第99話 二日目の道行き
「オユキさん、起きてください。」
そう、声をかけられ、オユキは眠気が残る中どうにか目を覚ます。
上体を起こして、目をこすりながら、声を出す。
「おはようございます。」
昨夜、交代の頃には瞼を開けることが難しくなっていたが、どうにも十分寝た気がしない。
周囲からは既に人が動き回る音が聞こえている。
晩年は、それこそ夜明け前には目が覚めていたものだが、瞼越しに感じる明るさは、それなりの時間寝ていたことを示している。
「まだ、辛そうですね。どうしましょう、荷馬車で休みますか。」
「いえ、動けばそのうち目も醒めて来るでしょう。それにしても、体力まで見た目相応のようですね。」
「年齢的にも仕方ないでしょうね。いえ、それを言えば私も4つ程しか違わないのですが。」
「今後の事を考えると、何処かに行くときには、人を頼るのが正解になりそうですね。」
重たさを感じる体を無理に動かして、起き上がる。
そのまま体を伸ばすと、どうにか目も醒めてきた。
「体が固まっていますね。慣れないベッドでも、地面よりはやはりよかったようです。」
「そればかりは、仕方ないでしょうね。今日は昨日より短い時間ですし、宿場町で泊まれるようですから。」
「ええ、これが続くようだと、正直持ちそうにありません。先に解って助かりました。」
そうして、既に布が取り外されつつあるテントから出て、出発のために行われている作業に加わる。
少年たちも、目をこすり、あくびをしながら疲労を隠せていない。
一方で慣れているのだろう、他の護衛についている面々は、疲労を一切感じさせない動きを見せている。
「よし、それじゃ、荷物を積んだらさっそく出るぞ。」
そう、アベルの号令に従って、一団が出発をする。
身体を動かし、ようやく目が覚めてきたオユキは、いつもより重く感じる脚を動かしながら、隣を歩くイマノルに声をかける。
「寝入ってしまってからは、まったく外に意識が向きませんでしたが、昨夜は問題ありませんでしたか。」
「そうですね、いつも通りといった感じです。
散発的に魔物が襲ってきたくらいですね。少年たちは半分寝ていましたが。」
「襲撃に気が付かず寝ているようでは、旅は現実的ではなさそうですね。」
「そうですね。うちでもいいですし、誰かに頼るのが良いでしょう。
そもそも、二人では、現状だとまず不可能でしょう。」
「領都までの、道のりは、今回と比べると如何でしょう。」
「そうですね、最初の町までを急ぐか次第ですね。残りは町を経由しながら移動できますので、今回に比べれば、楽だとは思いますよ。それこそ商人が定期的に移動しますから、それについていくのが良いでしょうね。
商人ギルドで申し込めば、受け付けてくれますよ。」
イマノルの言葉に頷き、オユキは周囲に気を配り、歩く。
前方では、昨日と同じく少年たちが魔物と戦うため歩いているが、あれはどちらかといえば、現状で魔物と戦うのが、どんな結果をもたらすのかを思い知らせるのが、目的だろう。
しっかりと見れば、構えもどこかぎこちない。
いよいよ集中できているつもりで、無理に力を入れなければ、維持できない、そういう事だろう。
「先達の方に面倒を見ていただける状況で、助かりました。」
「まぁ、私達も慣れるまでは似たようなものでしたから。」
そういうイマノルは、疲労など微塵も感じさせない佇まいだ。
今回ばかりは、氾濫の時に見た全身鎧ではなく、軽装、それでも金属で要所を補強した鎧ではあるが、それを着て歩き回っているというのに、その体力には目を見張るものがある。
最も、周囲の様子を見れば、それが普通と、そういう事なのだろうが。
魔術を主体としているカナリアですら、特に疲れを感じさせることもなく、イリアと話しながら疲れを全く感じさせない風だ。
「さて、あの子は大丈夫ですかね。」
いつもよりかなり遅い、そう感じる距離でオユキも魔物に気が付くと、先頭ではアベルがシグルドに声をかけている。
「少し痛い目を見るのも大事でしょう。」
そう軽く笑いながらイマノルはそういうと、そういえば、そういいながら何でもない風で、しかし圧を感じる言葉を続ける。
