第17話 決着

 馬車の外観からおおよそかなりの身分の人物が所有しているものだということが分かった。


 こちらの目の前で止まり、馬車の扉を御者の男が開けると金髪と白髪が混じった壮年の男が出てきた。

 質実剛健を絵にかいたような体に、切り株の年輪にも似たしわが顔には刻まれている。


「リラミネイト様、この度の一件なんと詫びたらいいのか。我が愚息がとんでもないことをしでかしまして」


 男は馬車から降りるなり、リラさんの前で頭を地面に埋めるような勢いで下げた。


「チャーリー様、あなたのせいではないというのにそんな。頭をお上げください」


 リラさんは慌てた様子で改まった口調になり、目の前の男性に向けてを頭を上げるように促した。

 それでも男性は頭を上げずに額を砂地の地面にこすり付けている。


「あなたを罠に嵌めただけでは飽き足らず、命をまでをも狙おうとするとは。この老いぼれの命を詫びに使おうともまだ足りませぬ。我が私財をあなた様に捧げ、うちの愚息と剣士崩れを奴隷としてあなた様に仕えさせましょう。ですからこのことは国際問題として告発することは何卒のご勘弁を」


「父上あんまりです!」


「王様、私は何も悪くないんです。私だけはお許しください!」


「私はリラミネイト様と話している……! 言葉を慎め……!」


 男性が申し出た内容に対して、二人が金切り声を上げると、男性は取りつく島のないような冷めた声音を二人に向けて叩きつける。

 その声を聴いた二人は委縮したように縮上がった。

 いきなりアゲハの口から国王という言葉を聞き、どこかで信じられないような感覚があったが、この国頂点に近い二人の様子を見て確かに目の前に居る人が自分の国の王であることを確信した。

 自分の目の前で想像以上のことが起こっているのだということをすぐに直観した。




「そんなそこまでのことをさせるわけには。それに私はもうここで新たな生活を始めると決めておりますので家との関係はもうないようなものですし」


「そういうわけにはいかぬのです。このことの収拾をつけるには誰かが責を取らねば」


「そうは言いましても」


 リラさんは国王の言葉に言葉を詰まらせる。

 お互いが譲らないゆえに、平行線だ。

 このままではどうやっても解決には至らないことは明白だった。


 リラさんが冤罪があったこととすべてのことは今あそこで倒れているあの男――おおよそ王子が裏で手を引いていたのが原因だろう。

 だがあそこの王子は曲りなりにも勇者で有事の際の抑止力として各国の間で通っている。

 それが権力を乱用する馬鹿だと知ったら他の国はこぞってこの国まで攻めてくるだろう。


 それを露呈させない形でリラさんの処刑が実行されたことと、チャールズの暴走をこじれない形で処理しなければならない。

 常道で言えば、すべてを認めて真摯に責を取る形のチャールズの父親の対応が一番いいが、リラさんは調停の為に生家に何年か監禁され、この国の新たな抑止力として僕の身柄を嫌が応でも拘束しようとする勢力が現れる可能性が高い。


 流石にそんな事情に巻き込まれるのは避けたい。

 出来るだけ穏便に解決に向けて出来るだろうことは用意出来ないだろうか?


