第95話 ミズキリによる釣り具選び

ミリアムから一通りの話を聞いて、ギルドから出ると、トモエは少し恥ずかし気にオユキに謝る。


「その、申し訳ありません。つい。」

「いえ、トモエさんが楽しく過ごしている時間は、私も楽しいですから。

 それに、長く共にしておきながら、海産物への思い入れに気が付いていませんでした。私のほうが、謝らなければいけないですね。食事の事で、我慢を強いていましたかと。」


オユキがそう真剣に話しかける。

共にどれだけ過ごしたのか、その中で折り合いをつけるでもなく、一方的に我慢を強いたというのなら、それも気が付きもせずに。前の世界でどれだけ自分は愚かだったのかと。


「いえ。そういうわけではありませんよ。その、甲殻類が、殊更好きではありましたが、毎日食べるようなものでもありませんし。そうするには、アレルギー等怖いものもありますから。」

「その、私が食に無頓着でしたから、こちらでは我慢しないでくださいね。」

「ええ。向こうでも、十分に楽しんでいましたよ。私が作っていたのですから、私が美味しいと思うものでしたし。

 私のほうこそ、口に合わない物があったのではないかと、そう考えてしまいますね。

 特にこちらに来てからは、食が進んでいませんから、向こうでも苦手なものがあったのではないかと。」

「それならいいのですが。」

「ただ、こちらに来てからは味覚も変わっていますから、試してみたい、その気持ちのほうが強いですね。」

「ああ。それは私もわかります。」


そんな楽しい話をしながら、目的地にたどり着き、店内へと入る。

そこには以前と同じ店主がカウンターに座っており、覚えていたのだろう、顔を見るなり声をかけて来る。


「おう、また来たのか。」

「はい。以前頂いたものが、駄目になってしまったので。」

「早いな。見せてみろ。」


言われて、駄目にした武器をそれぞれにカウンターに置けば、しげしげと見た店主は、納得したように頷く。


「溢れもあったからな、うちじゃどうにもできん。どうするね。」

「直して頂く事は、できそうにありませんか。」

「設備も技術もない。下取りして、纏めてよその町に出して、それくらいだ。」

「そうですか。それでは、そのように。同じものはまだありますか。」

「数が出たからな、あるにはあるが、一つだけにしてくれ。」


そういって、店主が裏手に戻り、以前購入したのとよく似た物を持ってきて、カウンターに乗せる。

一見してあまり違いはないが、手に持ってみると、バランスがやや変わっている。

以前の物より質が悪いとまではいかないが、比べれば差がある、そういったものではある。


「ま、分かってるみたいだが、前のよりも安物だ。使ってる鉄が良くない。

 次の入荷はまだ先だからな、正直、我慢してもらうしかないな。」

「分かりました。無理に使ったのは、こちらもですから。お値段は。」

「下取り分退いて、どっちも700でいい。」

「随分と、お安くして頂いていますか。」

「いや、値段相応だ。もってわかる、それくらいにはよくない物ではあるしな。」


そういって肩をすくめる店主に、支払いを済ませて、店を出る。

予備としては、こちらに来た時から使っているものがあるため、どうにか準備が整った、そんな安心感を覚える。

軽く確認でもしようかと、二人で話していると、ミズキリがルーリエラと歩いているのを見かけて、声をかける。

河への移動について、聞いてみたいこともある。


「よう、昨日はお疲れ様。」

「お二人も、お疲れ様でした。活躍を目にすることは叶いませんでしたが。」

「ま、配置が違ったからな。そっちは、ああ武器を新調したのか。

 安物だと、数を相手にすると、どうにもならないからな。」


そういうミズキリに、数打ちが悪いとは言いませんけど、そう苦笑と共にトモエが返せば、ミズキリも分かってると答える。


「そういえば、ミズキリ。私達も近々魚を釣りにと考えていますが、このあたりでは、道具は揃いますか。」


オユキがそう尋ねると、ルーリエラが実に味のある表情を浮かべる。


「おお、そうか。いいぞ。案内しよう。」

