第117話 久しぶりの狩猟
賑やかで楽しい時間も終わり、寝て起きれば、また新しい日が始まる。
異邦人の馴染んだ食べ方は、一部には好評で、山ワサビが見直されることとなったり、宿の食事が改めて美味しいものだと、そんな話をしたりと、楽しい時間を過ごし、オユキがうつらうつらと舟をこぎ始めたところで解散となった。
ただ、解散したのはあくまで一部で、その後も残って酒と食事を楽しむ面々はいたのだが。
「おはようございます。」
「はい、おはよございます。」
互いに、互いが起きるのをいつものように待って、どちらも起きたと、そうなれば体を起こして挨拶をする。
「若い体というのは、いいですね。疲れが残りません。」
「それにしても回復が早すぎるとは思いますが。」
そんなことを話しながら、すっかり旅の疲れが抜けた体を、ゆっくり伸ばしながら今日の予定を話し合う。
少年たちと魔物狩りに勤しむだけかと思えば、トモエが違う用件を口にする。
「ああ、あの時の。」
「はい。そろそろ仕込みが終わって、お店に並んでいるのではと。」
「そうですね、確か1週もあればと仰っていましたから、余裕もありますし、良い時期かと。
日持ちは大丈夫そうでしょうか。どうにもそのあたりは不確かで。」
そういって、オユキが少々削れた生ハムの原木に視線を送る。
あの後、結局魚介が主役だたこともあり、味見程度に口にして、ほとんどが残っている。
オユキも口にしたが、塩気がかなりきつく感じられ、一口以上は難しいと思えるものであった。
「そのあたりも、伺ってみましょう。ついでに、果実の類も探してみたいのですが。」
「私自身、甘味に頓着はしていなかったはずなのですが。」
オユキは、そういうと既に残りが半分ほどになった杏子のシロップ漬けを見る。
昨夜、そういった物から離れて、ルーリエラと共に、ついつい食べ過ぎてしまった。
彼女が種ごと丸かじりするのを見て、やはり人とは違うのだな、そんな感想を抱きつつ、オユキは切り分けてから口にせっせと運んでいた。
以前の知識が正しければ、種は人体でシアン化化合物になる、それくらいは覚えていたのだが、種を避けるオユキを見て、ルーリエラが頷き、人であればそうしたほうが良いでしょう、そうさらりと告げられ毒性があるのは間違いないのだと、空恐ろしい気持ちになったりもしたが。
「それを言えば、私だって、ここまで肉類に執着を覚えたりしませんでしたよ。」
「今更になって、変化を楽しめるのは、まぁ、良いことですよね。」
そういって二人笑いあって、狩猟者ギルドへと向かう。
宿を出るときに、改めてフローラにお礼を言い、改めてフローラからも珍しい食材のお礼を言われ、フラウからも元気一杯にお礼を言われ、ついでにと、宿の宿泊の延長を求めて、なんだかんだと時間を使ってからギルドへとたどり着くと、そこでは既に少年たちが二人を待っていた。
彼らだけで、魔物を狩りに行こうとしたのだろうが、どうやらギルド側で、それを止めていたようだ。
「おはようございます。待たせてしまいましたか。」
「いや、それほどじゃない。にしても、あんたらを待つように言われたが。」
「ええ、まぁ。面倒を見ると、そう伝えたこともありますから。」
そう、昨日の話の内容には触れずにオユキが言えば、シグルドもそれに頷く。
「そうだな。教えてもらうといったのはこっちだし。今度から、そっちの泊ってるところに行ったほうが良いか。」
「待ち合わせであれば、ここか門で良いのではないでしょうか。」
「分かった。それで、今日はどうするんだ。」
シグルドがそういってトモエを見れば、トモエはそれに軽く頷いて、予定を簡単に話す。
「勿論鍛錬です。」
トモエの答えはにべもない。
そして、彼らが手に持っている武器を軽く見まわすと、そのまま続ける。
「武器は、同じですね。」
「ああ。慣れたのに変えようかって話もしたけど、使えるうちは使おうってことになって。」
