第144話 夢にて告げる

トモエとオユキ、二人で並んで横になりながら、徐々に重くなる瞼に、相変わらず、この体は体力がないなと、オユキが思っていたのも束の間。

気が付けば、いつか見た白い空間へと、立っていた。

さて、今まで見た世界が夢であると、そのような話をしたから夢から覚めたのか。

寂しさは覚えるが、まぁ、都合の良い夢ではあるのだ、そう思っていると、ふと声がかかる。


「どうかそのような悲壮な覚悟はしてくれるな、我らが恩人よ。」


見れば、全身に鎧を着こんだ、大きな、今のオユキの優に倍はあろうかという人物が立っている。

戦と武技の神、その人だとあまりに教会の立像通りの姿にそう思が、さて一体何の用だろうかとオユキは戸惑う。

ふと隣を見れば、トモエもこの場に呼ばれているようで、さて、二人そろっての大言壮語を早速咎めに来たかと、ひとまず神前と、礼を取って頭を下げる。


「よい、どうかそのように畏まってくれるな。」


男の声に、そのままの姿勢を崩さずにいれば、再び同じ言葉をかけられ、顔だけを上げる。

正面では、武技の神もいつでも剣を抜ける、そのような座り方で、それが身に沁みついているというだけではあろうが、向き合うように座っている。


「まずは、その方らに感謝を。」


言われて、トモエが首を傾げ言葉を返す。


「いえ、思い当たるところはありませんが、お言葉有難うございます。

 我らの方こそ、まだ足らぬ身の上で、御身を煩わせる言葉を放ちました故、叱責を頂く事は覚悟の上でしたが。」

「礼はまさにそれなのだ。」


そう言うと、武技の神は愁いを湛えて語りだす。


「何故魔物が存在するのか、何故そのようになっているのか。

 それはこの世界の成り立ちが、その方ら、異邦の想念に根ざしているからだ。

 ただ、やはりすべてそのままとはいかん。創造主と言えど、そこには制限もある。

 この世界含めて、我等は生まれて間もない。」


そういうと、話が逸れた、そう告げて、恐らく本題だろう、それを切り出す。


「そなたらの願いは確かに我に届いた、そしてその願いのなんと喜ばしい事よ。」

「その、身の程を弁えぬ、愚かな願いではありますが。」

「良い、鍛錬とはすなわち己に課す枷、それも事実である。

 故に、その願いは正しく、何ら恥じるものではない。」

「恐縮です。」

「しかしだ、どれほどその願いが正しく、我の心にかなうものであろうとも、ただそれを叶えることはできぬ。

 それも、我らに課せられた枷である。

 どうか、我の力不足を許してほしい。」


そういって、頭を下げる神に、二人で慌てて、そのようなことはないと、そう応える。


「いえ、神とはそういう物なのでしょう。

 ただ悪戯に人の願いをかなえるのも、それこそ人の歩みを妨げる物でしょうから。」

「私達もまだ道半ば、功績だけを見てと、そうはならないでしょう。

 それに、こうして武を修める身でありながら、御身を特別讃えていない、不信神者と、その自覚はありますから。」

「なに、それこそ気になどせぬよ。武を信奉し、技を修めんとするものは須らく我が信徒である。

 すまぬ、また話が逸れたな。

 しかし、その方らの願いは正しいのだ、あまりにも。

 故に、その方らに一つ仕事を頼むこととした。」


神の言葉に、二人も頭を下げる。


「卑小の身ではありますが、全霊を持って。」

「なに、そう畏まるほどの物では無い。簡単なお使いである。

 今、その方らがいる場所に、水と癒しの神を祀る教会があってな。

 そこに伝言を頼みたい。今、あ奴は身動きが取れず、声を人には届けられぬ。

 故に我が頼まれ、こうして良い機会と、我らに近い異邦のそなたら、中でも好ましいその方らへと、こうして呼び立てた。」

「かしこまりました。お言葉確かに伝えさせていただきます。して、内容は。」

「ああ、その方らが起きれば、枕元に置いてある。」


このようなものだ、そう武技の神が、透明な手のひらサイズのガラス細工らしき、立方体を取り出す。


「これと同じものにあ奴の言葉が入っておる。教会の者であれば、間違いなく開けられよう。」

