魔法使いと最悪な弟子達
@agohigeKYM
序章
プロローグ
そこは花園。そこは儚い人々の夢。そこはかつて彼の王が目指した果てなき理想郷。花は咲き乱れ、小鳥は歌い、清らかな川が流れ、太陽は熱く輝いている。
まさに、理想郷(アヴァロン)。
そんな空間の中に、ポツンと置かれた白い塔。高さは実に500メートル。東京スカイツリーを超える大きな塔だ。
それは現世を見守る為の監視塔であり、この世界の全てをまとめた大図書館塔であり、
とある人物を閉じ込めておく為の幽閉塔である。
「1567……1568……1569………1570……ふわぁぁ………15…………何だっけ?あぁもうあくびしたから忘れちゃったじゃんかよ。はー」
幽閉塔のバルコニー。そこでだらしなく寝っ転がり、天井のシミを永遠と数え続け、しぶとく、堕落した怠惰を貪るような生活を送る女の姿がそこにはあった。
私だな、それ。
記念すべき356回目の天井のシミを数える作業が途切れてしまった。どこが356回が記念すべきなのかって?私も知れねぇよ!!
あーなんか萎えた。ガチ萎えた。暇だー暇過ぎるよー。今日はもう昼寝10時間くらいしたから眠くないんだよぉ。天井のシミを数えるのも飽きたし。
花園の花の花弁を数えるのはー前やったしー?『千里眼』で物質の原子とかみれねぇかなーって限界まで見た作業は無駄だったしー。
何か、成果になることがしたい!!1000年以上引き籠もってりゃ労働が恋しくなるわな。別に好きでヒッキーしてる訳じゃねぇよ。私は悪くない悪くない悪いのはあの教会の奴らだよクソが。
おっと失敬。乙女がクソなんてはしたない言葉使ってはいけない。
はーにしてもマジで何する?本格的にやることがない。いつもだけど。
唯一遊び相手をしてくれたキャスパリーグもいつの間にかここ脱出していたし。マジでアイツふざけんなよ誰がここまで世話してやったと思ってんだ化け猫の分際で!ご主人様ほっぽいて現世に行くとは何事か!?
きゅー。マジで暇であります。…………仕方ない、現世覗くか。
『千里眼』とー…………
私はスッと目を閉じた。『千里眼』とはその名の通り、遠くの物を見ることができる力。よく超能力とかであるやつ。しかーし、私の千里眼がそんじゃそこらの千里眼とは訳が違う!!
この途方もない時間、鍛えに鍛えまくったこの千里眼なら、なんと地球の反対側まで見えてしまう!!イギリスの反対側だから……ニュージーランド?の気になるあの子のあれこれすらウォッチングできてしまう!!
しかしこの千里眼。欠点が1つある。目がめちゃくちゃ疲れるということ。一分とか二分くらいならなんともないんだけど、長時間使ってたり、遠くを見ようとすればするほど瞼が開かなくなるほど疲れる。
目薬必須な千里眼なわけだ。目薬なんか持ってないけど。
なのでここ最近は長時間長距離の千里眼は封印していたのだが、暇すぎるのでここで使う。
さーてさてさてどこを見よっかなー。今だと何があるっけ……適当に、そうだな。日本とかでいっかー。
うひょー相変わらず科学に染まってんね。前見たときよりもビル増えてるじゃん。ん!?あの空飛ぶ車カッコいいな。制作会社は………あーなるほどあそこか。
え?驚くとこそこじゃないだろって?もっとツッコむ場所があるだろって?
今の世の中じゃ空飛ぶ車なんて普通だよ普通。トラックで荷物運んで人が一つ一つ荷物運ぶ時代とか、古いよ古い。ノンノンノン。今の時代はやっぱ宅配ドローンだよね。
自動運転だから操縦なんかほとんどしなくても大丈夫。ポテチ食ってアクシデントが起こらないから見守るだけで金が入ってくる。
あー私も宅配ドローン使ってみてーよー。最近発売したゲームやりたーい。何だっけ?QSファイブだっけ。
もう千里眼で横からプレイする人を眺めるだけのは嫌!私も遊びたい!!
