第109話 久しぶりの教会

オユキとトモエは、フローラの好意に甘えて、後を任せて宿を後にし教会へと向かう。

話を聞きに、そう決めてはいたものの、なんだかんだと今日まで間を空けてしまった。

門から見れば、奥まった位置、それこそ町全体からすれば、中央寄りの場所にあり、普段利用する宿からも、狩猟ギルドからも遠いため、ついでに足を運ぶような場所ではないことが、その原因だろうか。

トモエが樽を抱えて二人で歩けば、久しぶりに見るその場所へとたどり着く。

中は以前と変わらず清掃が行き届いており、数人が礼拝を行っているところだった。

その衣装はこれまで見慣れた物と違い、仕立ての良いもののように見える。

そのほかにも、ロザリアが来ているものに似てはいるが、仕立てが簡素な長衣を纏い、ゆったりと動く数人の人物もいる。

そんな姿をしり目に、辺りに視線を送れば、一人の女性が近づいてくる。


「本日は、どのような御用でしょうか。」

「こちらを教会に修めに参りました。

 それと、ロザリア様がお時間空いておられるようでしたら、面会が叶えばと。」

「まぁ、ありがとうございます。申し訳ございませんが、少々お待ちいただけますか。

 確認してまいります。お名前をお伺いさせて頂いても宜しいでしょうか。」

「私がトモエ、こちらがオユキです。

 ともに異邦からのものでして、こちらに来た時、ご説明を頂きました。」


そう、トモエが応えると、見慣れない意匠、それでも神に仕える者、そのためだろうと推察できる服を着た女性は、穏やかにほほ笑んで頷く。


「成程。かしこまりました。そうですね、そちらについては、祭壇に一度備えていただいても。」

「その、異邦の者ですから、作法に疎く。」

「気持ちが最も大切ではありますが、そうですね。」


そう言うと、その女性は他の女性を手招きすると、簡単に話を伝えてから、二人に断ると、奥へと進んでいく。


「お二方は、狩猟者とお見受けしますが。そちらの品は、その仕事の中で。」

「はい。河沿いの町で。」

「ああ。あの子たちと一緒に行かれた方ですね。分かりました、それでは、狩猟と木々の神の御前に供えましょう。こちらです。」


立像が並ぶ、礼拝所の奥まった場所、こちらへ来た際、ロザリアに祈りの作法を教えられた場所でもあるそこで、一つの像の前を示される。


「こちらです。像の前に敷き布がありますから、そちらへ。

 そうですね、両手でこのように捧げ持つのが、私達のやりようになりますが、大きいですからね。

 一度おいて、中の物を、神にご覧いただくように。」


樽を持つトモエと並びながら、年若い女性が隣で、仕草を交えて伝えてくれる。

トモエとオユキ、二人で、それを真似ながら、お供えを行う。

そして、狩猟の女神への聖印、それも教えてもらいながら、どうにか見よう見まねで行いきる。


「はい。これで大丈夫です。

 この度は、ありがとうございます。」

「いえ、私どもも、お忙しい中ご教示いただきありがとうございます。

 あまり多くはないので、恐縮ですが。」

「量の過多ではなく、その心遣いに。」


女性がそう言って、何かの印を切る。

それはこれまで見たロザリアの行うものとも、教えられた創造神、狩猟神へのものとも異なっていた。

一つの教会で、いろいろな信仰者がいるのだろうかと、思わず二人が疑問に思えば、それが顔に出たのだろう。

女性が、微笑みながら説明を行う。


「異邦の方はなじみが無いかもしれませんが、教会にて勤めを行うものが奉じる神は様々です。

 それで、他の神を軽んじるという事などは、ありませんから。

 私が奉じておりますのは、水と癒しの神。あちらの御姿です。」

「そうなのですね。どうにも、分祀と言いましょうか、分けて祀ると、そういう印象がありまして。」

「領都のように、大きな都市であれば、そうしているところもありますが、何分小さな町ですから。

 分かれて祀り、それで神々への祈りが疎かになっては本末転倒ですもの。」


そういって苦笑いをする女性だが、そう考えるのかと、オユキとトモエも軽い驚きを覚えた。

恐らく、神全体をまず祀る、その中で特に共感する、恩恵を、習慣にあった、そんな神を己の主たる信仰とするのだろう。

ともすれば、以前の世界、二人のいた国よりも、信仰に対して大らかかもしれない。

そんな話をしていると、奥から戻ってきた女性に案内されて、ロザリアと話をするために、以前も使った応接間のようなところに案内される。

既に席について待っているロザリアに、暫く空いたことを謝罪してから、二人で並んで向かいに座ると、本題に入る前の軽い話から、始まる。


「その後、生活は如何でしょうか。」

「恙なく。その折は、いろいろと教えていただき、ありがとうございました。

 そのお礼というわけでもありませんが、先ほど納めさせていただいたものがありますので。

 皆様でどうぞ。」

「その心遣いに感謝を。私たちの子供の面倒も見ていただいているようで。」

「たまたま、ご縁がありましたから。」

「あまり、迷惑になっているようでしたら、仰ってくださいね。

 私のほうからも、注意しますから。」


そういってほほ笑むロザリアに、トモエが首を振りながら応える。


「元気のある、良い子たちですよ。

 負けん気が強かったりと、難しいところがないとは言いませんが、それでも人の話を聞き、きちんと考え動く。

 性根の良い子です。迷惑などは、とても。」

「そう仰っていただければ、幸いです。

 今いる中では、あの子たちが年長ですから、年に似合わず、責任を強く感じるところがありまして。」

「それを空回りさせないのも、年長の務めですから。

 その、そちらの意向を伺わず面倒を見ていますが。」

「それこそ、あの子たちの望む様に。

 日々の糧を得る、その助けをしていただいて、私から何かを言えることなどありません。」

「こちらでのお勤めがあったりは。」

「残念な事ではありますが、教会の子供は多いですから。」


そういうロザリアに、トモエも沈痛な表情を浮かべる。

トラノスケも言っていたが、狩猟者の死は珍しくもない。

両親ともに住両者であり、そこに子供がいれば、まぁ、そうなるのだろう。

それに、他の仕事でも町の外に出れば、いくらでも命の危機があるのだ。

そこには魔物という、明確な脅威が常に存在するのだから。


「その、お持ちした分で、足りるでしょうか。」

「ええ、十分に。多いとはいえ、子供たちも30人程。

 こちらで勤めを行っているのは、10人ですから。あの子たちに持たせていただいた分も含めれば、十分すぎるほどですよ。」

「でしたら、良かったです。子供がお腹を空かせるのは、悲しいですから。」


トモエが、そう呟けば、ロザリアはただ穏やかにほほ笑む。

二人にしても、十分に大きくなったし、孫も、ひ孫もいた。

幸い、オユキも蓄えは十分にあり、困るようなことはないだろう。

それでも、寝る前に、ふとした時に、向こうにいた係累が、健やかだろうか、そんなことはどうしても考えてしまう。

本来ならありえない、そんな延長にいるのだとしても。


「それと、シグルド君には、勝手に約束していますが。」

「はい、聞いています。あの子たちの事に関しては、改めて感謝を。

 私達では、どうしても型どおりに神の教えを伝える事しかできませんから、あの子たちが改めて神に向き合う機会を下さり、感謝しています。」


そういって、ロザリアは二人に一度頭を下げてから続ける。


「それと、望むのであれば、稽古を他の子どもたちにも施してくださるとか。」

「都合のつくときと、どうしてもそうなってしまい、心苦しくはありますが。」

「いいえ、それ以上の厚意をねだるのは、ただのあさましさでしょう。

 そちらも、感謝しています。中には、シグルドたちの話を聞いて、自分もとそういう子もいますから。」

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