第6話 目標

 『神域』。

 世界を踏破したといわれる賢者ローシャンのおとぎ話に登場する伝説のダンジョン。

 おとぎ話の中で気難しいローシャンがまさに天国のようだとほめたほどの美景をいただく天上のダンジョンであり、戦いを誉とする強者たちが最後に辿り着く場所だとされている。


 僕は今そのダンジョンを攻略している。


 オークブレイブ

 ――すべてのオークの頂であるオークキングの更にその上を行く個体。100年に一度という頻度でしか誕生しない。

 スキル《ブレイブクラブ》

   《聖震》


 強者たちにモンスターも含まれるというのなら、こんな仰仰しい名前のものがいることも特段不思議ではない。

 僕は拳を固めてオークの懐に飛び込むと、オークに気付かれる前に顎に一撃入れる。

 するとオークは揺らいでたたらを踏むかと思うと、地面が大きく揺らしてこちらの体重のバランスを崩してきた。

 おそらくこれがスキルの欄にあった『聖震』だろう。


 次いで彼はこちらが動けないのを狙い済ましたように棍棒をこちらに向けて振り落とす。

 淀みなく流れるような動作だが、ベースキャンプで強化の掛かった僕にはそれがひどく遅く感じられる。

『聖震』によって乱れた態勢を修正するとカウンターとして懐に潜り込んで再度顎に向けて一撃を入れる。

 骨が砕ける音とともに血が飛んだ。

 懐から抜けて再び攻撃しないか警戒すると、オークは泡を吹いて倒れた。


ーー聖震が厄介だった。なるべくスタン系統の攻撃には気をつけなければならないかもしれない。


 その様子を確認すると体の中に向けて経験値が流れ込んでくる。


 ――レベルアップ! レベル2→レベル3!


 レベルが上がった。

 今まで一度も変化したことのなかったレベルに変化があったのがこれで2回。

 自分で討伐するとこれほど効率よくレベルアップできるとは思ってもいなかった。


 噂でパーティーでモンスターを倒すと全員に分散されて一人の取り分が小さくなると聞いていたこともこれほどまでのギャップを感じたことに関係しているだろう。


 オークブレイブの毛皮

レア度:星5⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 ――ゴワゴワとしたオークの毛皮とは思えない毛並みの良さをした純白の毛皮。

 効用……気力持続回復(特大)


 オークブレイブの棍棒

レア度:星5⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 ――荒々しく表面が削られた棍棒。オークブレイブのカリスマの残滓のようなものが宿っている。

 効用……テンションアップ(特大)


 これほどの効用を持っている上位のモンスターから経験値を得ていることもやはり関係があるのだろう。

 正直進むごとに経験値も効用のいい素材ももらえるのでいいことばかりだが、ここから難易度が上がることを考えると気を引き締めなければならない。

 僕にとっていい循環が出来ているとは言えど、こちらの戦闘経験が薄く、けが人が居るという状況は変わりがないのだから。



 オークブレイブの素材をはぎ取ると手が埋まってしまったので元来た道を引き返していく。

 ベースキャンプがあるだろう場所に至ると確かにそこにある事を確かめるためにノックする。

 するとかかっていた幻惑が解けて、ベースキャンプが姿を現した。


 これはエンジェルクインとエンシェントゴブリンの素材で補強したことで、得られた『幻惑』と『隠密』の効果だ。

『幻惑』はベースキャンプを見る対象に幻覚を見せ、『隠密』は対象の気配を隠す効果を有している。


 これらのおかげでベースキャンプを襲撃される心配をせずに攻略をすることができるようになった。


「調子はどうですか? リラさん」


 ベースキャンプの幌を捲ると危篤状態から回復した魔女――リラさんに言葉を投げかけた。

 青白かった頬は赤みを取り戻し、胸に走っていた大きな傷口は跡形もなく消えたが、まだ彼女は全快ではない。


「体自体の調子はすっかりいいわ。でもやっぱり魔力が操れない」


 リラさんは何かしらの魔法を試したのか、手のひらで魔法陣の光を散らせると手の甲に書かれた歪曲した×印を見つめた。


「胸を刺されたときにそういう効果を帯びたスキルを喰らったのかと思ったけど、どっちかというとこれが原因みたいね」


 彼女の口ぶりからして何かしらの意味のある刺青のようだが、俺にはそれがどんなも意味を持つのか理解できない。


「ああ、そうだ。あなた知らなかったわね、これの意味」


「これ罪人の証よ」


 こちらの困惑を読み取ったのか、リラさんはあっけからんとした口調でそう言った。

 態度は全く普通だったがリラさんの頬の血色がわずかにだが確実に悪くなるのが見えた。


「許婚の幼馴染に好きな人が出来て、邪魔になったからってことで、嵌められてこれを付けられる羽目になったわ」


 おそらく彼女が今話しているのは貴族の世界のことだろう。

 普通の家庭では許婚の約束ではここまで話はこじれない。

 それにしてもひどく理不尽な話だ。

 全て彼女に落ち度はないというのに、なぜ彼女が命まで奪われなければならないのか。

 強欲の代償を負わせて、今頃ほくほく顔で居るだろうその件の許婚に対してひどく腹が立つ。

 こんな理不尽は許されてはいけないだろう。


「その許婚は報いもしくは償いをさせるべきでしょうね」


「報いと償いね。私にはあいつに復讐する義務があるということかしら?」


「義務ですか? どちらかというと権利のような気がしますが、禍根を残さないようにと考えれば義務ととることも出来るかもしれません」


「じゃあ、私は復讐しません。もう誰かの都合や辻褄合わせで何かをやらされるのはごめんですもの」


 そう言うとリラさんは顔の前にかかった髪を後ろにやり、血色の良くなった頬をこちらに見せた。

 実に晴れやかな表情だ。

 不覚にも少しだけドキリとした。

 前を向いている彼女はどうしようもなく美しい。


 どうしてこれほど輝いて見えるのだろうか?


 復讐を拒んだ高潔さ?

 過去の事に見切りをつけた潔さ?

 苦悩していたとしても笑顔を浮かべられるような余裕?


 頭の中で並べたててみるがどれもしくっり来ない。

 じゃあなんだというのだろうか。


 彼女の晴れ晴れとした青空を映しとったような笑みを見ることでその答えがははっきりと心の中で浮かんだ。


 きっと常人ならば、捕らわれてしょうがない名誉欲、怒り、恐怖に飲み込まれず、それを逆に飲み込み、あまつさえ自分らしくあろうとする彼女の在り方なのだろう。

 その優しい唯我独尊に僕は憧れを抱いたのだろう。


「私は私の好きなようにさせてもらう事にするわ。……手始めに錬金術師なら誰もが持ってるていうアトリエから作らせてもらおうかしら」


 その言葉を聞くと彼女へのイメージが固まり、一つの言葉が浮かんだ。

 不惑。


 誰にも平穏を揺るがせられず、ただ自分の進みたい道にまっすぐ進む。

 それが彼女の在り方なんだろう。

 どうしようもなくまだ何をしたいのかはっきりとわかっていない僕には彼女のその在り方がどうしようもなく美しく感るのだ。


「アトリエですか、いいですね」


 気付くと本心から彼女の言葉を肯定していた。

 無論独り立ちした錬金術師がまず最初に掲げるものであって、駆け出しである彼女がそれを言うのは否定すべきものではない。

 だが彼女が言ったからこそ自分は肯定したのだという確信があった。

 彼女と接していると確かにパーティーでは感じなかったカチリと何かがかみ合うような感覚があるのだ。

 どうにもその感覚が僕にひどく彼女を肯定しようとする意志を与えているようだ。


「私だけ語るだけ語らせられてひどく不公平な気がするわね。あなたはここを出たら何をするの?」


 リラさんの問いかけにその先のことなど考えていなかったことに気づいた。

 僕はもしここから出られたらどうするのだろう?

 アゲハたちとの衝突で冒険者稼業は懲りたので、冒険者を続けないことは確かだがそれ以外は全く決まっていない。


 強いて言えば今起こった事の復讐があるかもしれないがしてもしょうがないことは分かりきっている。

 じゃあどうしようか。

 ベースキャンプ作成しか出来ない僕には冒険者以外の選択肢など存在しないと言っても過言ではないが。


『大きくなったらお前が宿屋を継げよ、ユウタ』


 頭の中から何かないかと懸命に探し出していると不意に頭の中でそんな父の言葉が再生された。

 家もなくなり、毎日生きることだけに必死だったこともありすっかり頭の隅の奥深くに追いやられていたそんな言葉だ。

 不意に思い出しただけだがこれを果たすのも悪くないかもしれない。


 ベースキャンプ作成で出来るだけ宿屋をイミテートできれば、出来ない話ではないことではなさそうだし。


「そうですね。父に宿屋を継いでくれて言われてたので一念発起してやろうかと考えてみます」

 

「いいじゃない。アトリエと宿屋。近くで居を構えれば大繁盛すること間違いなしね」


 俺の言葉を聞くとリラさんは顔をほころばせて、未来に対する展望を語った。


「脱出できたら僕たち億万長者ですね」


 本当に悪くない未来だ。

 ここで終わるかと半ばあきらめていたがその夢だけを追いかけるためだけに攻略するのも悪くないかもしれない。

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