第108話 お土産
身支度を終えて、昼になろうかと、そんな時間に宿から出ようとすれば、フローラに声をかけられる。
「おや、今起きたのかい。昨日はありがとうね。」
「いえ、どのみち私達だけでは余らせるだけですから。」
「今日の夜にでも出すよ。楽しみにしてな。」
「はい。お願いしますね。」
トモエとフローラの会話に、昨夜戻ってきたときにそういったやり取りがあったのだろうと、オユキは察する。
元々、樽一つ分を宿へと取り分けていたため、オユキ自身もそれに異存はない。
「ああ、それと預かったのは、そっちに出してある。もっていくんだろう。」
「わざわざありがとうございます。」
そうしてフローラが示す先には、3つの樽が置かれている。
生物ばかりであったため、持ち帰るときにはさてどうしたものか、常温で5日近く海産物を運ぶのはどうか、そんな話をしていると、カナリアが樽の中身をまとめて凍らせると、そんな事を引き受けてくれた。
魔術によるそれは、想像以上に長く持つし、かけなおせばそれこそマナの続く限りと、非常に便利なものであった。
何かお礼をと申し出れば、命を助けられたのだからと固辞されたため、厚意に甘える形となった。
「それでは、まず狩猟者ギルドですかね。」
「帰還の報告もありますし、それが良いのではないでしょうか。
そのあと、傭兵ギルドに寄るとして、フローラさん、一つはここに置いたままでも。」
「ああ、構わないさ。」
そうこたえるフローラに、そういえばフラウの姿を見ないなと、オユキがあたりを見回せば、その仕草に気が付いたようにフローラが肩をすくめる。
「あの子なら、旦那と一緒に鍋の前だよ。客に出す前に、試しで作ってるからね。うちじゃ食事は客と同じ、初めて口にするからね。」
「楽しみにしていただいているようで、何よりです。」
「全く。珍しくじっとしてるのが、食べ物だなんて。」
そう、何処か楽しげに笑うフローラと別れて、オユキとトモエでそれぞれに樽を、それこそオユキの首まであるような大きなもので、中にはそれこそぎっしりと詰まっている、そんなものをトモエは軽々と、オユキは相応に無理をして持って歩く。
狩猟者ギルドまでが、あまり遠くないのが救いだなと、そう考えて、トモエに声をかけられるままに歩き、ギルドへとどうにかたどり着く。
既に時間も遅いためか、すでに閑散としたギルドの内部に入ると、トモエがすぐにギルドの受付へと声をかけ、帰還の報告を済ませる。
そして、お土産として渡そうとした樽の中身に関しては、少々取り扱いが難しいと、そんな話になった。
「ああ、そういう事ですか。」
結果として、ギルドの長であるブルーノまで出てくる事態となり、受付の女性では説明しきれなかった背景を聞くことになった。
「気持ちは有難いし、正直言ってしまえば、受け取りたいのだがね。
個人的にという事であればいいのだが、この町の側でとれるものではない以上、諍いの元になりかねない。
其の方らは詳しくなかろうが、安いものでもない故な。」
「国の機関として、商品として扱うものを無償では受け取れないでしょう。
ああ、そういえば、王都では鮮魚は高級品扱いでしたか。」
「うむ。運ぶのにこのように工夫が必要であるし、量を運ぶのもまた難しい。
これが干物などであれば、話は変わるが、魔物の収集品が含まれておるのも良くない。
通常通り、納品してもらえば、相応の価格で町に流れるであろう。」
そういわれて、オユキは少し考えこむ。
高級品とそう口にしている以上、購入も簡単ではないだろう。
町の区画として、オユキ達は行ったこともないが、富裕層が住む、そんな区画もある。
そちらにすべてが流れるのは、まぁ、構わないが、見知った顔に持って帰ってきた、そうするつもりではあったのだから、それ以外の用途になるというのも、今一つおさまりが悪い気がしてしまう。
「その、それではギルドの片を食事に誘うのは大丈夫でしょうか。」
「ふむ。全ての者が同時にというのは難しいな。」
「ええ、それは承知しています。緊急事態の対応もあるでしょうから。
