三②
次の休みになった日。
里帆は早朝から精力的に活動していた。朝食の準備を行う前に洗濯機を回し、朝食を済ませた後の片付けが終わる頃、ちょうど洗濯機が回り終わったことを告げる。
十二月に入った外は冷たい空気に包まれてはいるものの快晴だ。里帆は洗い終わった洗濯物を持って外に出ると、ベランダの物干し竿に洗い立ての洗濯物を干していく。
「今日はなんだか張り切っているね、里帆」
バタバタと動き回る里帆の様子を見て、ラファエルが少し眠たげに声をかけた。里帆は洗濯物を干す手を休めることなく、
「今日は公共職業安定所ってところに行きたいの。新しい仕事を探すために、どんな職種が良いのか、相談したいの」
そう答えると、洗濯籠を持って室内に入る。そして洗面所に籠を置いてから顔を洗う。
着々と出かける準備を調えていく里帆の邪魔にならないように、ラファエルは部屋の隅に寄っていた。
着替えを済ませ、出かける準備が整った頃には、時刻は朝の八時を過ぎていた。
「じゃあラファエル。私、そろそろ行ってくるね」
「あ! 待って、里帆! 僕も一緒に行くよ!」
「え?」
家を出るためにラファエルに声をかけると、思ってもみなかった言葉が返ってきて里帆は面食らってしまう。
「一緒に来ても、楽しくはないわよ?」
「僕にとっては全てが社会勉強になるんだよ」
里帆の言葉ににっこりと笑顔で返したラファエルは、里帆の背中を押して玄関のドアへと連れて行く。
里帆はそんなラファエルの様子に、こっそりとため息をつくのだった。
公共職業安定所までは最寄り駅から電車に乗って三駅ほど離れた場所に移動しなければならない。そして、その駅から徒歩十五分ほどで到着できる。里帆は車はもちろん、その免許すら持っていなかったため、電車移動はいつものことだった。しかし、
「うわぁ……!」
傍らにいるラファエルはそうではなかったようだ。カードにチャージを終えて改札をくぐりホームへと降りると、ちょうど通過列車が通った。それを見たラファエルの目が輝いている。
「凄い音だね! 里帆!」
ラファエルは通過列車の音に両耳を塞ぎながら笑顔で言う。そんなラファエルに里帆は曖昧な笑顔を返すのだった。
ラファエルのはしゃぎようを見ていると、本当に現代人間社会に疎いのだろうなと、里帆は思うのだった。
そうしているとホームに電車が滑り込んでくる。里帆がそれに乗り込むのにならって、ラファエルも車内に乗り込んだ。平日のラッシュ時間は過ぎているものの、それでも車内は混み合っている。
「人間が、ぎゅうぎゅうだぁ……」
ラファエルが人波にもまれながら言うのを聞きながら、里帆は目指す駅まで立って電車に揺られるのだった。
駅に到着した二人はそこから徒歩で公共職業安定所を目指していく。町並みは里帆が住んでいるところよりも発展しているように見える。駅前も人通りは多く、背の高いビルが駅の周りを囲んでいた。
そんな駅前も珍しい様子で、ラファエルはきょろきょろと辺りを見回しながら里帆について歩く。
駅前を少し抜けて行った所に、目的地の公共職業安定所が見えてくる。里帆はその門をくぐると、小さな扉を開けて中へと入っていった。途中にある駐車場には既に車がいっぱい停まっている。ラファエルも里帆に置いて行かれないようについてきていた。
公共職業安定所の中は入って右手に受付カウンターが、左手には仕事を探すためのコンピューターが並んでおり、奥には職員に相談するスペースがあった。
そこそこ広い造りになっているはずの所内は、しかし平日の朝だというのにたくさんの人が受付カウンターや相談スペースにいるため、もの凄く狭く感じる。
中に入った里帆もまずは受付カウンターで登録するために、入ってすぐの右手の列に並ぶ。ラファエルは里帆の横でまじまじと所内の様子や、そこにいる人々の観察をしているようだった。
列が進み里帆の番になる。お世辞にも親身とは言えない受付の人から、事務的に利用に当たっての注意事項等の軽い説明を受けてから登録用紙に必要事項を書き込んで提出する。その後ようやく登録完了となった里帆は、コンピューターを使っての職探しとなるのだが、
(空いてない……)
コンピューターには全て人が群がるようにいて、使うことが出来ない。里帆は仕方なくコンピューターが空くのを待った。
「ねぇ、里帆。ここの人たちはみんな、仕事を探しているの?」
コンピューターが空くのを待っている間にラファエルが小声で里帆に尋ねてきた。里帆はそんなラファエルに無言で小さく頷く。ラファエルが他人に見えていない以上、声を出してラファエルの問いかけに答えるわけにはいかなかったのだ。
ラファエルもそのことに気付いたのか、それから先は里帆に話しかけてくることが少なくなった。
そうしているとようやく里帆が職業を探せる番になった。里帆はあらかじめスマホで職業を絞り込んでいた。やはり給与面を考えた時に、工場の求人が多く当てはまったのだ。それで里帆は迷わずに工場系の仕事と給与面ら求人を絞っていく。正直里帆は給与以外で気にしていることなどなかったのだが、隣から里帆の手元を覗き込んでいたラファエルに、
「里帆! 休み! 休みは大事だから!」
そう言われて苦笑してしまう。
とりあえず里帆はラファエルに言われた通り、週休二日にチェックを入れて検索を再開する。今住んでいる場所の周辺にも少しだが求人があり、それらをプリントアウトしてから相談スペースの列に並んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます