第100話 異邦人とは

「なぁ、俺も、出来るようになるか。」


その後は特に問題もなく、道中トモエにあれこれと質問を飛ばす傭兵達や少年たち、明らかに周囲の警戒がおろそかになっている彼らは、問題であるとはいえるが、そもそもこの道中彼らがどれほど油断していようが、どうとでもなるその裏返しでもあるため、問題は無く宿を借りる予定の町にたどり着く。

始まりの町に比べれば、かなり小さく、町を囲む壁も、半日あれば余裕をもって回れるだろう、そういった規模の町だ。

宿もいくつもあるわけではなく、個室は当然足りず、集団での雑魚寝、そんな中、シグルドがトモエに尋ねる。

トモエが兜割を披露してからは、より懐きようが過熱して、あれこれと聞いていたが、それはここにきて、より一層の熱を帯びていた。


「難しいですね。ああ、出来るようになるか、そういう事ではなく、同じことが、そういう意味です。」


オユキは疲れを隠すことはもはやできず、宿について身ぎれいにした後は、壁にもたれながら、頭を上げているのが限界、そんな状態になっているため、何処か遠くの話として、トモエの話を聞く。


「私の技も、身体能力、魔物との戦いの中、あなた方も実感のあるそれの結果として、出来るようになるのは間違いないでしょう。それと、技を完全に分けて考えるべきかと、私は考えてしまいますから。」

「ん。分かるような、いや、やっぱりよくわかんねーや。」

「もう、結果が同じと、過程も同じは違うって、ロザリア様に言われてるじゃない。」

「いや、今回は、どっちも自分で頑張った結果じゃねーか。」

「でも、魔物を倒して得られるものは、神様の評価で、私達だけの物じゃないでしょ。」

「いや、神様に評価してもらえるのも、俺たちの努力だろ。」


そうして、シグルドとアナがあれこれと言い出すのを、カナリアが手を叩いて止める。

傭兵や、他の旅慣れた面々は、町に着き、各種手配の方法を新人たちに教えると、早速とばかりに酒と食事を求めて散っていき、今宿の大部屋にいるのは、そうではない、疲れ果ててそんな元気もない者たちばかりだ。


「はいはい。シグルド君も、アナさんも。どちらも間違いではありませんが、お互いに少し理解がずれていますよ。

 今の話で重きを置かなければいけないのは、神々の恩恵がない、その状態で可能か、そこですから。」


魔術を扱う、翼人種、その女性がそうして彼女の理解を語る。


「つまり、魔物を倒しても成長しない。技を磨いても、恩恵を得られない。そんな状態で修めたトモエさんの技、そっくりそのままと、どちらも得られるシグルド君、それがこれから目指す場所、それを同一としてくくれない。

 だから、同じこと、そうは判断できない、トモエさんはそう仰りたいのです。」


その言葉に、シグルドは首をひねる。


「いや、神様の恩恵がないって、そんな訳ないだろ。」


その言葉に、トモエとオユキは目を合わせる。

そう言えば、少年達には説明していなかった。


「ああ、私もオユキさんも、異邦人ですから。

 私たちの元居た場所では、そうですね、神々から恩恵を得る、それは本当に極稀な事で、一般的ではありませんでした。

 もちろん、私達も、こちらに来るまでは、日々の感謝は捧げても、それ以上の事はありませんでしたよ。」

「あんたら、異邦人だったのか。」

「はい。そういえば伝えていませんでしたか。

 今はこのような身形ですが、私もオユキさんも、80を超える人生を送っていましたから。」


そうトモエが伝えれば、少年たちが驚いたような、納得がいったような、そんな顔で二人を見る。


「そうか、それで。」

「私は半生を、オユキさんは、60年程とは言っても、日に数時間でしょうか。剣を振っていましたからね。

 流石に易々と技で遅れは取りませんよ。それで、あなた達も、それこそ私と同じだけ時間を費やせば、同じことはできるようになるとは思いますが。そこまでせずとも、こちらでできる方法を探せばと、そうも思いますからね。」

