第24話 告白

その帰り目白の七曲坂をルビは登っていた。子供のころの思い出から15年もたつ。思い出したくないことも含めて、今までここに来ることも無かったのだ。

「待った?」

後ろからヒロヤの声がした。いつもと変わらない優しい声だった。

「来てくれたのね」

「もちろんだよ」

「殺人犯の娘なんて書かれて、もう嫌いになっちゃったかと思った。」

「僕こそルビに悪いことをしたと思ってる。相手が僕じゃなかったらこんな風にはかかれなかっただろう」

「私・・ヒロヤさんと付き合えただけでも奇跡。両親はあんな死に方して、すっごい貧乏で施設に引き取られて、それなのにジュエリーデザイナーになりたいとか、ヒロヤさんを振り向かせたいとか、分不相応な夢ばかりもって。こんなときテレビドラマだったら、ヒロインは「私なんかって」身を引くのよね。それで、他の女性と結婚して遠くから幸せそうなのを見て涙を堪えちゃったりするのよね。それなのに私、こんなになっても夢をあきらめきれない。欲張りだってわかってるけど・・それでも本当の気持ちを伝えたくて」

深呼吸してから最後の言葉を繋げた。

「やっぱり、ヒロヤさんが好きです」


ヒロヤは節目がちの目を少し上げて、ルビを見つめた。いつもと変わらない優しい眼。何かを語りたそうな口元。だがヒロヤはルビをじっと見つめたまま何も語らなかった。自分自身のもどかしさを、もてあましているように硬く固まって、ただルビの瞳を見つめ続けていた。


「返事が聞きたいわけじゃなく、唯それだけ言いたかっただけ。おやすみ」

と呟いてルビは、駆け足で坂を降りた

(ううん、でも本当は返事を聞くのが怖いだけ)

ルビは小さな子供のように、涙をぬぐおうともせずただひたすら走り続けた。


やがて春のコレクションが近づき、翠とヒロヤ、チリエージヤがそれぞれペニンシュラでのコレクションの準備をはじめる。そんな折、デパートに納品する新作があがってきた。


「わあ、すごい!」

「今年のは出来がいいわね。とってもゴージャス!」

みんなの歓声が飛び交う。


「山越デパートのものですが」

チャイムの音がして、向こうで男が会釈をしている。

グレイのスーツに身を包んだ男性がはいってきた。今日は山越への納品日だ。

「あら、ご苦労様です。」

「商品を受け取りに来ました」

「ずいぶん早かったですね。夕方かと思ってた。」

「こちらに寄る用事があったものですから」

男は丸越の社章に手をやりながら、

「いつものものが、外販に出てましてね」

「今年の春の展示会用の商品です。すっごく出来が良くて自信作なんですよお」

とみほ。

納品書のサインをすると、丸越の社員はそれではこれで。お忙しいところどうも。

と帰っていった。

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