まぁそんなこと嘆いてもどうにもなんないんだけどね。最高潮の『魔法使い』である私が何年かけても出れないこの幽閉塔。
現世とは切り離され、誰もいないし見る物といったら花園くらいしかないつまらない空間。現世では楽園だとか理想郷だとかもてはやされてるけど、マジで何もないからね?もう慣れたからいいけど、普通の人がこんなところにずぅーっといたら気狂うよ?
そろそろ愚痴を吐くのも辞めるか。何か面白いものーなーいーかーなー?
おっ、かわい子ちゃんみっけー。ぐへへへへそんな無防備な格好しちゃって、いくら君が圧倒的パンチラ防御力を持っていたとしてもお姉さんの千里眼には敵わない。
真下からじろじろと観察することができるのさ!君は気付くことさえできない!へへへ、やっぱJKはいいなぁ。
…………何を言っているんだ私は。久しぶりにのおにゃのこ(女の子)に少しばかり興奮してしまった。反省反省と。
というか第一、私が女好きなのは私のせいじゃないし。いや、正確に言うと『私』のせいであって私のせいじゃないというか………。
あー『私』のことを考えてると頭痛くなってきた。考えたくもねぇよあんなやつ。
「呼んだかね?」
呼んでねーよばーか。さて盗み見、ゲフン、観察の続きに戻るとするか。今の日本じゃ何が流行り何だろう。
私だって今を煌めく乙女、流行りを取り入れるのは当然なのだ。前見たときはえーと………タピオカ?だったっけ。あのカエルの卵みたいなやつはあんまり好きになれなかったなー。だって見た目がなんか変だもん。
「おーい聞いてるのかねー」
あ、でもミルクティー自体は飲みたいかも。私は食に飢えているのだ。そりゃあ1000年以上飯なんか食ってないもん。食べる必要すらないし。
私もいつかお寿司とか食べたいなー。ピザとか、パスタとか、それとそれとー。
「僕が来たんだ。完全スルーはないんじゃないかい?」
おっと、叶わぬ幻想を妄想するほど悲しいことはない。私は囚われの身。この幽閉塔からでることは許されないのだ。
「うん。出してあげるから話を聞けー」
なんか人の声がした。………ついに幻聴でも聞こえたか?にしては随分と明確な発音だったし、耳から受け取った感覚がある。………オイオイ嘘だろ。まさか、えぇ!?こんなところに人が来れる訳がない。ここに来れるのはアイツしかいない………
私は震える体を動かして、そっと後ろを振り向いた。
「やぁ、やっと気付いてくれたね。久しぶり、『僕』」
「――――なんでここにいるんだよ。『私』」
######
昔々、まだイギリスがブリテンだとか言われてたころ。ざっと1600年以上前。とある二人の男女から一人の男が生まれた。父は人間、母は人の夢を食らう『夢魔』、インキュバスともと呼ばれる悪魔で、その男は人と夢魔のハーフだった。
名を、マーリン。アンブロジアス・マーリン。
彼は夢魔と人のハーフなので、将来悪に堕ちるのではないかと危惧されていたが、母が幼い頃に教会へ連れて行き、洗礼を受け悪を削ぎ落とした。
彼は後々あの有名なアーサー王に仕え、様々な予言、助言をした高名な『魔法使い』として伝説に語り継がれていくのであった。
しかしそんな彼だが、末路はなんともマヌケというか自業自得であった。女好きとしても知られる彼は、とある一人の女性に恋する。マーリンのウザったいアプローチに飽き飽きした彼女は、マーリンを岩の下までおびき寄せ生き埋めにしたという。(諸説あり)
ところで話は変わるが、彼が幼い頃に削ぎ落とされた『悪』はどこへ行ったか。答えは、削ぎ落とされた『悪』は人の形を取り人々の夢を食らう悪魔、『夢魔』そのものとして現界してしまったのである。
悪の要素から生まれたその『夢魔』を人々は恐れ、とある幽閉塔にそれを閉じ込めた。
名を、幽閉塔(アヴァロン・オブサーブ)。
夢魔は神聖な力でないと殺せない。
