第101話 それは戦いと呼ぶべきか

残りの日程も、問題なく消化はできた物の、体力の消耗は想像以上だった。

どうにか川沿いの町にたどり着いた時、最後まで自分で歩いたのは、パウとトモエだけで、残りのオユキを含めた新人たちは、荷馬車の荷物となっていた。


「もう少し、どうにかなるかと思ったのですが。」

「体格の問題もありますから、仕方がないでしょうね。

 私も、乗物を使わない旅というのが、ここまで過酷とは思っていませんでした。」


既に、日が昇ってしばらくした時間に、ようやく二人で起き上がり、宿から出れば、そこには旅慣れた面々が実に元気な様子を見せていた。


「よう、起きたか。帰りもあるからな、ここでしっかり休んでいこう。」

「ありがとうございます。正直、一日で十分かと思っていましたが、確かにこの町に二日はいるべきでしょうね。」

「あとは回数をこなすだけだな。領都までは、急ぐなら客としてついていけばいい。」


そう言って笑うアベルに、改めて頭を下げて、未だに姿の見えない他の少年たちを探す。


「ま、まだ寝てるだろうな。のんびり飯でも食って、昼過ぎくらいに出ればいいだろう。

 後はそうだな、護衛として目的地までの片道と往復、目的地での日程に関して等で、いくつか代わるが。」

「ああ、分かります。現地で護衛の方の自由行動を認めるかですね。」

「ああ、そうだ。今回は、どうする。」

「目的地は同じですから。道中がそこまで不安でないのなら、先に行きたいと望まれる方は、移動していただいてもいいのではないでしょうか。」


オユキがそう言えば、周囲の面々が実に嬉しそうな顔をする。

そもそも、護衛としてここまで人数が膨らんだのも、それが原因なのだから。


「じゃ、そういう事だな。イマノルとクララが残れば、後は自由にしていいぞ。」


そうアベルが言えば、歓声を上げてさっそく宿から出ていく。

ミズキリにしても、トラノスケにしても、いそいそと出ていく姿に、ほほえましさを覚えてしまう。

それにしても、トラノスケはこちらに来て、初めての魚だというのに、案外食べることが好きだったのだろうか。

そんなことをぼんやりと考えながら、席に着くと、朝食としてこちらに来てお馴染みとなった野菜で作られたサラダに、パンと、一度干した魚を焼いたようなものが出て来る。

河が近く、特産の魚があるためか、町全体にそういった匂いがあるため気が付かなかったし、昨夜は宿に着くなりベッドの住人となったため、食事をしていないが、ここでは肉よりも魚が出るらしい。


「流石に、この見た目では、分かりませんか。トモエさんは。」

「私も、そこまで詳しいわけではないですから。やはり切り身を買うことが多かったですし。」

「ああ、そうですね。ただ、これも美味しいですね。」


そういって食べ進めるオユキを、トモエがほほえましげに見ながら声をかける。


「いつもより食が進んでいますが、お口に合いましたか。」

「それもあるでしょうが、やはりここ数日は少なかったですし、昨夜も抜いていますから。」

「ああ、それもそうですね。量が食べられるようなら、買って帰ろうかとも考えましたが。」

「トモエさんも気に入ったものがあれば、お土産も兼ねて買って帰るのもいいのではないでしょうか。

 宿の方も喜んでくださると思いますよ。ああ、荷物がどれだけ積めるかは、確認しなければいけませんね。」

「樽で6くらいか。坊主たちも買って帰るなら、そっちと話しな。

 俺らは今回やとわれだからな、流石にそっちの希望が優先だ。」


オユキとトモエの話に、アベルがすぐに具体的な数字を出す。

二人もこちらでところどころに見かける樽の大きさを考えるが、それ以上には積めそうだとそう考えて、直ぐに人も積まなければならないからかと思いなおす。


「そうですね。恐らく帰り道も、歩き切れはしないでしょうね。」

「ああ。特に目的地が近いと、そう意識すれば途端に疲れが出るからな。

 ま、門を超えるまでお前らは油断しないだろうが、坊主たちは怪しいからな。

 少し脅かす手はずもある。」


そんな話をしていると、少年たちもようやく宿に顔を出し、のんびりと食事を終えてから、先に河沿いに移動した面々に追いつくために、出かけようか、そんな話をした矢先に、オユキはふと気になって尋ねる。