「そうですね、それが良いでしょう。せっかくですから、改めて自分たちの成長を確認しましょうか。」
トモエの中では何をするかが決まったようで、ギルドの職員、昨夜で改めて名前を交換した相手と、目で簡単に挨拶をすると、少年たちを連れて町の外へと向かう。
いつ来ても、門の傍らに立っているアーサーに、彼に休日はあるのだろうか、そんなことを考えながら、門の外に出るための手続きを行おうとすれば、彼が何かに気が付いたように、少年たちを見る。
「お。少しマシになったな。やっぱり旅はいいよな。」
「分かりますか。」
「まぁ、それくらいはな。」
「そんな、パッと見てわかるもんなのか。」
「おう、わかるから門番やってんだぜ。」
そういって、アーサーがわずかに攻撃的な気配をにじませると、シグルドたちが何処か落ち着かないような様子を見せる。
「試すのは、ほどほどにお願いしますね。」
それにトモエが苦笑いで、告げれば、アーサーもすぐに納めて、いつもの台帳に手早く書き込んでから、渡した登録証を返してくれる。
「ま、そうだな。丸兎程度なら問題なさそうだが、森のほうに行くのか。」
「いえ、流石にそこまでは。」
「そうか。慎重なのはいい事だな。」
「そうですね、私もこの子たちも、経験が十分とは言えませんから。」
途端に感じる圧力が無くなったため、少年たちがあたりを伺う様に微笑ましさを覚えながら、手続きが終わり、さっそく出発する。
「はい、それでは行きますよ。」
「お、おお。」
何処か狐につままれたような、少年たちと外に出れば、すっかり氾濫の影が見えなくなった、草原が広がっている。
これまでは、門から出ればすぐに白い影が見えたが、今はそんなこともないようだ。
これは少し探さねばならないだろうと、トモエは早速歩き出す。
「まずは、これまでと同じように、一人一体づつ相手をしましょうか。」
門からある程度離れ、遠目に丸兎を見つけてから、シグルドたちにトモエが声をかける。
彼らも慣れた物で、そういわれるとすぐに、一人が先頭に立ち、残りは周囲に気を配る。
ただ、一体の丸兎では、もはや彼らの体を温めることもできない。
遭遇し、相手が飛び掛かるのを待ち、それに合わせて振った武器で、尽く討伐される。
その様子に、少年たちが嬉しそうに声を上げる。
「強くなったな。」
「ほんと。こんなに簡単に倒せるようになるなんて。」
そうして喜ぶ少年たちに、トモエがさらりと次の段階を口にする。
「さて、今の実力が実感できたところで、次です。
これまでは、常に1対1でしたが、同時に複数を相手取ってみましょうか。」
「丸兎なら、楽勝だろ。」
「さて、そうだといいのですが。」
相変わらず勝気なシグルドの返答に、トモエが実に楽し気にそう答える。
これまでは、オユキとトモエが、他にも同行していた面々が、一体に集中すればいい、そんな状況を常におぜん立てしていたが、そうではない、そんな状況がどのようなものか、彼らに教えることとなった。
とはいっても、氾濫が終わったこともあり、魔物、丸兎はまばらに草原にいるだけで、なかなかその状況も作れず、そこからしばらくは、これまでと同じように、少年たちの一人が交替で丸兎の相手をしながら、草原を移動することとなった。
武器さえ持たなければ、ピクニックと、そんなのんきな状況にも思えるほどに、少年たちの能力も向上しており、特に危なげなく魔物に対応できている。
周囲への警戒も、旅の中、傭兵やイリアにどう気を付けるのか、何に気を配ればいいのか説明されたこともあり、トモエとオユキに比べれば範囲は狭いが、始まりの町、その周囲の草原であれば、問題がない、そう思えるほどにはなっている。
子供の成長は、早いものだと、そんなことを考えながら、オユキは周囲、特に森側に重点を置いて警戒しながら、彼らに付き添って、草原を歩く。
こういう日も、良いものだと、そんなことを思いながら。
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