第137話 オユキがやれば
「領都の側でよかったです。本当に。」
ルイスによって運ばれた、鹿の頭を見てホセがそうぼやく。
人が荷馬車に乗っていれば、当然入り切らないほどの、魔物の収集物が積み上げられていく。
オユキ達が魔物と戦っているという事は、当然その周囲でも同様の事が起きている。
傭兵達も、次から次へと魔物を討伐しては、その収集物を荷馬車に放り込んでいるのだ。
「にしても、いつもより多いな。やっぱりトロフィーか。」
「恐らく。普段なら寄ってこない距離でも突っ込んできてますから。」
「話に聞いちゃいたが、不思議なもんだな。」
そのルイスの言葉に、オユキはそういえばそのようなことを言っていたなと、今更に思い出す。
領都の門、そこに並ぶ馬車も、どうにかぼやけながらも見える距離、そんな場所にしてはずいぶんと魔物が多いと思っていたが、それが理由であったらしい。
此処前の道のりは、休憩時はまだしも、移動中は外の様子もあまり見ていなかったので、実感することが無かったが。
「それにしても、こうもトロフィーを一度に取り扱うことになるとは。」
「それほど珍しいのですか。傭兵の方々であれば、似たようなことは問題なく行えると思いますが。」
「魔物が格下だと、流石に神々は功績と認めちゃくれないからな。
同格かそれ以上、そう言われちゃいるな。
んで、俺らは安全を売るのが仕事だからな。」
そう言われれば、オユキも納得する。
そもそも対応が困難、危険がある、そんなところに依頼人を連れて行くわけがないのだ。
「鍛錬として、そのようなことは。」
「かなり遠出になるからな、今だと。ま、昔はそこそこ機会があったが。」
「ああ、そうなると、大型種ですか。」
「手に入ったところで、運ぶのがなぁ。いや、たまにあるが、そういう時は王都にそのまま持っていくな。
数年に一回あるかないか、そんな程度だがな。」
ルイスはそういうと、少々疲れたような様子を見せる。
大型種、それこそ数十m規模の魔物のトロフィーとなるだろう。
それを町からもはるか離れた場所からわざわざ運ぶというのは、かなりな事なのだろう。
「神々からの下賜だから、そこらに放っておくわけにもいかないからな。
まぁ、総合で考えれば、有難いんだが。どうしても、な。」
こちらの人にとっては、捨てるなどとんでもないのだろう。
その場で遠征を切り上げ、強制的に戻らなければならないとなれば、まぁ、どこか苦い気持ちも浮かぶのだろう。
「それらのものだと、魔物は寄ってこないのですか。」
「ああ、あんまり強い魔物のものだと、むしろそれより弱いのが寄ってこなくなる。
だから、帰り道はむしろ安全になる。」
「ままなりませんね。」
「ほんとにな。」
そうして話しながら、少年たちの元にもどると、トモエがオユキに改めて祝いの言葉を贈る。
「オユキさん、お見事でした。」
「いえ、まだまだです。やはり角は落とせそうにありませんでしたから。」
一瞬脳裏に浮かんだ考えを、欲と切り捨てる程度に、オユキはそれが無理だと感じた。
「オユキさんも、改めて免状を目指しますか。」
トモエにそう笑いかけられると、オユキは返答に困る。
仮にそれが叶うとしても、受け取りたい相手は、既にいないのだから。
認められた、その事実は変わりはないのだろうが、オユキとしては、やはりそこには違いがあるのだから。
そんな思いを苦笑いで返せば、トモエもただ微笑みで応える。
技術として、より高みに、それは続けるつもりがあると、そういった事も、お互いで伝わってはいるのだから。
「というか、オユキで貰えないって。」
「弟子を取ってもいいという、正式な許可ですから。全ての技を修めないと授けられませんよ。」
「ああ、兜割ってやつか。」
「それだけではありません。そうですね。」
トモエが、そう呟くとあたりを見回す。
少し遠い位置には、草原の中にあっては非常に目立つ、黄色と黒の縞模様を持つ生き物が傭兵に仕留められているところであった。
「次に、見かけたら、私に回して頂いても。」
「まぁ、やれるのかって、聞くのは野暮なんだろうな。
町に近づけば、流石に出てこない。一匹釣ってくるから、少し待ってろ。」