「トモエさん、ソポルトの角を切り落としたそうで。」
「ええ。トロフィーとして得ることができました。」
「立ち合いの時に、何やら恐怖を感じると思えば、それですか。オユキさんも同じ技を。」
そう言って、イマノルが難しい顔で腕を組む。
「生憎私は修めるに至りませんでしたが、槍などは、柄が木製ですからね、切り落としは常に狙いますよ。
戻しが遅ければ、容赦する気はありません。」
「道理ですね。お二人とも、間合いを潰すにしては戻すのが早いと思っていましたが。」
「はい。それを相手も使うと、そう考えての事です。」
「一度見せていただきたいですねぇ。」
「どうでしょう。未熟もあるでしょうが、武器が痛みますから、あまりやすやすとは難しいかと。」
「おう、ならこっちで用意するさ。」
そう、二人の少し後ろで、前方を俯瞰しながらついて来ていた、アベルが口をはさんでくる。
どうやら彼も興味があるらしい。
「正直、武技の神に与えられた技以外で、斬鉄なんざ夢想家の戯言だと思っていたが、そうじゃないんだろ。」
「そうですね。少なくとも私の為したものは、神の御業に依る物ですが、トモエさんは自身の技量かと。
以前、既に兜割は修めていましたから。」
「予備の剣がいくつかある、それで、見せてもらえそうか。」
「さて、聞いてみない事には。」
周囲の気配を探れば、アベル以外にも興味を持っているものが多いようで、技を見世物にするのはオユキとしても気が引けるが、トモエが望むのなら、そう思い、トモエに直接尋ねてみる。
恐らく、試しができるとなれば、トモエは乗るだろうな、そんな事を考えながら声をかければ、トモエから快諾される。
「その、いいのかしら。言っては何だけれど、秘伝の類でしょう。」
時間に余裕があるからと、一団が足を止め、トモエを中心に誰も彼もが様子を見守っている。
「見てできるようなものであれば、秘伝でも何でもありませんから。
それに、私としても、試せる機会があるなら体になじませたくも思いますから。」
そう言いながらも、アベルが試しにと差し出した予備の武器。
細身ではあるが、重厚さを感じる輝きを刀身に宿し、上品さを感じる拵えの施された、僅かに反りのある両手剣を何度も振るトモエが応える。
「私のほうこそ、このような業物で試しをしてもいいのかと、そう思ってしまいますが。」
「なに、前の職場から渡されたはいいものの、ほとんど抜くこともないからな。
たまには使ってやらなきゃ、可哀そうってなもんだ。」
そう言えば、数打ち、本当に予備としか言いようのない、それでも鉄で作られた剣を無造作に腕をまっすぐに横に延ばして持つアベルが応える。
少年たちは、結果として残ったものは見たのだろうが、改めて近くで見られるとあって、キラキラと瞳に輝きを宿しながら、それぞれに反応を示しながら見守っている。
「では、参ります。」
トモエがそう言うと同時に、上段に構えた刃を鋭い踏み込みと、離れても聞こえる吐息と共に繰り出せば、甲高い音とともに、アベルの待つ刃は、中ほどから先が地面に落ちる。
その結果に、周囲からはため息とも、唸り声ともつかない物が聞こえる。
トモエはそれになにか反応を示すこともなく、ただ、手に持つ武器を確認している。
「凄まじいな。イマノル、クララ。どうだ。」
「私は無理ですね。恐らく鎧毎でしょう。」
「躱すことに専念するしかないかと。身体能力で圧倒すれば、問題は無いでしょうが。」
「そうだな、私もそう判断する。いや、実に見事。」
アベルがこれまでの粗雑な言葉遣いから、元の、それこそ長年馴染んだ言葉、彼の経験から来る、培ってきた姿なのだろう。
半ばから、僅かに角度をつけて切り落とされたその断面を、掲げるようにして検分していたアベルが、それを興味がありそうなイマノルに渡し、トモエに礼を告げる。
「言葉もない。実に見事。」
「いえ、こちらこそ。未熟故、こうして刃が欠けてしまいました。」
そんな話をするトモエを、シグルドがただ熱のこもった、憧れとそう呼べる分かり易い感情のこもった目で熱心に見ていた。
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