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 今日は平和だった。これと言って特に遠征する任務もない。中央管轄区中央都市の警邏任務だけで今日は終わる。

 リアンとアイゼンは一緒に警邏任務に当たったアオイと共に、中央管轄区司令部本部の片隅に割り当てられた第6小隊の事務室へと戻って来た。別の隊員と任務交代をし、これから書類書きと言う事務仕事に就かなくてはならない。

 3人は帰路に着く際に買い物を済ませ、食事を摂ってから一気に事務仕事をこなす事にした。


 第6小隊の事務室に着くと、それぞれが活動用軍服の上着を脱いでソファーへと置く。今日は季節の割に暖かい日だった故、アイゼンとリアンは半袖のインナーを着用していた。アオイは長袖のインナー故に暑そうにしていた。

 食事用に置かれた会議用テーブルにアオイが購入した物を広げ始める。リアンは事務仕事に必要となる資料や書類を机に準備して、アイゼンはコーヒーを3人分淹れていた。


 3人がそれぞれの準備を終わらせ、会議用テーブルに着く。アイゼンとアオイが隣同士並び、アオイの向かいにリアンが着いた。

 手を合わせ食べ物に挨拶をし、有り難く頂く。リアンの下に居ると、それまで『ぞんざいにしてきた様々な当たり前』が、『する事が当たり前』になって行く。そしてそれに伴い行儀も良くなるし所作も美しくなる。


「「頂きます」」


 リアンはパスタとサラダを、アイゼンは具だくさんラーメンを、アオイは肉がたくさん乗っかった弁当を。


「そう言やアイゼンさん、あれから彼女さんとはどうなったんすか?」

「彼女?…あー、揉めた。あんな仕事しているとやっぱり無理だな」


 アオイの先制ターン。


「リアンさんは?彼女いないんすか?」

「僕?いないなー」

「何でー!勿体ない。リアンさんだったらモテそうなのに」


 2撃目もアオイが出る。


「いや、アオイ。こいつの場合、高嶺の花なんじゃないのか?」

「そっか」


 ここでアイゼンのカウンター。


「そう言うアオイはどうなんだよ。リアンと違って彼女くらい居そうに見えるけど?」

「俺?それどころじゃないっすから。今はまだ目的があるから彼女とか考えられないっす」

「そうなのか」


 ズルズルっとラーメンをすするアイゼン。汁がそこいらに飛ぶのを見てリアンが台拭きを差し出す。


「アオイは19歳だっけ?」

「そっす」

「志願兵として6隊に配属されたんだったよな?」

「そっす」

「…何で志願兵に?アオイだったら他にも就ける職はたくさんあったんじゃないのか?」


 リアンが反応する。僅かながら渋い表情をした。リアンは知っている。小隊長が故に、隊員の普段は見せない事情をある程度書類で確認して知っている。ただ、言えないし敢えて言わないだけ。


「あれ?アイゼンさんは知りませんでしたっけ?俺、孤児なんすよ。親とは死に別れて、姉ちゃんとも生き別れて。俺、こんな身なりだしろくに勉強もしてないから、志願兵かそっち系か、就ける仕事なんてどっちかっすよ」


 ひとつに束ねた淡くて長いプラチナブロンドと澄んだ深い蒼の瞳。体格も特に大きい訳でもなく、正直軍属には似合わない容姿だった。


「軍事学校に入るには俺、学ないし、そもそもそう言うの向かないし。…志願兵の方が色んな場所に行けそうだったから、そっちの方がいっかなーってさ」


 アオイがご飯の上に乗っていた肉を食べる。


「そう言うアイゼンさんは何で軍事学校に?」

「俺?別に士官になりたいとか、そんなのは正直面倒だからそんなつもりはなかったんだけど…強いて言えば…あてつけ…か?」

「あてつけ…っすか。じゃあリアンさんは?何で軍事学校に?」

「僕もあてつけ…かな?でもアイゼンとは真逆のあてつけ」

「ふぅん。リアンさんもアイゼンさんも大変だったんすね」


 机の上に置いてあったリアンの携帯が鳴り出した。食事中には出たくはないが、大事な用件だと後々困るから確認の為にリアンが席を立つ。後回しに出来なかったのだろう、リアンが通話を始めた。暫く会話をし てから2人の元へと戻って来た。


「アイゼン、トラブル発生。食事が終わったら大通りの警邏班の所へ行って貰えるかな?事務仕事は僕とアオイで済ませるよ。それとも事務仕事の方が良い?」

「いや、喜んで現場に行かせて頂きます」


 残ったラーメンを一気に食すと空容器を適切に処分し、上着とハンドガンを手にアイゼンは事務室を出て行った。


─────────────────


「アオイ、さっきはアイゼンが無神経ですまなかったね」

「いやいや、別に平気っすよ」

「無理しなくて良い。学がないなんて嘘だろ?向かないなんて事もない」

「…な…何の事っすか?」

「本名、──…だろう?」

「!」


 アオイの箸が止まる。


「君は覚えていないかもしれない。6隊以前に会った事は1度しかないし、もう10年か、もしかしたらそれ以上前の事。でも僕は君を覚えているし、君の不完全な経歴書を見ている。もしかして、と気付いていながらずっと黙っていた」

「…そっか、リアンさんは僕の事、知っていたんですね」


 アオイは箸を綺麗に置くと、さらりとしたプラチナブロンドを掻き上げ、そのまま事務室の天井を仰いでいた。


「話には聞いていたが、大変だったね」

「生きていられただけ、救いです」

「ここへは…軍には復讐の足掛かりの為に来たのか?」

「違います。別に復讐なんて考えていません。…あれだってある種の自業自得ですし…軍属になれば任務で各地に行けるから」

「…言えない事もある…って感じだね」


 リアンは席を立ち、自分が食べた分の空容器を処分した。手を洗いアオイの元へと戻ると、アオイのプラチナブロンドをぐしゃ…っと撫でる。


「常に虚勢を張っているのは疲れるだろう?僕の前くらいなら、素に戻って楽をしても良いんだよ?僕はしがない小隊長だからアオイの家に対して何かをしてあげられる訳じゃない。ただ話を聞いてあげたり、そんな事くらいしか出来ない。それでも、アオイが楽で居られる存在ではありたいんだ。…無理のし過ぎはするな。疲れちゃうだけで損するばっか」


 アオイが自身の頭に触れているリアンの腕を両手でそっと掴んだ。顔は伏せたままで口を開く。


「リアンさん、僕、姉を探しているんです。軍属になれば任務で各地に行けるじゃないですか。そうしたら任務の合間の僅かな時間でも姉の情報を集められるかもしれないと思ったんです。だからもっと遠征したいです」

「…だったら意地でも付いて来い。任務によってどうしても構成は変わる。だったらどこでも通用する様に、意地でも付いて来い」


「…はい」


 残っていた弁当を食べきり、アオイも空容器を適切に処分する。付いて行く為に、アオイは自分がやれる事をやらなくてはならない。


「アオイ、早く事務仕事を終わらせよう」


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