「その、見るからに壊れ物と、そのようですが。」

「そこは神の業、その方らではどうすることもできぬよ。

 まぁ、それを確かに届けてくれ。それが行われれば、我が立像の前に来るがよい。

 其の方らの能力、魔物を狩ることで得た功績、我に通ずる技、それを封ずるための装飾を贈ろう。」

「その広き御心に感謝を。」

「うむ。叶うのであれば、こちらでもその方らの磨き上げ、鍛え上げたその心と技を、伝えてほしい。

 どうにも、功績があるせいか、武を奉じる物は多いが、技をもとめるものが少なくてな。」


そう、武技の神が苦笑いをする。


「その、こちらでも、技を伝えている家があるようですが。」

「始まりはその方らによるものだ。初めの異邦人は、世界の始まりと共に訪れた故な。」

「つまり、千年前から、異邦人、我々の仲間はこちらに来ていたのですか。」

「うむ。創造神の肝いりでな。使徒、その方らの世界でこの世界の元となった、遊戯それを生み出したものの半数と、100程か。それから毎年、折を見て100程ずつ。そして、今年が最後でもある。

 まぁ、それもあって水、流れにまつわるあ奴は身動きがとれぬ。

 そういった事情も記録されおる故、間違いなく届けてくれ。」

「その、そうであれば、水と癒しの神を祀る神殿が良いのでは。」

「そちらであれば、多少は声も届く。しかし人に届けても、このあたりでは間に合わぬからな。」


そう言うと、武技の神が立ち上がる。

話は終わりと、そういう事なのだろう。

ただ、そうであるなら、トモエも、オユキも、望むことはある。

二人とも、気が付けば生前実に馴染んだ得物が手の中にある。

その姿に、武技の神は実に楽しそうに笑い声をあげる。


「よい。実に我が信徒らしき在り様よ。良かろう、纏めて来るがよい。

 其の方らをここに留め置ける時間は長くはない。」


そうして振りぬかれた、そこらの人の身の丈をはるかに超える、長大な剣は、トモエとオユキの体を、それだけでわずかに浮かせる風を巻き起こす。


「敵わぬとはわかっていますが、さて、我が半生、御身の御眼鏡にかなえばよいのですが。」

「なに、存分に確かめようとも。来い。」


言われた言葉に、オユキとトモエがそれぞれに拍をずらして飛び込み、抜き打ちから始める。

こちらで得た身体能力は、実に手に馴染む得物を得て、生前の業をさらに質の良いものとする。

それこそ、少年達であれば、気が付いた時には二つになっているだろう、そのような斬撃をトモエが放ち、それを防いだ武技の神、その横合いからオユキが放てば、指で挟んで止められる。


「実に見事。とっさの連携、磨きぬいたと分かる型、実に見事。

 さて、返礼だ、受けて見せよ。」


そう呟かれれば、トモエは刀ごと体を大きく弾かれ、オユキもつまんで刀をオユキの体ごと振り回そうと、嵐のような力がそこに発生する。

二人で早々に刀から手を放し、トモエは武器を持つ手を。

オユキは回り込み、膝裏と足首を狙う。

しかし、そのどちらもまさに大木に打ち込んだかのように、揺らすこともできずに受けられる。

そして、当身を入れ、動きの止まったところを武技の神が体ごと回すように剣を振り、狙う。

それぞれに上体を倒して、それを回避し、跳ねるように距離を取って立ち上がる。


「さて、その方らと同じ身体能力、己は戦と武技の神、そのようなことはせぬ。

 存分にこの世界でそう崇められ、頂きと、そう呼ばれるもの、それを思い知るがよい。」

「勿論ですとも。持てる力の全てを使うことに、何を恥じることがありましょうや。」


そこから数合、剣と刀を交わせば、しかし時間切れと、そうなってしまう。


「ぬ。ここからというのに。

 やむを得ぬ。我が神殿に、訪れるがよい。さすれば今よりも長い時間、楽しめよう。」

「ええ、その折には、子供の相手、それ以上の緊張は与えますとも。」

「実に良い。その方らの心は実に、我に沿う。心待ちにしておるぞ、異邦の者よ。」


そうして、世界が、白一色の世界が白い輝きに塗りつぶされていけば、二人も目を覚ます。

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