◇007/Spell amplifier-Spell canceller.

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◇007/Spell amplifier-Spell canceller.

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─Saphir side─



『何が怖い?』と問われれば、命のやり取りと答えたい。

『何が怖い?』と問われれば、あの時のルヴィの表情と答えたい。

『何が怖い?』と問われれば、呪符だと答えたい。

『何が怖い?』と問われれば、炎だと答えたい。



 あの時の自分は見た目だけは大人になりかけていたのに、中身は全くの子供だった。ルヴィすら守れない、自分すらも守れない。どうしようもなく子供だったんだ。


 誰が悪い?

 僕でもなく、ルヴィでもなく。…そうだ、あの日、父と会っていたあの客人が悪いんだ。そう自分に言い聞かせて生きて来た。目の前に明らかな『罪人』が居たから、それに全てを押し付けた。

 違うでしょ?確かに『罪人』は居たが、起爆させたのは自分。僕だって罪を背負わなくてはならないんだ。


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──『何が怖い?』と問われれば、命のやり取りと答えたい。


 その男は父と会う事を極秘にしていた。どうやら相当重要かつ秘匿な話し合いをしていた様だった。話そのものは聞こえない。僕もルヴィも、挨拶だけをしてそれっきり別の部屋に居た。

 ガタン、とただならぬ物音と言い争う声が聞こえたのを覚えている。黙って息を潜め、ルヴィと2人で隠れていれば良かったのに、子供特有の心配と興味本意でわざわざ父の元へと踏み込んでしまったのだ。

 そこで目にした光景は一生忘れられないだろう。緋く染まった床に横たわる父と母。母もきっと物音を聞き付けてこの部屋に来て、刺されたのだろう。ナイフを手にしてその光景を見下ろす客人。振り向き僕とルヴィの姿を確認すると、父を踏み越えこちらに向かって近付いて来た。逆手に持ったナイフが自分に向かって振り下ろされる。


 僕はここで死ぬんだと絶望した。ぽたり…と床に緋い円が描かれた。…ルヴィが僕を庇っていたのだ。



──『何が怖い?』と問われれば、あの時のルヴィの表情と答えたい。


 床に落ちた緋い円はルヴィの左腕から零れたものだった。客人のナイフは僕ではなく、僕を庇ったルヴィの腕に刺さった。驚いた客人はすぐさまナイフを抜いたがそれなりの傷。ぽたり、ぽたりと床にいくつもの緋い円を描いた。床だけではない。それと同時にルヴィが気に入って僕に着せてくれたグレイッシュブルーのワンピースも、どんどん緋くなっていく。


「…っ!」


 傷を見ればわかる。その深さの傷が痛くない訳がない。それでも痛みを堪えるかの如く、ルヴィはきつく唇を噛み締め客人を睨み付けた。

 あの時のルヴィの表情はとても怖かった。穏やかなルヴィがそうではなくなる瞬間。自分に向けられた表情ではないのにとにかく怖かった。あのルヴィもそんな表情を人に向けられるのか、と思ってしまったのが事実。

 本来であればそれは、僕がやらなくてはいけなかった事。たった1歳しか違わないのだから、本当はルヴィより何となく体格が良かった僕がルヴィを守らなければならなかった。

 あの時のルヴィの怖さは、自分自身の不甲斐なさと情けなさも相まって、忘れたくとも忘れられない記憶となっている。



──『何が怖い?』と問われれば、呪符だと答えたい。


「本当にすまない。君達には何の罪もない。だが、もうどうしようもないんだ」


 今日初めて会った父の客人だった男はジャケットの胸ポケットから1枚の呪符を取り出した。タロットカード程の大きさのそれを握り締め力を解放する言葉を口にしようとした男を、僕は突き飛ばしその解放を阻止した。

 呪符そのものは、扱った事はおろか触れた事すらない。だがその言葉で呪符の力が解放されるのを学んで知っていたし、男の呪符が炎の呪符だと言うのも読み取れていた。扱った事はなくとも、知っていたが故に呪符の解放を阻止しなければここが炎に巻かれてしまうと気が付いた。例え威力が小さくとも、建物の内部で発火したなら大事になりかねない。

 とにかく僕は、突き飛ばした事により宙に舞い上がったその呪符を手にし、破いて破棄しようと必死に手を伸ばした。


「駄目っ!」


 ルヴィが叫ぶ。刹那、僕の指先が呪符に触れた。バチっ…と魔術的な火花が散り、まるで感電したかの様な衝撃と痛みが指先に走り思わず手を退いた。


 だがもう遅い。



──『何が怖い?』と問われれば、炎だと答えたい。


 おかしい、何故だ?僕は『何も言ってはいない』。指先が触れただけの呪符は本来であれば発動しない。


 なのに、どうして?


 僕が触れた呪符は解放宣言なしに、呪符のキャパシティを明らかに越えた力を解放した。読み取った呪符内容は本当に基礎的なものだった。せいぜい小火を起こせるかどうか程度の呪符。だけど今、目の前で起きている事は小火なんかではない。


 呪符からは大きな炎が吹き出して、一気に辺りを飲み込んでいく。


 ぐい…っと腕を引っ張られ、ルヴィに寄せられた。


「逃げるよ」


 僕とルヴィは父も母も客人も見捨て、2人で屋敷を抜け出した。僕が着ていたルヴィお気に入りのグレイッシュブルーのワンピースも、ルヴィに似合っていたワインレッドのチェック柄のベストとパンツも、炎によって所々焦げてしまっていた。


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 屋敷を抜け出し、庭の裏手にある納屋に2人で転がり込む。

 ルヴィによってグレイッシュブルーのワンピースが脱がされた。そのあと、ルヴィは自分が着ていた服を脱ぎ始めた。ベストとパンツ、それらを僕に押し付け、自分はさっきまで僕が着ていたワンピースを着る。それぞれのブラウスとシャツはそのままに、目立つ物だけを交換した。


「早く着て」


 僕とルヴィは似ている。年子故にいつも双子に間違えられる。喜ぶべきか嘆くべきか、服を着てしまっている今の僕とルヴィの背格好も大して変わらない。僕が小柄と言う事実が現状を成立させている。髪は…僕の方が長い。


 大きな違いと言えば名前と瞳の色くらい。


「ごめんね、切るよ」


 そこいらに放置された鋏を手にしたルヴィは僕の伸びた髪を切る。少し乱雑に、まるで焦げた毛先をとりあえず切りましたみたいな感じに切っていった。そして自分の髪も少し雑に切る。同じ様に、もうどっちがどっちか判別出来ない様に、まるでお揃いの様に…。


 鋏を置くと改めて僕を見る。その表情はいたく真剣だった。


「サフィール、僕達は呪符に触れてはいけないんだ。だって僕達、『例外』だから」

「…例外?」

「さっき見たでしょう?サフィールが指先で触れただけで呪符から炎が吹き出た。僕達は例外、『呪符増幅者(Spell amplifier)』なんだよ。しかも解放宣言なしで触れただけで発動してしまう、1番厄介な呪符増幅者…」


 ルヴィは知っていたんだ。僕達が『例外』で呪符に触れたらいけない事を。だからさっき、僕が呪符を破棄しようとした時に止めたんだ。


 結果、僕のせいで何もかも燃えてしまった…。


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