「そういえば、こちらの狩猟者ギルドで話しをしなくてもよかったのでしょうか。」

「ああ、そういえば、そうだな。

 忘れていたが、狩猟者の場合は、寄った先で魔物を狩る予定があるときは、先にギルドに話しておくように。

 旅の道中だとか、そのついでの場合は気にしなくてもいいがな。

 ついでに、魔物の魔石も引き取ってもらってくりゃいい。」


そう言われて、少年たちと狩猟者ギルドへ顔を出し、挨拶とここまでで得た魔物の収集品を引き渡し、改めて出発することとなった。

河に近い町、そう聞いてはいたが、少し急げば2時間もせずに、目的地にたどり着く。


「これは、また。」


その光景に、トモエが感嘆の声を上げ、少年たちもはしゃいだ声を出している。


「ここらじゃ一番大きな水源だな。このまま上流に向かえば、王都に繋がってる。

 で、川向うは別の国の領地だからな。行くときには先にギルドに報告しろよ。」


広い川幅は、対岸にあるものが霞んで見えるほど。

相変わらず、水平線などがあるわけでもないため、より一層遠近感が狂うが、それでも目の前を流れる海だといわれれば、そう信じてしまうような河が、雄大であることには変わりない。

また、これまでの平原とは変わり、河に近づくための斜面の先は砂地と、小石が敷き詰められた、そんな場所が広がっている。


「ここまでは、初めて見る魔物相手でも問題がなかったが、こっから先は、足場がかなり悪いからな。

 油断はないだろうが、一層警戒しろよ。」


アベルがそう言うと先頭に立ち、斜面を下っていく。

それについていこうとする少年たちも、最初の内、まだ草が滑り止めの役を果たしていたときは、そうでもなかったが、砂地や石の敷き詰められた場所までくると、バランスを崩し始める。


「お、おお。」

「ちょっと、危ないじゃない。」

「悪いって。でも、武器振れねーぞ、こんな所じゃ。」


練習だといって、少年たちにアベルが軽く武器を振るように言えば、その結果は分かり易いものだった。

力を上手く入れなければ、角の取れた石は転がり、脚を力が変には言った方向へと滑らせる。

そして、それに慌てて無理に踏ん張り武器を止めようとすれば、さらに体勢が崩れていく。


「そうでもありませんよ。」


そう言いながら、イマノルやオユキ達も、何度か彼らの前で素振りをして見せる。


「要は、姿勢を維持する、それだけです。これまでは足で踏ん張るだけでどうにかなる場所でしたが、そうでない場所だと、どれだけ無駄に力が入っていたのかが、よくわかるでしょう。」

「んなこと言われても。」

「ここなんて、まだいいほうだぞ。森の奥に行けば泥濘なんてそこら中にあるからな。」

「まじかよ。」


そんな話をしていると、近寄ってくる魔物にオユキも気が付く。

そこには赤い甲羅を持った八本脚、前の世界でもよく見た蟹そのものの姿をした魔物の姿があった。

ただ、大きな違いはそのサイズだろう。体高で1メートルは優にありそうなそれが、脚を動かしながら、オユキ達のほうへ近づいてくる。


「トモエさん、アレがお目当ての魔物ですよ。」

「あら、菱蟹でしょうか。」


そう呟くと、無造作に歩み出て、手早く伸ばした両の爪を切り落として、眉間に剣を突き込む。

そして、そのまま当たり前のように、魔物の姿は消え、いくつかの足を残して姿を消す。

氾濫以降、身体能力が上がったようなと、そんな話はしていたが、確かに以前よりも数段早く動けるようになっているらしい。

少年たちが、剣に手をかけなおしたころには、その一連の動作は終わっていた。


「ん。今の動きは、初めて見ましたね。」

「そうね。早かったわね、動き自体はそこまででもなかったけれど、予想よりも斬撃が数段早かったわ。」


クララはそういうと、オユキに答えを求めるように視線を向ける。

そんなオユキは、その視線にはひとまず応えず、嬉しそうに魔物の収穫物を拾うトモエの姿をただ見守る。

トモエにも楽しみができたようで、実に何よりと。

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