第31話 最終決戦

「あともう少しです、頑張ってください」


 ベネディクトは順調に勝ち上がり、若手部門の最終決戦まで駒を進めた。

 

 最後の対戦相手は、ユージーン・ギャレットという名前の騎士だった。

 さっぱり整えられた金色の短髪に、涼やかな目元。周囲の噂によると、貴族家出身で幼いころから宮廷剣術を学び、神童と呼ばれていた人物らしい。


 その華やかな見た目と優雅な物腰から、ユージーン騎士は女性に大層人気があるみたいだ。


 今も、彼が入場してきた瞬間、私の周りに座っていた貴族令嬢たちが頬に手を当てて「ユージーン様、今日も麗しい。素敵ですわ」なんて熱いため息をこぼしている。


 私が座っている貴族専用観覧席では、ほとんどの人が貴族出身のユージーン騎士を応援していた。

 

 一般観覧席の方でも彼の人気は高く、特に女性からの声援がこちらまで聞こえてくる。


 ベネディクトは圧倒的不利な雰囲気だ。


(私がいます。私はあなたを応援していますよ)


 気持ちが伝わるように胸の前で手をぎゅっと握り締める。

 

 審判が片手を振り上げて、いよいよ最後の勝負が始まった。

 

 ユージーン騎士は宮廷剣術を学んできた基礎があるのだろう。素人の私から見ても動きが優雅で無駄がなかった。

 ベネディクトの攻撃をかわし、受け流し、一瞬の隙を見逃さず反撃に転じる。しなやかで流れる水のような動きに、周囲の貴族たちが「さすがだ」と褒めた。


 対して、ベネディクトの動きは粗削りで泥臭い。剣の振りもためも大きく、ユージーン騎士の反撃を何度も許し、どんどん体に傷を負っていた。


 剣術をたしなむ貴族たちは「なんだあの田舎騎士は。これはギャレット殿の勝利だな」と囁き合い、早くもユージーン騎士の勝利を確信している様子だった。


 観客の中には、すでに見るのをやめて外の空気を吸いに席を立つ人までいる。


(まだです。まだ、負けていません)

 

 人がどんどん少なくなる観覧席で、私は瞬きもせず試合の行方を見守っていた。


 ベネディクトはまだ諦めていない。目を見れば分かる。

 誰が何を言おうとも、諦めようとも、本人が勝ちを掴もうと努力しているなら、まだ負けたとは限らない。


 しばらく膠着こうちゃく状態が続いていたが、状況が変わるのは一瞬だった。


 よろけたベネディクトの隙を見逃さず、ユージーン騎士が鋭い突きを放つ。


 間一髪、体を捻ったおかげでなんとか直撃は回避できたものの、鋭い切っ先がベネディクトの肩口をえぐった。

 

 刃を潰してあるとはいえ、先端は十分鋭利だ。

 彼の肩に、遠目でも分かるほど血がじんわり滲む。


 痛みに顔を歪めたベネディクトが後ろに下がった隙を逃さず、ユージーン騎士が剣を振り下ろす。

 すんでの所で受け止めるが、傷を負った状態での力比べは圧倒的にベネディクトに不利だった。

 

 ベネディクトは上から押しつぶされる形で膝をついた。そのままじりじりと体が沈んでゆく。


「終わったな」


 誰かがそう呟いた。

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