第19話 凱旋帰国
しかし有頂天で帰国したルビを待っていたのは、驚く内容の週刊誌の記事だった。
「パリでスタンデイングオベーション。新進デザイナー相馬翠。」
「相馬財閥令嬢 パリから凱旋帰国」
の大見出しがあちこちの雑誌に踊っていた。
「すごいわあ、翠さん、流石ねえ」
「私たちに秘密にしていて!相馬美術館のお嬢さんだったのねえ、あら、ルビちゃん」
会社に帰ったルビを見て、みほが無邪気に言う。
「ねえ、翠さんの記事が載ってるわよ。パリのシャイヨー宮殿でスタンデイングオベーションだったって」
いつに無く激昂しているルビを見てみほとテツは顔を見合わせる。
「どうしたの?」
やがてチリエージャに入ってきた翠を見て、猛然とルビは食って掛かった。
「翠さん、どういうことですか?。ショーで喝采を浴びたのは翠さんのネックレスじゃないのにこんなに週刊誌に。」
「あら、私には、私がデザインしたネックレスに対する賞賛の拍手に聞こえたけど。事実、こうして雑誌にもたくさん載ってるじゃない。」
「これは・・・何で?」
「雑誌に載っていることが、事実じゃないって言うの?・・・それに」
言葉を置いてから、翠は続けた。
「お世話になりましたけど、私、チリエージャを止めることになりました」
「えっ!」
「ヒロヤさんは、デザイナーデビューを果たしたけど、本来は社長になる方でしょう。これからは経営にも手腕をフル活用し無くてはいけないから、デザイン室を任せられる人間が必要だって。有本社長にスカウトされたの。次のコレクションでは、私の初めてのコレクションでエメラルドとブラックダイヤモンドのコレクションを大々的に発表することもきまったわ」
丁度入ってきた櫻子先生。
「先生。長いことお世話になりましたけど、今日で辞めさせていただくことになりました」
さっさと出て行く翠。
「先生!どうしましょう!」
慌てるスタッフをなだめて、櫻子はルビにいった。
「あのファッションショーで光を味方につけたのはルビ、見事な効果で観客を魅了したのは素晴らしかったわ。2人のデザイン勝負はあなたの勝ちね。でも後のマスコミ戦略は翠が勝ちよ。一足先に日本に帰り自分に有利なプレスリリースを作ってばら撒いた。おうちのコネもあるから太刀打ちはできないわね。プレスリリースって言うのは、私たちにとってとても重要なものよ。どう成功するかも大事だけど、それをどうアピールするかがその後のビジネスにかかわってくるの。それにしても・・」
櫻子はキッとルビを睨んだ。
「二人ともまったく「コラボ」の意味を理解していないわね!何のために二人でやったの。1+1を無限大にするのがコラボ。2人で争って勝ち負けをつけるのが美の世界じゃないわよ!」
「・・・」
ルビは言葉が無かった。
「仕事に競争はつき物だけど、こんなことが解らないのだったらデザイナーとはいえないわね!」
ルビは暫し絶句した。
「・・先生、おっしゃる通りでした。申し訳ありません!」
「だったら、怒ったり落ち込んだりしてる場合じゃないんだから仕事、仕事。さっさとやりなさい、チーフデザイナー」
「え?」
「あ、そうか・・」
テツとみほは納得する。
「また、私たち抜かされちゃったわけー?」
確かに、翠がいなくなればキャリアが短くてもデザイン室を任せられる人間はルビしかいない。
マンションに帰り仕事に打ち込もうとするルビだが、ヒロヤとのパリの夜のことが頭によぎって集中できない。あれから1週間もたつのにその後ヒロヤからの連絡はない。思い切って携帯に電話するが通信圏外だ。ヒロヤは本気だったんだろうか?
それともパリの素敵な夜の魔法のせいだったのかも・・窓の外には雨粒がガラス窓を伝って線を描いていた。苦しい、胸が苦しい。ルビは初めて感じる切ない思いに眠れない夜の長さをもてあましていた。
「逢いたい」
携帯に書いた文字が小さく写る。それでも其の文字は送ることなく、消されていくだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます