第19話 戦闘、それとも訓練

さて、丸兎のドロップはなんだったろうか、オユキはそんなことを考える。

しかし、オユキが丸兎を相手取ったのは、それこそ半世紀以上も前。思い入れのあるゲームであれば思い出せるだろうかと、そう考えながら、記憶をたどるが、やはりオユキはそれにたどり着けなかった。


「これは、少し狩り方を考えないといけないでしょうか。」


言いながら、トモエが地面に落ちていた、小さな魔石と、いくらかの硬貨、それと肉を拾い上げる。

ゲームの時代から変わってはいないが、現実となった今では、魔物が金銭を直接落とすという事に、オユキも首をひねってしまう。

何か、それを良しとする設定があったはずだが、それよりも、生肉が地面に転がることのほうが問題か、オユキもそう思考を切り替える。


「とはいっても、流石に何か敷物をして、そこにおびき寄せしとめるというのも、現実的ではありませんからね。」

「とすると、これは食用ではなく?」

「いえ、食用だったはずですよ。」


オユキはそう応えて、トラノスケを見る。


「ああ、食用肉だな。元の世界に比べれば、衛生観念が低いように見えるかもしれないが、実のところそうでもない。魔法があるからな。

 狩猟者ギルドに持っていけば、担当の職員が、処理して、清潔にしてくれる。

 もちろん常温で放置すれば、腐りはするが、それでも元の世界より長く持つ。」


トラノスケの言葉に、オユキもトモエもそういうものかと頷く。

元の世界であれば、宙づりにして、それこそ食品だからと、地面に接しないように気を付けるものだが、流石は異世界。

ゲームの頃であれば、そういうものと納得はしたが、現実となった今では、相応の理由があるようだ。

あまり設定の確認に熱心ではなかった、そんなオユキだから知らなかっただけで、ゲームでもそうであった可能性もあるが。


「では、次は私が。」


そういって、オユキはあたりを見回し、丸兎を探す。

そんなオユキにトモエが声をかける。


「どうしますか。武器はこちらを使いますか?」


そういって、血と油を落とす為に地面に突き立てられたショートソードを指す。


「いえ、どのみちこの体格では、ナイフ以外は、それこそ長刀、槍等先端重量の重いもの以外は、取り回しが難しいでしょう。

 ひとまず、こちらでやってみますよ。危なければ、助けは求めますので。」


オユキはそう答え、視界の端に丸兎がいるのを見つけ、そちらに近づいていく。

随分と短くなった手足は、オユキが思うよりも移動に手間取らせる。

そして、接近するオユキに気が付いた丸兎が、警戒をするように動きを止め、普段は垂れて、その毛皮に埋もれるようにしている耳を立てている。


オユキは緊張で意味もなく体が固まらないようにと、意識をして、体を柔らかく動かす。

さて、相手は丸兎、元のゲームであれば、それこそ一刀のもとに処理できただろうが、今のこの体では、下手をすれば体当たりを受ければ、体勢を崩すだろう。

それは防御の未熟云々よりも、単純に体重の問題なのだ。

オユキは、自分から手を出すよりも、そう考えて、丸兎に無造作に近づく。

そんなオユキをみて、御しやすいと思ったわけでもないのだろう、丸兎、その名の通りの毛玉が、一度沈む様にして反動をつけ、オユキに向けてとびかかる。

その直線的な動きに、オユキは体をひねり、足を運びその線から体を外す。そしてすれ違いざまに手に持ったナイフを振るい、丸兎に切りつける。

その軌跡は、オユキが思うよりも早く、鋭いもので、通り過ぎた丸兎は地面にたどり着く前に、その体を煙のようなものへと変え、いくつかの物品が、勢いのまま地面へと投げ出される。


その結果を確認して、オユキはひとまず息をつく。

もっと貧弱かと思えば、戦闘時にはオユキの体は想像以上に鋭く動いた。

確認を行ったときは、方をゆっくりと行い、それ以外には歩き、走り、跳んだり跳ねたり程度しか行わなかったが、オユキの思うよりも、恵まれた体であったらしい。


そうして、落ちている肉塊といくらかの硬貨を拾い上げる。

残念ながら、魔石は落ちていなかった。トモエに倣って、ナイフの地と油を落とそうとは思うが、そこらに突き立てるわけにもいかず、オユキはナイフを抜身のまま持ち、トモエとトラノスケの側へと移動する。


「思いのほか、体が良く動きました。」

「ええ、お見事でした。」

「相変わらず、変わった動きだが、それは、向こうで習い覚えた物か。」


かけられるトラノスケの言葉にオユキは答える。


「はい。向こうで少々嗜みがありまして。今のは入り身と呼ばれる動作ですね。

 口で説明するのは難しいのですが、相手の動線から体を外しながら、接近する、そういった歩法です。」

「歩法か、言葉として聞いたことはあるが、その程度だな。」

「まぁ、わざわざ習わない限り、耳にすることはないでしょう。

 それに、習わずとも経験で合理性を突き詰めれば至るようなものでもある、私はそう聞いていますし。」


そういって、オユキはトモエをちらりと見る。


「そうですね、もともと誰かが考えた物ですので。そういうものでしょう。」

「そういうものか。よし、問題もなさそうだし、次に行くか。

 それと、血と油に関しては、今後布くらいは持ち歩くほうがいいな。

 どれ、今はこれを使うといい。」


そういうと、トラノスケは彼が背負っている袋から、布切れを取り出し、オユキとトモエに渡す。

二人は礼を言って受け取り、それでそれぞれの獲物をぬぐう。

初期装備としてついてきた、小さな腰掛の鞄には、流石にそういった物の用意はなかったのだ。

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