しかし神聖な力など人々には持ち合わせていなかった。だから、閉じ込めた。楽園とも言える現世から切り離された神聖なる空間、理想郷(アヴァロン)に閉じ込めておくことで自然消滅することを期待した。
で、その夢魔が私ってわけでーす。そうでーす私悪い悪魔デース。
「はっはっは。悪い悪魔だってさこれがはっはっは」
「せめて笑うなら感情込めて笑わない?」
「私に感情というものはほとんど残って無くてねー残念ながら。残ってるのは人が苦しむ様を見て楽しむ愉悦の心くらい?」
「こんの人でなしが」
「褒め言葉にしかならないよ。はっはっは」
目の前の男は表情だけ笑って声は笑っていなかった。私はこの黒い男をギロリと睨みつける。
「で、なんで生きてんのお前。生き埋めにされたんじゃなかったっけ」
「僕が生き埋めにした程度で死ぬわけないだろう。ま、脱出するのにかなり時間はかかってしまったがね。さて、感動の再会で積もる話はあると思うがとりあえず置いておこう」
「お前、さっき幽閉塔(ここ)から出してくれるつったよな。それは本当か?」
「僕は嘘をつかないよ。あぁその通りだとも。君の悲願を達成させようと思ってね」
「嘘つけ。どうせ何か企んでるんだろ。お前は私だから考えてることくらい分かる」
「ご明察ー☆流石に僕だね」
男は指パッチンをして下手くそなウインクを飛ばす。ウゼェェェ。
「まぁそうイライラしないで真面目に聞いて欲しい。僕は君をここから出してあげる代わりに、とある事をしてもらいたいんだ」
「………とある事?」
「単刀直入に言ってしまうとね。『魔法使い』がこの世から一人残らず消されてしまったんだ」
「……………………………………………………」
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?
「おま、ちょま、え、は?まてまておちおちおち落ち着け………」
「君が落ち着け」
「今、なんて言った!?魔法使いが消されたって言ったか!?」
「うん」
「一人残らず!?」
「うん。まぁ正確にはまだ生き残りが数人いるけど、それも時間の問題だろうね。あと数時間もすれば僕を除いて魔法使いは君一人になるわけだ。おめでとう、世界最後の魔法使いというカッコイイ称号を贈ろう」
「茶化すな!!しかも『消された』って言ったか!?それはつまり、私達魔法使いを消した奴がいるって事か!?」
「正確には、奴『ら』だけどね」
なん…………だと………。
魔法。それは叡智の結晶。普通では考えられない超常現象を人為的に引き起こす力。体内を循環する生命力、または魔力と呼ばれるエネルギーを操作して引き起こす1つの技術。
魔法使いはその名の通り魔法を扱い、また魔法を次の世代に伝えていく重要な役割を持つ人々。
使える人間は限られているが、魔法使いは必ず弟子をとって魔法を伝えていくはずなので魔法使いが消滅するなんて考えたこともなかった。
しかもそれが『消された』ときた。あああ駄目だ処理が追いつかん。
「科学がとんでもないスピードで発展してるから、時代の波に押しつぶされて少なからず魔法使いがその代で消えることは予想してたが………なんてこったい」
「我々が今まで何年にも渡って築いてきた魔法を完全に消滅させる訳にはいかない。これは思い次がれてきた想いとかそんなんじゃなくて、単純に一個人の魔法使いとして悔しいだけさ。『僕』なら分かってくれるだろ?」
「……………あーなんとなくお前がしようとしてること分かったわ。あえて口には出さない」
「察しがいい僕は大好きだよ。――――君には今から魔法を世界中に布教してほしんだ。それはもう片っ端からね。幸いにも僕らに寿命はない。君の場合は憎むべきことだが今回はそれにすがって成し遂げようじゃないか。科学なんかに負けてたまるかってね」