「武技か。でも、それって結局どんなものなんだ。」


シグルドはそういって首を捻る。

狩猟者の中にも、傭兵の中にも使う手合いはいるし、それこそ前のゲームも考えれば、身に着けた物は星の数ほどいたが、改めて説明するとなると難しい、そう考えながら、オユキは語る。

こと、これに関してはトモエでは説明できないだろう。


「多分に感覚的なものですが、己の為したいことを強く持ち、体力とか精神力的なものを対価として、助力を得る、といったところでしょうか。望みが漠然としていれば、余計に対価が増えますし、あまりに身に余るようであれば、発動しません。固有の名前を付けると、簡単になる、そんな話を聞いたこともありますが。

 そもそも、体系化されるようなものではないでしょうから。」

「よくわかんねーな。」

「使っている当人も、分かっていないことが多かったりしますからね。

 教えて使えるようなものではないと、それが困りどころです。」

「なんだよ、それ。」


オユキの言葉に、何処かふてくされたような表情になるシグルド。

ただ、オユキにしてもそれ以上を言葉にすることも難しい。

何故使えるのか、その答えは、使えるからだ、それ以外にないのだから。


「傭兵の方は、ほとんどがなにがしか使えるでしょうから、聞いてみるのもいいかもしれません。

 もしかしたら、一団で共通する技などもあるかもしれませんし。」

「へー。オユキは、なんか使えんのか。」

「そうですね。以前熊を斬った時に使いましたから。

 蟹を斬るときに、余裕があればお見せできるかとは思いますが。」


オユキの答えに、少年たちが期待を込めた目で見る。

それに若干の照れくささを覚えながらも、オユキはカナリアにも話を振ってみる。


「そう言えば、カナリアさんは魔術を使われると聞いていますが。」

「魔術も武技とあまり変わりませんね。ある程度の体系はありますが、それもまだまだ議論の余地があるものですから。ただ、マナを感じ取れるかどうか、そこはもう才能としか言いようがないですね。」


話の流れで、オユキが水を向けた先も分かっているように、カナリアが応える。


「マナの感知くらいなら、あまり疲れませんし、興味があれば皆さんやってみますか。

 早ければ、人族なら1ヶ月ほどでできるようになりますよ。」

「それで、早いのか。」

「生涯をかけても、マナの存在を感じ取れない方もいますから。」


そういって、カナリアは姿勢を変える。

オユキとトモエから見れば、それは座禅の時に取る姿勢、結跏趺坐などと呼ばれるものだった。右足が上に載っているのは、確か呼び名があったはずだが。

そんなことを考えながら、同じ態勢を取る。

パウはかなり苦労しているようだったが、体が硬いのだろう。今度柔軟を進めてみようなどと考えながらも、全員が姿勢を取れたところで、カナリアが話始める。


「これがマナの感知で進められる姿勢ですね。この姿勢を取って、とにかくゆっくり深く呼吸を繰り返します。」


そういって、深呼吸ともまた違う、とにかく一回ずつが長い呼吸をカナリアが繰り返す。


「そして、その中で自分の中にある物、外にある物、それに意識を向けます。まず、それが一段階。

 次に、自分の中にある力、外にある力、その違いを感じ取る。それが二段階。

 最後に、外にあるものを自分に取り込み、自分の中にあるものと混ぜる、それが三段階目。」


そう言いながら、それぞれを実践しているのだろう。

最後に言われた言葉に、オユキは身体が揺れるのを感じ、セシリアはそのまま後ろに倒れる。

何があったのかと、アナがすぐに立ち上がり側に行く。


「あら、やけに感度の高い子がいますね。」

「彼女、木精の血が入っているという事でしたから。」

「ああ、それならもう少し加減したほうが良かったですね。人族の方でも分かるようにと、やりすぎました。」


アナが背中を押して起こすと、目を回しているのだろう、セシリアが頭を揺らしている。


「ごめんなさいね。少しすればよくなりますから、そのまま横になって楽にしていてください。

 他の方は、そのまま眠るまで、興味があれば続けましょうか。」


そして、そんな夜の一幕は過ぎていった。

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