第3話 新しい世界へ

月代は考える。

彼の妻は、年上で、余裕を持った実によくできた女性だった。

彼をよく支えてくれた、最愛の女性であった。


月代自身も彼女との時間を持とうと、結婚し所帯を持つ時には、ゲームを止めようか、限りある時間を使う先をともにいる相手と、そう考えたことがあった。

それを止めたのが彼女であった。

好きなことを楽しそうにやっている、そんな月代を愛したのだと。

子供ができたときもやはり、その問題に直面したが、彼女の答えは変わらなかった。


そして、先に亡くなる時も、年齢が上だからだろうか、その時にも笑って、嘆く月代を諭す。

そんな女性であった。


ただ、彼がどれほど彼女にゲームを勧めても、彼女が一緒に遊ぶことはなかった。

今は、楽しそうな月代の話を聞く。

何が面白かったのか、大変だったのか。どういった事が有ったのか。

そんな話を楽しそうに聞く、そんな人間が必要でしょう、と。


そんな彼らの子供たちも、やはりゲームを好み、おおいに遊び。

それを一歩引いたところで見守ってくれていた、そんな得難い女性であった。


月代は考える。

そんな彼女であれば、やはりあるがままに、通常の流れを選ぶのであろうか。

それに、特別遊ぶこともなかった彼女は、この選択肢が与えられたのだろうか。


そこまで考えて、月代は、それでは、この世界で輪廻の輪に戻ることを選ぼうと、そう答えようと口を開きかけた。

そんな時に、月代の都合のいい妄想であろうか。

彼女の声がふと、聞こえた。

いつもと同じ調子で。


「私は、好きなことに全力で、子供のようなところをいつまでも持っている

 そんなあなたが好きですよ。」


月代は、まさしく半生を捧げたゲームの世界で、その世界へ再び飛び込むと、そう口にした。

口にした後に、後悔が彼を襲う。

それこそ、これまでの長い人生、その中でも一番といっていいほどの物だった。己はそこまで独善的であったのかと、そんな衝撃を改めて強く受けた。

だが、選択を口に出した後、その後悔に反省し言いなおす時間など与えられなかった。


「そうですか。では、そちらへ。」


気が付けば大きな両開きの扉が月代の前には存在していた。先ほどまで確かに相変わらず機械的な女性と対面し座っていたというのに、今は立ち上がり、扉に相対している。

そして、月代にはもう興味がない、そういわんばかりにただお茶を楽しんでいる。

その扉の前で、しばらく躊躇う月代に、声をかけることも、視線を向けることもない。

もう選択は終わった。

さっさといけと、態度だけでそう語っている。


「お世話になりました。今一度、機会を頂けたことに感謝を。」


月代はそれだけを、女性に伝えて、扉を開ける。

これから先の自分の生涯は、二度目の人生は後悔が付いて回るものになるだろう。

彼はそう考えながらも、胸躍る何かを感じていた。


結局、聞こえた気がした声は、自分の妄想であろう。

何故ならこれは、彼自身が、もしくは他の多くの、かつてのこのゲームのプレイヤーが望んでいたことなのだから。

その選択は、どれだけ偽りで塗りこめたところで、望んでいる。

もう一度遊びたい。その本音を隠せるようなものではない。死の間際に、残したもの、先に旅立ったもの、それを思いながらも思い出し、もう一度と望んだように。


月代は意を決して、足を扉の内に踏み入れる。

そこはただただ白い空間で、あるべき道も、周りに見える物も。

全てが同じ色だった。

だが、月代はわかる、この中をどう歩けば、先に勧めるのか。

さて、自分は川を渡る代わりに、この道を歩き、これまでの事を反省し、後悔から解放されよと、そういう事なのだろうか。

そんなことを彼は考えながら、遂に全身がドアの中へと入る。


すぐに後ろからドアのきしむ音が聞こえ、それが閉じるのだと月代は気が付く。


「二度目の生も、二人でお幸せに。」


そんな声が聞こえるとともに、ドアの閉じる音がした。

慌てて月代が振り向けば、そこにはすでに何もなかった。くぐったはずの扉すら。


さて、聞き間違いだろうか。

それとも繰り返される都合のいい幻聴か。

そんな事を考え、月代は歩みを進める。


これからの楽しみよりも先に、これまでの事を振り返り、月代は何もない空間を歩く。

さて、将来よりも過去をこうして先に考えるとは、自分も本当に歳をとったものだと、そう思い、老衰でその生に幕を下ろしたのだから、年寄りなどという言葉も、もはや文字通り。

そんなのんびりした考えをもとに、月代は1時間ほど歩いたであろうか。


道端に誰かが座っているのが目に入る。

その姿はまだ遠く、月代は誰だかわからない。

しかし、自分を待っていたのだと、その確信は持てた。

重たく、節々が痛む体では、確認のためにと駆け足を行うことは難しかったが、心持、少し早いペースで月代は近づく。

ある程度近づき、その輪郭が誰かに似ていると、そう月代が考え始めたとき。


「あら。やっときましたか。ずいぶん待ちましたよ。

 待っている時間も、楽しいものとはいえ、今度ばかりは長すぎましたが。

 まぁ、まずはそれを誉めましょう。」


やれやれと、そういいながら立ち上がる姿は、月代はかつてよく見たことのある姿であった。

それこそ、数年前までは、何十年と、毎日のように。

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