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
私はとんでもなくデカイため息をついた。冗談じゃない。誰が好き好んでこんな使命背負わなあかんのだ。
確かに現世はそれはもう数え切れないほど憧れを抱いたが、それとこれとは別だ。第一私をここに閉じ込めた実質的犯人のような奴の命令なぞ受けとうないわ。
「そう言うと思ってたよ。なんせ『僕』だもんね」
「じゃあなんで分かってて言ったんだよ」
「ちょっと失礼………」
「?」
『私』がこちらに寄ってくる。一歩後退り少し警戒する。『私』は指先を私に向けて、まるで赤子でも扱うかのようにスラリとした優しい動きで私の胸を撫でた。
次の瞬間ビクリと体が震える。
「ひゃい!?」
「我ながら、恐ろしく早い摘出……僕でなきゃみのがぶほぉ!?」
「てめぇ、何、してん、だ!!自分で自分の胸なんか触って何が楽しいんだよ!!」
「痛い痛い!そんな顔を赤くして首を絞めないでくれたまれ『僕』!!というか、そんな乱暴にしてもいいのかな?今、僕の手元には君の心臓があるんだぜ?」
「はい?」
確かに、奴の手元にはドクンドクンと脈打つピンク色の塊があった。私は自分の胸に手を当てて心臓の鼓動を確かめる。
……………………………………………………
「ない、ない!拍動が聞こえないんですけど!?死なない大丈夫!?」
「大丈夫なわけないじゃーん。でも夢魔は神聖な力でしか殺せないから死にはしないさ。でもー」
『私』はニヤニヤしながら私の心臓に爪を立てる。すると、とんでもない激痛が体を駆け巡った。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!痛いって!!
「君の心臓は君の体とリンクしてるから、痛みは伴うよ。さぁ僕にいいように遊ばれたくなかったら言うことを聞くんだ。こっちには人質があるんだぜぇ?」
「死ね!!まじで、死ね!!いつかお前殺してやる!」
「妄言を吐くくらいだったらピクピクしてないで早く立ってよ。ほら、もう幽閉塔の鍵は開けたからいつでも出られるからはよ行ってこい」
「この状況で行けるわけねぇだろアホか………?いや、アホだったな」
「心臓」
「分かった分かった分かったからそのナイフを私の心臓に向けるんじゃあない!!」
ニコニコしながらナイフを降ろす『私』の姿を見てホッとする。こいつ、悪から生まれた私より悪じゃねぇか。夢魔通り越して悪魔だろ。
「それにね、君は僕に従わなくちゃあいけない。何としてでもこの一世一代の大ミッションを達成するべきなんだ」
「は?お前何を言って」
「『聖杯』」
『聖杯』。
そのたった二文字だけで、私の心は落ち着きを取り戻すと同時に、静かに、ただ静かに表現しきれない激情に染まっていく。
『私』の言う私の悲願とは幽閉塔(ここ)からの脱出ではなく、『聖杯』をこの手で獲得すること。そして―――――
「――――てめぇ」
「さ、これだけ言えば分かるだろう?この心臓なんて脅しにもならないお遊びだ。けど、『聖杯』さえあれば必ず君は食いつく」
「――――」
「そんなに睨むなよ、『僕』」
『私』がパチンと指を鳴らすと、目の前に丸いワームホールができる。目を擦ってよく見るとそこは現世へと繋がっているのが分かる。
「では、こほん。祝福しよう、君の新たなる旅路を。そして果たすがいい、己の使命を。このアンブロジアス・マーリンが君の旅を見守ろうじゃあないか。さぁ、行きなさい」
格好つけて予言者ぶる『私』を見て、あえてなにも言わなかった。最後まで『私』を睨みつけて、ワームホールへと足を踏み入れる。
長い長い私の旅が始まろうとしていた。
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