七②

 翌日。

 里帆はリクルートスーツに身を包んでいた。今日は延期して貰っていた事務職の面接が行われるのだ。いつものように薄くメイクを施し、長い黒髪を後ろへと一本に束ねる。そうして身支度を調えた里帆は、


(行ってくるね、ラファエル)


 心の中でエデンにいるだろうラファエルへと声をかけ、家を出た。

 最寄り駅まで歩き、電車に揺られること三十分。降りた駅前は飲み屋のシャッターがまだ下りている小さなアーケード街の一角だった。里帆はそのアーケード街の中を、奥へと進んでいく。しばらく歩いていると小さな不動産屋の看板が見えてくる。ここが今日の目的地である面接の場所である。

 扉へと近付くと静かに自動ドアが開いた。中は思ったよりも広い造りになっている。


「いらっしゃいませ! どのようなご用件でしょうか?」

「本日面接の、三浦里帆と申します」

「三浦様ですね! 少々お待ちください!」


 受付の女性はハキハキと対応するとそのまま奥へと消えていく。里帆が出入り口から少し身体を外して立って待っていると、


「お待たせしました!」


 そう言ってスーツに身を包んだ、ぽっちゃりした体型の背の低い男性がやって来た。どうやらこの人物が、里帆の本日の面接担当者のようだ。


「さぁさぁ、どうぞこちらへ」


 男性はにこやかに里帆をパーティションで仕切られた一角へと案内する。そこには小さなテーブルとソファが置かれていた。里帆たちはテーブルを挟んで向かい合う形で座った。

 それから軽い自己紹介の後、面接が行われていく。時間にして一時間程の面接を終えてから、里帆は簡単な筆記試験を受けることになった。問題の内容は普段から里帆が神社の社務所内で事務仕事の時に使っている、パソコンソフトの内容だった。普段使っていることもあり、試験内容は難しくはない。


 トータルして二時間ほどを不動産屋で過ごした頃だろうか。筆記試験を終えて、しばらく待たされていた里帆の前に、奥から面接の担当者が戻ってきて言った。


「それでは、四月からよろしくお願いします!」

「いいんですかっ?」

「はい! あ、家探しの際は是非、我々にお手伝いさせてくださいね!」


 思わず出てしまった里帆の言葉に気分を害した様子もなく、担当はにっこりと笑いながら言ってくれる。里帆は胸がいっぱいになりながら、


「四月から、お役に立てるように精一杯頑張って参ります! よろしくお願い致します!」


 そう言って頭を深々と下げる。


「あと、お言葉に甘えて、また来週家を探しに伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」

「もちろんです! いつでもいらしてください」


 出入り口の自動ドアまで見送りに来てくれた担当と言葉を交わし、里帆は不動産屋を後にした。チラリと腕時計に目をやると、


(まだ少し、時間があるかな)


 そう思った里帆はアーケード街の中にある喫茶店へと入って、軽い昼食を摂ることにした。大通りから少し入った路地裏にあるこのアーケード街なら、車が突っ込んでくる心配もない。

 里帆は運ばれてきた料理とコーヒーを食べる。食べながらしきりに時間を気にしているようだ。


(ごちそうさまでした。うん、いい時間)


 里帆は心の中で手を合わせると、何度目になるか分からない時間を確認している。それから伝票を持って席を立つと、レジで会計を済ませ、ゆっくりと駅前の方へと足を向けた。

 駅前周辺まで戻ってきた里帆は、小さなビルの中へと入って行く。そこには申し訳程度に設置してあるエレベーターがあった。そのエレベーターを使って里帆は三階へと向かった。

 エレベーターの扉が開くと、そこにはアンティーク調の明るい照明に包まれている落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。


 ここは美容室だ。


 里帆は今日ここで髪を切るべく、昨日カットの予約をしていたのだ。

 扉を押し開くと、客の来店を報せるベルの音が響く。里帆は受付を済ませると、貴重品をロッカーへと預けてから案内された席に座る。目の前にファッション雑誌が並べられ、茶が用意された。そうしていると今回カットを担当してくれる美容師がやって来た。


「こんにちはー! 今日はいかが致しましょう?」

「この辺りで、髪を切って頂きたいのですが……」

「えっ? そんなに切っちゃうんですかっ?」


 担当の美容師は里帆が示した位置に驚いた声を上げた。里帆が示したのは肩に触れるか触れないかの長さだったのだ。長さにして三十センチは切ることになるだろう。

 驚いている美容師に里帆は笑顔を向ける。


「よろしくお願いします」


 里帆の笑顔と言葉に、担当の美容師も腹をくくったようだ。


「で、では、はさみを入れさせて頂きます……」


 担当の美容師は恐る恐ると言った風にはさみを入れた。そこから一気に髪を切りそろえていく。

 三十分ほどで腰まで遭った里帆の美しい黒髪が、肩の辺りで切りそろえられた。鏡に映ったスッキリした自分を見た里帆は、満足そうに笑っている。


「ありがとうございます」

「いえいえ。緊張しますね、こういうのは」


 カットを担当してくれた美容師からもようやく笑顔が見られた。

 それから里帆はロッカーから貴重品を取り出して会計を済ませた。

 まだ寒いこの時期は髪を切るには向いていなかったのだが、それでもバッサリと切ったのには里帆なりの理由があってのことだった。


 バッサリと髪を切った里帆はアーケード街から出ると、少し奥まった路地を歩いて行く。時々スマホで地図を確認しながら訪れたのは、閑静な住宅街の中にぽつんと建っていた教会だった。


(巫女の私が、まさか教会を訪れる日が来るなんてね)


 養護施設を出たあの日は思ってもみなかったことだった。むしろもう二度と、教会とは縁はないと思っていたし、縁を繋ぐつもりも里帆にはなかったのだが、


(これが運命というのならば、なんて不思議なものなのかしら)


 そう思いながら教会の敷居をまたぐ。

 それから靴を脱ぎ、教会の中へと入っていく。小さな町の小さなその教会は、中もこぢんまりとした印象を与えた。小さな長机が中央の狭い通路を挟んで列をなしている。その長机一台につき、三脚ずつ木製の丸椅子が置かれていた。

 里帆は中央に出来ている通路を歩くと、最前席のマリア像の前に座った。それから里帆はゆっくりと祈りを捧げるのだった。

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