私どもの泊まっている宿で、料理をしてくれていますので、交代であったり、来ていただくことは。」
オユキがそう言えば、ブルーノが少し考えたうえで、頷く。
「うむ、問題なかろう。少々業務を急がねばならんが、まぁ、そのあたりは皆逆に喜ぶであろうな。
だが、良いのか。実績になる、特にこういった高額なものは。」
「いえ、もともと、そのつもりでしたから。
その、お知恵をお借りしたいこともありまして。これだと、まさに贈賄と、そう受け取られそうなものではありますが。」
「それこそ、我らの業務の内だ。このようなものが無くとも、相談に乗るが。」
「いえ、傭兵ギルドでは、そのまま受け取ってくれるでしょうか。」
オユキがそう言えば、ブルーノは難しい顔をする。
少し考えた後、言葉を選ぶよう口にする。
「我らよりも、融通が利かぬであろうな。
心づけがあった故、仕事を選ぶなどと、そういわれればあの者たちも立つ瀬が無かろう。」
「という事は、あちらも。」
「うむ。国の機関である。そも、ギルドというのは全て国から認可を受けた物である。」
その言葉に、オユキとトモエが揃ってため息をつくと、ブルーノが彼には珍しい悪戯を思いついたような顔で笑いながら話す。
「なに、だからこそ我らと変わらぬ。その宿の都合さえ許すのなら、あの者たちも同じ席に誘えばいい。」
「人数が増えすぎると、負担になるかと思いますが。」
オユキがそう答えれば、トモエが軽くオユキの肩に手を置く。
それもそうだ、勝手に量って決めずとも、それこそフローラに尋ねればいい。
「量は足りるでしょうか。」
「なに、少し口に入るだけでも喜ぶさ。」
その後ブルーノが、もらうだけでは悪いと、傭兵ギルドへの連絡と、荷物の運搬を引き受けてくれたため、ギルドの職員と共に、宿にとんぼ返りすることとなった。
「おや、随分と早いね。それに持っていった物まで持って帰って。」
「そのことで、ご相談がありまして。」
トモエが経緯を説明すると、フローラが実にあっさりと快諾する。
「その、大変では。」
「なに、今は泊りの客も少ない。食事だけなら、それこそまとめて作るんだから、そんなに大したもんじゃないよ。
むしろ貸し切りってことにしちまえば、手間も少ない。同じもんだけ作って、出すだけでいいからね。
ただ、揃いも揃って酒を飲まれると、しんどいね。」
その言葉に、よく飲みそうな面々の顔を思い出して、頷く。
すると一緒に来ていた職員が、請け負う。
「もらってばかりも悪いですから、ある程度、飲み物は持参させましょう。
ギルド長もあれで、のん兵衛で珍しいお酒をため込んでいますからね。」
「いえ、それは流石に。」
「お誘い頂いたんですから、少しは華を添えるのも呼ばれた側の仕事ですよ。」
それでは、先に話しておきますね。
そういって、職員がすぐに宿から出ていく。
「じゃぁ、あたしもさっそく準備しようかね。残りの一つは、どうするね。」
そういって、フローラが残った樽を指す。
こちらに関しては、教会への喜捨とするつもりであったため、そう伝える。
「さてと、久しぶりの大仕事になりそうだ。
ああ、あんたらは一応誘った側さね、来なきゃ料理も出せないから、早目に戻っておいでよ。
気の早いのは、日が傾く頃にはここにきて、管を巻きだすだろうからね。」
「その、お手数かけます。
別途費用などは。」
「いいさ。あたしらもご相伴にあずかるんだ。
持ち帰ったってことは、価値があるって、聞いてきたんだろ。」
そういうフローラに、苦笑いで返すと、体格のいい彼女は、軽々と樽を抱えて、さっそく奥へとそれを持っていく。
「なかなか、楽しい時間になりそうですね。」
「ミズキリたちも呼べればいいのですが。」
「そうですね、ギルドの方へ、お願いしておきましょうか。」
なし崩しのような形で決まったが、それでも集まり美味しいものを食べる、その時間は間違いなくいいものだ。
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