第30話 お前に相応しい男になるために(※ベネディクト視点)

 俺が初めてミスティ・オルランドに抱いた感情は、憧れだ。


 長い黒髪を揺らし、背筋を伸ばして凛と歩く姿や、仕事をテキパキとこなす横顔が男の俺から見ても凄くカッコよくて、思わず目を奪われた。


 俺は正直、恋愛にあんまり興味がない。

 愛や恋って「ナニ?」って感じだし、オンナゴコロはもっとわっかんねぇ。

 男とつるんでいる方が気が楽で、恋人を作るより剣を振っている方が楽しい。


 そんな自分が、初めて話してみたと思った女性はミスティだけだったんだ。

 彼女はどんな顔で笑うんだろう。どんな話をしたら楽しんでくれるんだろう。


 ガラにもなく、興味が湧いて仕方がなかった。


 平民の一般騎士である俺と、伯爵令嬢の彼女。

 話しかけるのも恐れ多いほど身分違いなのは、馬鹿な俺でも分かる。


 それでも、不敬だと言われても、俺は彼女のそばに行きたかった。知りたかった。


 やらないで後悔するより、やって後悔したほうが性に合ってる。


 だから、ミスティがモニカに絡まれているのを見た時、体が勝手に動いた。

 何を言われても一人で我慢して前を向く彼女の味方になりたかった。


 ミスティは強い。強いからこそ、一人になれてしまった。

 

 知り合ったばかりの彼女は見た目どおりツンとしていて、心に分厚い鎧をまとって他人行儀に接してきた。

 報道で知った彼女の過去を思えば、そうなってしまう気持ちも分かる。


 それでも、次第に彼女の心の内側が分かってくると、すごく優しい奴なんだなと思った。

 

 元婚約者を冷たく突き放すことも出来ただろうに、助け労わり、俺の夢を馬鹿にせず「素敵です」とキラキラした目で語る。優しくて、強くて、孤独な一匹狼。



「ベネディクト?ベネディクト。ベネディクト!」

「うおっ」

「ぼーっとして大丈夫ですか?具合でも悪いのですか?」


 いつの間にか物思いにふけっていたらしい。

 気付けば、視界一杯に広がるのはまさに考えていた女性の顔で、俺はなぜだか少しドキリとした。


 心配する彼女に向かって「大丈夫だ」と笑うと、彼女はほっとしたように表情を緩めた。

 もともと無表情な奴だから、緩めると言っても顔面の変化はほんの少しだ。

 それでも、最近の俺には、彼女の些細な変化を感じ取れるようになっていた。


 ミスティが俺の血豆だらけの手に包帯を丁寧に巻きながら、子供に言い聞かせるみたいに優しく諭す。


「怪我だけはしないでくださいね。あなたは一つのことに集中すると周りと自分が見えなくなるから、心配です。どうか、気をつけて」

「わかった」


 俺がぼんやり彼女を見ていたのに気づいたのだろう、ミスティは「どうしました?」と小首をかしげた。

 艶のある黒髪が彼女の白い首筋の上を流れる。


 首だけじゃない、腰も手首も、体全体が細くて小柄。そんな華奢で、触れれば折れてしまいそうな彼女が、俺のために必死になって戦ってくれた。

 俺のことを『大切な人』と言ってくれた言葉が、どれだけ嬉しかったか。

 こいつはきっと分かってないんだろうな。


 俺は彼女の手を握ると、吸い込まれそうなほど大きな赤い瞳を見つめ、決意を込めて伝えた。


「俺、この試合ぜってぇ勝ちたい」

「はい、あなたとお兄様の夢を叶えてくださいね。観覧席で応援しています」

「いや、そうじゃなくて。いや、実際違わねーんだけど。俺はずっと、兄貴のために勝ちたいと思ってた。でも今は違う。俺は、お前の隣に堂々と立てるようになりたい。そのために、自分のために勝ちたいんだ」


 ミスティは俺の言葉を正面から受け止めると、あいっかわらず不器用な笑顔を浮かべながら、こぶしを突き出してきた。


「信じていますよ、相棒」


 彼女の意外な行動に驚く。

 昔の彼女じゃ考えられない行動だ。


 ミスティは変わった。昔よりずっと強くて、明るくて、素敵な女性になった。

 

 だから、俺も変わりたい。

 相棒として恥じない男になりたい。


 ずっと兄貴の背中を追いかけるばかりの人生だった。

 けれど、もうそんな生き方はやめる。

 自分のために勝って、強くなるんだ。


 俺は真っ白で小さなこぶしに、自分のこぶしをぶつけた。


「やってやらぁ!ちゃーんと見てろよ!」

「はい!」


 こつんと当たった瞬間、体がかっと熱くなった。


 勝ちたいという思い、やる気、今までの努力、相棒としての誇り――全部を心の暖炉に放り込み、燃やす。

 

「行ってらっしゃい、ベネディクト!」

「おう、行ってくる」


 右手に使い慣れた剣を持ち、空いた左手を掲げてひらひら揺らして彼女に背を向ける。


 控室を出ると、試合会場である円形闘技場の中に案内された。

 入場した瞬間、聴衆が歓声をあげる。さまざまな人の大声が、まるで嵐のように巻き上がった。


 一陣の風が吹き、地面の砂が舞い上がる。

 視界が晴れた瞬間、目の前に対戦相手の男が姿を現した。

 

 自分より何倍も背の高い屈強な男だ。


(でも、全然負ける気がしねぇな)


 審判が片手をあげて「それでは――」と言い、双方に目配せして一拍おいたのち、勢いよく振り下ろした。


「始め!!」


 合図と同時に、俺は地面を蹴って駆け出した――。

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