第6話 デート日和 その1

 映画館が入っているショッピングモールは、車で15分位の所に有るが……


「……やっぱり暑いな」


「うん。夏だしね!」


 日差しが強い中、バスを待っている。どうしてこうなったかと言うと……


 回想シーン……


「えっ、車で行きたく無い?」


 家の鍵と車のリモコンキーを持って、いざ出掛けようとした時、咲子は突然言い出す。


「そう!」

「バスでも行けるんでしょ。バスで行こうよ!」


 その様に咲子が突然言い出した。

 咲子いわく『車だと、ゆっくりおしゃべり出来ないでしょ!』の理由らしい。


 たしかに車通勤をしていると、休日でもついつい車を使ってしまう。

 公共交通機関が利用できる所は、利用した方が地球にも優しい? で有るが、やっぱり車の方が便利だから、ついつい使ってしまう。


(まあ、咲子がバスの方が良いと言っているからバスで行くか…)


 そんな感じで、バスで行く事に決まった。


「お父さんと2人きりで出掛けるのって、初めてだよね!」


「んっ……そうだな。初めてに成るのかな?」

「普段は真央と、大抵一緒だからな!」


「どう。嬉しい?」

「私と一緒に行動出来て!!」


 咲子は嬉しい顔をしながら聞いてくる。


「まあ、嬉しいと言えば、嬉しいが……」


「嬉しいんだ!」

「なら、腕組んであげる!!」


 急に腕を組んでくる咲子。咲子にとっては嬉しいのだろう。


「こらこら、只でさえ暑いのに、腕組んだら余計暑くなるよ…」


「でも、お父さん。口の割には解こうとしないじゃない~~」


「まっ、まあ……折角組んでくれたのを、解くのは悪いかなと思って」


 咲子はその言葉が嬉しかったのか、今度は体を『ギュッ』と密着させてくる。


「お父さん。大好きだよ!」


 そう言って咲子は、頬を俺の腕に擦りつけてくる。

 バス停にはバス待ちの人も居るのに、咲子は平気でやってくる。

 その人達は見て見ぬふりをしているが、このご時世……。止めさせるべきだろう…


「さっ、咲子」

「他の人が見ているから、ここでは止めなさい…」


「なら、家なら良いの?」


「まっ、まあ、家なら…」


「じゃあ、これは止める」


 咲子は頬を擦りつけるのを止めて、腕を組んだ状態に戻す。


「これは良いよね!」


「うん……」


 さっきから、主導権を握られっぱなしだ。


(ちょっと、甘やかせすぎかな……)

(だけど、折角来てくれたんだし、有る程度は自由にさせないと)


「あっ、お父さん。バスが来たよ」


「時刻表通りだが、俺にとってはやっと来た感じだな」


 体全体が汗でダラダラに成るほどでは無かったが、額は汗でにじんだ状態には成っていた。

 咲子は一見、涼しい顔をしていたが、顔はうっすら汗ばんでいた。


「あ~、やっぱり車内は涼しいね!」


 バスに乗り込んで、座席に座った途端、そんな事を言う咲子。


「でも、汗が引く頃には、降りなければ行けないがな」


「でも、お父さん。今度は歩いて数分で着くんでしょ!」


「ああ、さっきと比べて歩く距離は短いからな」


「なら、平気、平気」


 咲子は暢気のんきに車窓からの景色を楽しんでいる。


 ……


 バスに乗ってから約10分位で、ショッピングモール近くのバス停に着く。


「お父さん。本当にもう目の前だね!」


「でも、映画館は奥に有るから、少し歩かないと行けないぞ」


 と言っても、ショッピングモールと映画館は通路で接続しているから、店内を経由すれば快適に移動出来る。店内を歩き抜けて、映画館に向かった。


 映画館に着いた俺と咲子は、今チケット売り場に居る。

 どんな映画を見るかはまだ聞いてないが、そのチケットを買うために聞く。


「さて、咲子は何を見るんだ?」


「えへへ、これだよ!」


 咲子はニコニコしながら、チケット売り場の上に有る上映案内を指で差す。


「メリーと魔法の種。アニメか…」


「そっ。ちょっと気になっていたんだ!」


 数々のヒット作を作り出してきた。スタジオジゼル。

 子どもから大人まで楽しめる、長編アニメを制作している。

 俺も子どもの時から好きな所だが、最近はテレビ放映されても見ることはめっきり少なくなった。


「上映時間まで、少し時間が有るな」


「でも、チケットは買っておこうよ!」


「そうだな」


 今時のチケット売り場は、窓口の対面販売では無く、駅の自動券売機見たいな無人販売だ。

 ここの券売機も操作ボタン類は無く、タッチパネルで操作していくタイプだ。


(?)