「私は、遠慮しておきますね。先に揃えたいものもありますから。」

「分かった。またあとでな。」


男性の趣味の買い物だ、彼女が早々に離脱したのも仕方ないだろう。

そう言えば、以前雑貨店を冷かしているときに聞かれたこともあるが、トモエはどうだろうと、顔を見れば、オユキの考えに気が付いたのだろう、ただ笑って頷くだけだ。

もともと、魚を狙っているのは彼女でもあると、そういう事でもあるのだろう。

そうして、これまで一度もいった事のない店に入れば、成程、ルーリエラが望まなかったのも分かるというものだった。

魚を扱う店舗だからだろう、干物に、塩漬け、そういった物も並べられたその店舗は、独特な匂いのする店であった。


「あいつは、どうにもこの匂いがダメらしくてな。」

「花精、樹木が元とそういう事もあるのでしょうね。」

「マングローブとか、極一部か、海水が大丈夫なのは。」

「オユキさんは、大丈夫ですか。」

「はい、むしろ肉よりもこちらのほうが平気ですね。慣れているのもあるのでしょうが。」


そんなことを話しながら、店の一角へとミズキリが遠慮なく進む。

そう言えば、生前の彼は何かと休みを取っては、漁船に乗って釣りに行くのも楽しんでいたのを覚えている。


「ま、向こう程機能が多いものがあるわけじゃない。

 竿はあるが、リールがないからな。河沿い、ああ、ある程度近くまで行けるから、それこそこういった丈夫な木材に糸を巻き付けるのを投げるだけでも十分だ。」

「成程。おすすめはありますか。」

「それだと、このあたりだな。まぁ、釣りに何を求めるかにもよるが。」


そういってミズキリはいくつかの竿を自分でも見ながら、オユキ達には、手持ちで扱える大きさの木片に、糸がまかれたものを渡す。


「形にこだわらず、釣り上げる事だけをと、それなら確かに、こちらのほうが都合がよさそうですね。」


トモエもそれを受け取って、軽く強度を確かめながら、ミズキリの言葉に頷く。

確かに、出先で、あまりかさばるものを運ぶのも大変だろう。


「おや、いらっしゃい。ミズキリさんの連れかい。」

「ええ。美味しい魚が取れる時期が近いと聞きまして、こうして道具を選んでいただいています。」

「ああ、そりゃいいね。うちでもいいが、近くの村で見繕うのもいいよ。

 ここからじゃ、あまり大きなものは持っていきたくないだろう。」


店主の言葉に、オユキは他にも気になる事を聞いてみる。


「魚の干物などもあるようですが、どちらがそれでしょう。」

「今出てるのは、どれも違うね。同じ河でとれるものではあるけど、メルルーサは今ないね。

 一年の限られた時期に、海から戻ってくるのを取るのさ。もう戻り始めてるって話は、先週に聞いたから、週明けくらいからが本番じゃないかね。」

「ああ、メルルーサなんですね、それは楽しみです。遡上するようなものではなかったと思いますが。」

「異邦人かい。こっちではするのさ。後は、そっちのより二回り位大きいとか聞いたね。

 味や身質は、こっちのほうが良いというものもいれば、美味しいが違う魚に感じるなんて言うのもいたね。」


トモエはすぐに思い当たったようだが、オユキは解らず、トモエを見上げると、直ぐに答えが返ってくる。


「鱈に似た魚ですよ。ただ身がしまっていますので、その分旨味も強く感じます。」

「ああ、成程、それは楽しみですね。」

「前に、フライで何度か食べたこともありますよ。ただ、鮮魚となると高級品と聞いていますね。」

「鮮魚はそれこそ、領主様や王都の人も求めるね。高級品で間違いない。

 揚げてよし、焼いてよし。癖が無い分、なにしたって美味いさ。

 他にも、この時期だと、パルゴやアレンケなんかも釣れるよ。」

「俺は、鯛、パルゴだな。それ狙いだ。真水にいるので分かるかもしれないが、俺たちにとっては、鯛ではなくティラピアだが。」


そして、ミズキリに店主も交えて、釣り具を選びながら、しばしまだ釣ってもいない魚をどう料理するか、そんな話を続ける。

そして、暫く後に、釣り具をそれぞれに買って、店を出る。

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