモエに言われたとおりに、飛び込んでくる灰兎に対して、遅れがちに剣を振る。

姿勢はかろうじて整っているが、変に力が入り、剣筋もぶれている。

それでも、灰兎を捕らえることに成功し、突っ込んできた灰兎をはじき返すことに成功する。

地面に叩きつけられた灰兎は、いまだ健在で、体勢を立て直している。


「気を抜かない。まだ生きていますよ。構えなおして、もう一度です。」

「はい。」


一度うまくいったからか、次は少し余計な力が抜け、初撃よりも少し上手く灰兎を捉える。

ただ、それでも魔物を倒すには至らず、また地面に叩きつけることになる。

しかしダメージは大きいようで、直ぐに体勢立て直すそぶりもない。


「今です。そのまま突きなさい。」

「はい。」


言われたことに返事をし、ただ習った通りになのだろう、腰が引けていたりはするが、動きとしてはつながった、そんな突きを地面にいる灰兎に向けて放ち、上手くあたり、灰兎が消える。

後にはこちらも、小さな毛皮と肉、魔石を残して。

それを目にした女の子が剣を放り出して喝采を上げ、それを後ろで見ていた子供たちも、固唾を飲んで見守っていたが、少女の喜びに合わせて歓声を上げる。


「武器を放り投げる等何事ですか。すぐに拾いなさい。」


そこにトモエの鋭い声が響くと、女の子はトモエに謝って、武器を拾い、収集品を大事そうに拾って、少し後ろに控える子供たちの輪に戻る。


「武器の手入れを、オユキさんに見てもらってくださいね。では、次。行きますよ。」


どうやら、少年たちの手当てが終わっているのは気が付いているらしい、トモエに指名され、オユキが女の子を少年たちの方へと手招きして呼ぶ。

少年たちにしても、後輩の動きにかなりハラハラしたのか、魔物を倒せたと分かった時には、大きくため息をついていた。


「はい。こっちですよ。魔物を切りつけると、こうして剣に血と脂が残りますからね、まずそれを拭きましょう。」


そういって、オユキが声をかけながら、こうですよと手伝っていると、緊張のせいだろう、少しの動きでかなり乱れていた呼吸も整い、汗も引き始めている。

基礎体力は、それなりにあるようだが、後はやはり数をこなすことだろう。

それを思えば、オユキが何度か話したとはいえ、ゲームでの体験もなく、初めて魔物と相対して、慣れない体だというのに魔物と相対して平静を保ったままだったトモエの胆力が伺える。


そうしている間に、二人目の女の子も、はらはらとさせる物はあったが、どうにか灰兎を討伐して、少年たちの輪に加わってくる。

こちらの少女は、感情豊かであるらしく、先に魔物を倒した女の子に抱き着き、涙を流しながら、無事の討伐を喜んでいる。

そんな少女に、そのまま喜ばせてあげたいと、そう思うものの、周りに魔物がいる状況で、それは許されることではないと、オユキが軽く肩を叩いて意識を引いて、武器の手入れを行うように言いつける。


「あ。その。ごめんなさい。そうですよね。まだ魔物がいる場所なんですよね。」

「ええ。そうです。」


この子たちもなかなか聞き分けが良いようだ。少女も乱暴に顔を拭って、直ぐに武器の手入れを始める。


「この子たちが一回りしたら、町に戻りましょうか。」

「俺たちも、もう少し魔物相手をしたいけど。」

「軽いとはいえ、痛めていますからね。それは認められません。」

「えっと、動いても、固定してるから気にならないよ。」

「そうして軽んじて、無理に動いたら悪化して、明日には治るものが2,3日治らない、そんなことになりますよ。それに、万一あなた達だけでシエルヴォにその状態で襲われたら、どうするつもりですか。」

「いや、あんちゃんとオユキがいなきゃ、俺も帰るって言うけど。」


どうやらトモエとオユキを信頼しての事らしいが、それでも彼らだけと、その判断の上で動くことも重要なのだ。


「えっと、セリーたちは良いの。怪我してないけど。」

「いいよ。皆で無事に、怪我しないように、それが約束でしょ。」

「ああ。今回は違う、次は俺たちかもしれない。」

「そっか。ありがとう。じゃ、戻ろう。」


少年たちがそうして話す中、子供たちが順番に灰兎を倒していき、順調とは言えない物の、どうにか全員が1匹づつ倒せたところで、町に戻ることとする。

少年たちから、荷運びが主な仕事、そう聞かされていたのだろう。

子供たちは、傭兵が倒したものも含めて、せっせと馬車へと運び、それをそれぞれに仕分けて載せていく。

ルイスとアイリスが狩った魔物、それは傭兵ギルドから預かった樽に魔石や肉、皮や他の素材と、それぞれに皮袋に詰めてから樽に仕舞い。

それ以外は、今は面倒だからと頭割りにしている、皮袋にそれぞれ入るだけ同じ種類の物を詰めては、馬車に積んでいく。

そうして、子供たちが拾い集める間も、その護衛としてオユキとトモエ、怪我のない少年たちの3人で近寄ってくる魔物をほどほどに勝ったため、収集品はそれなりの量になった。


「確かに、人手があるとこのあたり楽だよなぁ。」

「ほんと。すぐに荷物邪魔になるもんね。」

「俺達だけだと、集める場所決めて、そこを中心に動くのかな。」

「うーん。ここみたいに動き回らなくても魔物が来るなら、それでいいかもだけど。」

「ああ、始まりの町だと、こっちから魔物のところに行くもんな。」


そうして、怪我人として馬車の中で子供たちが仕分けた荷物を、積み上げながら話すシグルドとアナに、ルイスが声をかける。


「そのあたりは、それこそいろいろ試して、具合が良いのを探すしかないぞ。

 それこそ、俺らがよくやるように、魔石だけ拾って、後はその場に埋めるとか、そういう方法もあるしな。」

「そうだよな、運びきれないときは、そうしなきゃいけないんだよな。」

「ま、色々やってみるしかないさ。それこそ自前の馬車を用意するって手もあるわけだからな。」

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