 そうすればこの二つの国はともに被害者ということになり、罪のありかはうやむやになる。

 万事問題は解決できるはずなのだが……。


 一考して無謀だと考えたが、自分のできることと照らし合わせて問題の解決方法を考えていくと、一つの案が浮かんだ。


 荒れ地の上に出来るだけ荒廃したイメージを前面に押し出して大きなベースキャンプの群れを作って、そこを2つの国を攻撃した小国とするのだ。

 こうすれば、スケープゴートを盾にして両者の確執をうやむやにできる上にむしろ2つの国の中を取り持つことが出来る。


 大量のベースキャンプが必要になるため、僕がしばらく忙しくなるがそれ以外に特にデメリットもない。

 リラさんもここにも居られてチャールズ達がしでかしたこともうやむやに出来る。


「提案と言っては何ですが、僕が仮想敵を実際に建造してそれにすべての問題を押し付けるのはどうでしょうか」


「仮想敵? 君は一体何を言ってると言うんだ。君が言ってることは二つの国を攻撃する国家を一つ作り出すということだぞ。そんなことどうやってやるというんだ」


「あれを見てください。あそこにある目新しい建造物は全て僕が午前中に組み立てたものです」


 俺は先ほど村人たちの為に組み立てたベースキャンプを指さして、国王に向けて見せる。国王は驚きに目を見開くとともにこちらににじり寄ってきた。


「――君が想定している仮想国を作るとしていくらかかる?」


「3日から一週間です」


「そんなに早く? あれほどのものがか。もしよければ私の所で、砦を作る気はないか……」


「国王、僕は国際問題に発展することを食い止めるための話しをしているんです。この国の軍備は今関係ありません」


「そ、そうだったな。わたしたちは国際問題の一点について話していたのだ。すまない」


「いや、特に問題はありませんからそんなにかしこまらなくても結構です。ただ――」


「ただ……?」


「これだけは約束していただきたいんです」


「何かね?」


 僕がそこまで言うと国王は喉を鳴らして、幾分か緊張と警戒をはらんだ様子で鵜穴がしてきた。


「リラさんに行ったことに対してこの二人にはきっちりと償わせてもらうことを。出来るだけ彼らの罰になるだろうことを彼らに与えてください」


「ああ、もちろんだ。この馬鹿息子にはそれ相応の罰を受けさせることは決定している。それも生きるのをあきらめたくなるほど重篤にしたものを」


「……」


 国王の真剣みを帯びた表情を見ると僕はこの人に頼んで大丈夫だろうと確信した。


「ええ、分かりました。その内容にしてもらえるというなら僕に関して言えば何も言うことはありません」


「待って」


 僕が承諾の意を伝えようとすると高い声がそれに待ったを駆けた。


「ハリボテだけを用意するにも相手側にしては人っ子一人っ兵ないのでは、胡散臭いこの上ないだろう。ハリボテの中は私が用意してやることにしよう」


「どうやって――」


 賢者に対して質問しようとすると、彼女が天域で使っていた戦術について思い出した。

 おそらくよみがえらせた死人を使って彼女は兵士を作ろうと考えているのだろう。

 そうすれば実質的には誰も傷つけないことになる。

 そこまで考えると彼女が協力してくれるのが一番いい選択肢ではないかと感じた。


「代わりにこっちには何を要求する気ですか?」


 こちらがそう訊ねると彼女はしたりといった感じで頬を緩めた。

 緩めた頬から時折見える白い尖った犬歯がいたずら坊主のような印象をこちらに与える。


「そうだな。君に要求するのは勿論ベースキャンプの件だ。出来るだけもっと私が住みやすいように改造してほしい。あらゆる衝撃や魔力の波動を吸収できるような実験施設。余暇を過ごすためのものも設けてほしい。それに大量の資料を収められる部屋もだ」


「そんな過大な要求を呑む必要はないわよ。私がゴーレムを作れば間に合う話ですもの」


 リラさんはそんな賢者の要請を跳ねのけて無利子でこちらに力を貸してくれることを表明してくれた。

 無論こちらも貸してくれるのなら無利子の方がいいし、リラさんとは協栄関係を築いているのでこれで貸を作ってもすぐに返せるのでとてもいい。


「じゃあ、賢者さんには申し訳ないですがリラさんに御願いします」


「今回もくそもないであろう。形式的に言ってるだけということを私は知っているぞ」


 賢者はジト目でこちらに語りかけてくる。

 子供に自分のアラについて指摘されているようでとても後ろめたい気持ちに捕らわれる。

 昔から子供が帯びている理不尽な善性てなんなんだろう。


「決定は決定ですから文句はいわないでくださいね賢者様」


「うぬ!!?」


 まるで後ろから信じていた配下に裏切られたような顔をしながら、賢者が堪えられぬといった顔をしてうなる。

 声が渋い。


「これで決定ということでよろしいですかな」


「ええ、決まりました」


 僕の返事を最後にことは決した。


 後日、僕は一週間かけて国レベルのベースキャンプを用意して、そこにリラさんが用意したゴーレムによって国もどきが完成すると、国王から両者の国としての敵国としてこのハリボテの国が俎上に挙げられ、大魔術による遠隔からの魔法攻撃という形を取って葬り去られた。


 その後、勇者であるチャールズとアゲハはギアスロールで二十年の間、奴隷として苦役を命じられることが決まった。

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