第136話 トロフィーの追加

「これ、どうすっかな。」


トモエも一緒に戻ってくると、すでに見えていたグレイハウンドの首を、シグルドが地面に置く。

そして、その横に、きれいな一枚物の毛皮を並べる。

彼もトロフィーを得られたらしい。

ただ、既にトモエに頭を叩かれた後だからか、そう嬉しそうに言いながらも、武器の手入れを始めている。


「詳しい方に聞きましょうか。」

「おう、呼んでくる。」


オユキがそう言えば、側にいた傭兵が、それを買って出てくれる。

近くにいた傭兵が、代わる代わる様子を見に来ては、シグルドの肩を軽くたたきながら、祝福の言葉をかける。


「やったじゃねーか、坊主。」

「まぐれっぽかったけど、大したもんだ。」

「アレを毎回できるようになるまで、きっちり体に叩き込めよ。おめでとさん。」


ただ、そこは傭兵達も手練れであるため、一言きっちり付け加えてはいたが。


「分かってるよ。くそ、曲がったな。」

「素振りの時、何故毎回きっちり止めるように言っているか、よくわかるでしょう。」

「なにも、こんな形じゃなくても。」

「替えは、まだありますか。」

「次が、最後なんだよな。」


そういって、シグルドは鞘に剣を納めようとするが、曲がった剣ではそれもままならない。

頭を掻いて、困ったと再度シグルドが呟いたところに、ホセが数人の傭兵に守られてやってくる。

それこそ人が歩く程度の速さではあったが、進んでいた馬車も今は止まっているようだ。


「これはこれは。おめでとうございます。」

「ああ、ありがと。で、これなんだけど。どうすりゃいいんだ。」


ホセがお祝いの言葉を告げると、シグルドはそれに軽く答えて、困り顔のまま話を続ける。


「正直、これで武器が手に入ればいいんだけど。ここまでの稼ぎじゃ、足りないんだろうから。」

「そうですね。新調するには十分すぎる金額にはなるでしょう。

 まずは、これを狩猟者ギルドに持ち込んで、そこで換金するのがいいかと。」

「そっか。これで武器は買えるのか。で、これって武器作るのには使えるのか。」

「使えますよ。質は鉄よりも良くなりますが。量は、どうでしょう。」


ホセがそういって、側の傭兵、ルイスを見れば首を縦に振る。


「4振りくらいは作れるはずだぞ。」

「成程。」

「毛皮で、防具の補強もいいが、このあたりだとかなり暑いからな。

 それに、そこまで丈夫でもない。」

「じゃ、毛皮は売るとして、武器か、どうするかな。」

「なに、今決める事でもないさ。トモエたち一緒に工房に言って、どんな仕上がりになるか聞いてから決めりゃいい。」

「でも、それだと、金、足りるかな。」

「毛皮の状態が非常にいいですからね。かなりの金額になりますよ。

 それだけで、武器の10や20は買えるほどに。」


その言葉に、少年たちが息を呑む。


「トロフィーでもなければ、このように一枚の大きな毛皮は、それこそ家畜の物だけですから。

 どうしますか。こちらで、積み込んでしまいましょうか。」

「ああ、頼む。」


そこで、ひとまず処理が終わり、ただ生首をそのまま馬車に乗せるのかと、トモエとオユキとしては複雑な気分にはなったが、血などが垂れているわけではないからと、ひとまず飲み込むこととした。


「よかったですね。武器の替えも手に入りそうです。」

「ほんと、助かった。こんな高いのに、消耗品てのがなぁ。」

「そればっかりはなぁ。俺らでも頭抱えるからな。

 魔物相手にするなら、一生ついて回るぞ。」


ルイスがそうシグルドに声をかければ、少年たちからため息が漏れる。

始まりの町では、手に入りにくいのだ。町で作っているわけでもないため、お高いというおまけ付きで。


「では、気を取り直して、次は誰が行きましょうか。」


トモエがそういって、手を叩けば、今度はアナが向かう。


「さて、ルイスさん、こちらはお任せしても。」

「おう。お守りは任せとけ。」


少し離れた位置から走ってくる鹿を目にして、オユキがイマノルにそう声をかける。

グレイハウンドは少年たちに回すとしても、流石に鹿はまだ早いと思えてしまう。

こちらは、いよいよ一度のミスで大けがをしてしまいそうでもある。


「さて、皆さんはよく見ておいてくださいね。今模索している物では無い、流派の物、その技の一つをお見せしますから。」


オユキはそう声をかけると、相も変わらず一心不乱に突っ込んでくる鹿に対峙する。

鋭い角を突きだして走ってくるその姿は、槍衾がそのまま突っ込んできていると、そう言っても良いほどである。

オユキは長さを調整したグレイブではなく、持っていた両手剣を鞘から抜く。

グレイブはこの旅路の半ばで、既に予備も含めて、駄目にしてしまっていた。

技を試すために、無理な使い方を繰り返したことがその原因であるため、こればかりは反省するしかない。

そんな事を思いながら、角の外側に剣を当て、逸らしながら、鹿の脇を抜ける。

槍を相手にするときは、前後、斜めに動く。

間合いの違いがある、左右にかわすだけでは、こちらの攻撃が届く距離に至ることはない。

左右に動く、その反動を殺すために、動きが止まり、そこを狙われる。

だからこそ、躱すのなら、相手の間合いから外れるしかない。

すれ違いざまに、前足を一本、剣で切り取る。

突進の勢いのまま、バランスを崩し前に倒れようとするところを、片足だというのに、上手く支え、オユキの方を振り向こうとする。

その動きに意外を覚えながら、トモエのように角を、そんな欲が脳裏をよぎるが、振り返ろうと無くなった足の方に体を捻ろうと動き、それを邪魔するように後ろ脚に蹴りを。

よろけ、首が下がった鹿の、その首を切り落とす。

首には複雑に骨が入っているだろうに、熊の時と同様に、刃は抵抗なく進み、半ばまでしか切れないだろうというのに、きれいにその首が落ちる。

技を磨くには、正直不便だなと、落ちた首を見て、そんなことを考えれば、落とした首をそのままに、鹿の胴体が消える。

トロフィーと、そう呼ぶに相応しい物がそこには残ったままになった。


「まだまだですね。私も。」


首を落とすのに、何処か技を頼る心があったから、ゲームの時から馴染んだ技が出たのか。

それとも意識して抑えねばならぬほどに馴染んでいるのか。

そのどちらとも判断はつかないが、それに頼らず、角を切り落とすトモエに、技では及ぶべくもないなと、そんなことをやはり考えてしまう。

そして、熊よりも小さいとはいえ、角まで含めればオユキの身長程はあるそれを、さてどうしたものかと、見てしまう。

そのまま周囲に気を配りながら、武器の状態だけ確認していると、ルイスが少年たちを連れて近寄ってくる。


「相変わらず、見た目に似合わない腕前だよなぁ。」

「ありがとうございます。その、申し訳ありませんが。」

「ああ、任せとけ。」


ルイスがそういって、オユキの代わりに、鹿の首を軽々と持ち上げる。

それも、その鋭い刃のようになっている角を、素手で掴んで。

相変わらず、こちらの人たちは底知れないと、その姿を見て思っていると、シグルドがオユキに早速とばかりに質問する。


「なぁ、あの角をすり抜けたみたいなのは。」

「あれが歩法ですよ。今後皆さんに教えていくものです。」

「立ち方しか習ってないけど。」

「そもそも、その立ち方ができないと、やろうとしてもこけるだけですよ。」

「そんなもんか。それにしても、まだまだ、遠いなぁ。」


そういって、ルイスがホセに掲げるようにして見せる鹿の首を眺めながら、シグルドがそう呟く。


「おや、追いつかせる気はありませんよ。私達も成長しますから。」

「そうなんだよなぁ。」


シグルドがそう呟いて、視線をそのまま上に向ける。


「いやさ、物語とかだと、師の背を超えるとか、アンが呼んでる本に書いてあったりするけど。

 現実だと、まぁ、無理だよなぁ。」


その言葉に、夢を壊してしまったかと、オユキは少し言葉を探すが、ふさわしい言葉など、そもそも今の理不尽というしかない状況以外に存在しない。


「その、私達は異邦人ですから。」

「分かっちゃいるけど。」


かといって、手心を加えて、足を止めてそれで追い越させる気もオユキにはないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る