トモエの視線の先に気が付いていたのだろう、ルイスはそういうと、先ほどまで虎を相手どっていた傭兵の側に移動し、何事かを話すと、二人でさらに遠くへ移動していく。
「さて、パウ君。」
任せておけば、確実に虎が来ると、そう言わんばかりにトモエはパウに話しかける。
突然名前を呼ばれたパウは、何事かと、トモエへと視線を向ける。
「今のところ、やはり剛剣の類は教えられません。
ですが、力に自信を持っているあなたとしては、今のままの鍛錬では、不満もあるでしょう。」
「あったが、オユキを見たからな。」
「そうですね。オユキさんが見せたのは、まぁ、割と近い目標です。」
そう言われたオユキとしては、苦笑いをするしかない。
「兜割。これは力もいるのですが、それ以上に技が大きいですから。」
そこで言葉を切ると、遠目に見える黄色と黒の縞へと目を向ける。
「少し、お見せしましょう。力を使う、それは何も武器を持ったときだけではないのですから。」
「待たせたか。」
虎に追われているというのに、息一つ乱すことなく、こうして会話ができるほどの距離を開けるルイスの身体能力に、改めて少年たちが驚く。
トモエにしても、どこか呆れたような、こちらの世界ではいったいどこまで人が強くなるのかと、そう思って軽い呆れを覚えてしまうが、ルイスに礼を言うと、虎の方へと歩を進める。
「パウ君以外も、望めば教えますからね。」
トモエはそう声をかけると、虎に集中する。
向こうにいたそれよりも、さらに二回りは大きいだろうか。
立ち上がれば、オユキが仕留めた熊と並ぶほどの巨体であろう。
獰猛な唸り声と、あけられた口から覗く鋭い牙、それらを目にしたうえで、ただ構えて正面に立つ。
これまでのように、技を重視して立ち回るのであれば、その腕を払い回り込み、前には無かった速度をもって、その首を落とす所ではあるが。
幸い、トモエに狙いを定めた虎は、走ってきた勢いを乗せて、飛び掛かるでもなく、爪を振るうでもなく。
その牙を使うことを選んだ。
パウに見せる技、それを使うには、実にうってつけの状況に、トモエはその虎の顎を下から全力で蹴り上げる。
軽く前に進めた軸足に、全ての力を乗せて地面をけりつける。
そこで得た反動、足を上へと引く力、足先の速度がもたらす力。それらを余すことなく叩き込まれた虎の上体が起き上がる。
足先からは、確かに顎を砕いたその感触を得ると、けり足を再び地面に叩きつけながら、体を腰から捻り、背中に伝えさらに背中を捩じり、肩に引っかかる腕を感じながら、それを打ち出し、剣を振る。
トモエとしては、致命傷を間違いなく与える一撃、胴体の半ばまでは裂くだろう一振りではあったが、結果として、トモエが剣を納めた後には、少し遅れて、二つに分かれた体を地面に転がすこととなった。
「ここまでは求めていませんでしたが。」
思わず、そんなことをトモエはつぶやいてしまうが、さて、いつものように魔物がそのまま消えるかと思えば、二つに分けた体が、そのまま転がっている。
これは、また難儀なことになったと、そうであれば、首を狙えばよかったかと、そんなことを考えてしまうが、それは少年たちの歓声の手前、しまい込む。
オユキはトモエの側によると、そんなトモエに声をかける。
「お見事です。私では、ここまではできませんから。」
「こちらで得た力の分、少し制御が甘くなっていますね。」
「私達も、相応に魔物を狩っていますから。」
「私もこちらで、得られるものを余すことなく使う、そんな道を探してみましょうか。」
そういうと、二人で目を合わせてほほ笑み合う。
しかしそれも、僅かな時間。見ておくようにといった以上、先に声をかけなければいけない相手はいるのだ。
「当身、ようは打撃技です。魔物相手に私たちがたまに用いていますが、今後間合いについて教えた後、望めばこれらも教えますので。」
「これだけでもいいが。」
どうやら、パウはお気に召したようだ。
これまで、仲間意識として技を学んでいた彼にも、はっきりと目標ができたようで何よりではある。
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