(これ、どうやってやるんだ??)


 俺が券売機で固まりかけた所を、咲子が小声を掛けてくる。


「お父さん。私がチケット買っておくよ」


「ああ、すまんがたのむ」


 咲子に財布を渡し、俺は券売機の列から離れる。券売機は数台有るとは言えども、後ろを見ると待ち人は結構並んでいた。


(咲子が声を掛けてくれなかったら、後ろの人に文句は言われていたかも……)


 どんな物でも時が経つと、操作を忘れたり、その物自体が刷新されて別の物になっていたりする。今回はそれをもろに痛感した。

 俺は少し落ち込みながら、ロビーのソファーに腰掛けると、直ぐに咲子がやってきた。


「お父さん、チケット買えたよ!」


「ああ、ありがとう」


「はい。お父さんのチケットと財布!」


 咲子は映画のチケットと財布を渡してくれる。


「ごめんな咲子。券売機の前で戸惑って……」


「お父さん最近、映画館で映画全然見てないもんね!」


「そうだな……」


「誰でもそんな時は有るよ! 落ち込まない!!」


 咲子はそう言いながら俺の肩をポンポン叩く。何だか仕事でミスをして、同僚に励まされている感じだ。咲子は娘なのに……


「咲子は良く映画館に来るのか?」


「……お父さん。言おうと思っていたけど、映画館って今時はあまり言わないよ」


「そうなのか?」


「そうだよ。今はシネコンと言うんだよ」


「シネコン?」


「シネマコンプレックスだよ」


「今時はそういう風に言うのか!?」


「でもさ、咲子。友達に『シネコン行こうよ』とか言うの?」


「言わないよ。普通に○○見に行こうよだよ」


 咲子は少々呆れながら答える。


「だよな。だから、シネコンとかの横文字より、映画館の方が俺はしっくり来るんだ」


「あぁ、そうなんだ……」


 咲子は『わぁ、変なスイッチ入った』の顔をする。


「でも、昔ながら映画館なんて、昭和時代のドキュメンタリー以外で見たこと無いよ」


「ああ、言われてみればそうだな…」


 20代の頃……

 少し映画にはまった時期があった。はまったと言っても、月に1回位しか見なかったが……


 その時でも、もう映画館と言う言葉はあまり使われて居なくなっていて、今みたいな映画館(シネコン)が、郊外にあちこち出来はじめていた。

 実際、俺が月1回見に行っていた映画館もシネコンに近い状態だった。


「時代について行けてないのかな?」


 俺がそう呟くと……


「お父さん! 映画館の言葉だけで、カルチャーショック受けるもんでもないよ!」

「だって、応援派遣の人に為れるだけの仕事が出来るんでしょ! お母さん喜んでいたよ!!」


「ああ、確かに母さん喜んでいた『色んな手当が沢山付いてる~って♪』」


「そうそう、お金が一杯貰えることは仕事が出来ている事なの!」

「お父さんは、ちゃんと今の時代について行っているよ!!」


 言ってることは良く判らないが、咲子なりに励まそうとしているんだろう。


「ありがと、咲子」


 そう言いながら、咲子の頭を撫でる。


「あっ///」


 昨晩みたいに嫌がるかなと思ったが、今回は嫌がらず素直に撫でられている。

 頭を撫で終わると、咲子が小声で言う。


「私、本気になっちゃうよ///」


「えっ!」


 その時、タイミングが良いのか悪いのか、場内アナウンスが流れる。


「ただ今より、11時10分上映開始の、メリーと魔法の種の上映案内を開始いたします」


 上映案内。館内の席に入場出来る案内だ。


「あっ……」


 一瞬、咲子が寂しそうな顔したが、直ぐに『にっこり』と笑う。


「お父さん! 入れるって!」


「あぁ、じゃあ、行くか!」


「うん!」

「だけど、飲み物とか買っても良い?」


「良いよ。俺も何か買うつもりだったし」


「やった。私ね…コーラとポップコーンとフライドポテト。ポップコーンはLサイズ」


「えっ、そんなに食べられるの? お昼前だよ!?」


「お父さんはポップコーン食べないの?」


「食べるけど、分けるにしてもMサイズで十分じゃない?」


「Mだと分けたら少ないよ。だからLで大丈夫!」


 咲子は『それくらい平気よ!』の顔をする。


「まあ、大丈夫なら……」


 チケットのゲート付近に有る、売店コーナーで先ほどの注文をする。

 売店はさすがに対面販売でスムーズに買える。

 売店の人も『2人で食べるんだろう』と思ってくれて、何事もなく買い終える。

 受付の人にチケットを渡し、半券を返して貰い、俺と咲子は館内に入った。

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