村の跡地
「こっちっす!」
ベンがある方向を指していた。
しかし、そこに道はなく、アルフレッドの肩にかかるくらいの長さの草が生い茂っている獣道だ。
「ベン、王女様がいる事を忘れてないか?」
「ギル隊長、忘れてないっすよ!アルフレッド先輩が抱きかかえたら大丈夫っす!」
「ですって、アルフ!」
本人の許可なく好き勝手言うベンを思わず睨む。ひっ!と叫び声をあげたが、許す気はない。エミリアは既に抱きかかえてもらう気満々でアルフレッドの側に立っている。
「この道以外では行けないのか」
他の道があるのであれば、そちらを優先したい。しかし、アルフレッドの希望はすぐに打ち砕かれた。
「俺、この道しか知らないんで、他だと辿り着けないかもしれないっす…」
「だとよアルフ、いいじゃないか。俺とベンで道切り開くから、後ろから王女様抱えて歩けば」
「抱えても、この草は鋭いから怪我をするかもしれないだろ」
「お前、そんな理由で…じゃなくて、確かに王女様に傷がついたら困るよな。うんうん」
話の途中で睨まれたギルは、慌てて同意の言葉に変える。こいつはすぐに過保護だと言ってくるが、エミリアは王女様なのだから、手厚く守って何が悪いのだろうか。
(仕方ない、胸元に抱きかかえる形で進むか)
外套を頭からすっぽりと被り、後はアルフレッドの胸に顔をしっかりとつけておけば怪我はしないだろう。
「いくぞエミー」
「はーい!」
こうしてエミリア御一行は、ベンのこっちですという、道を考えない道案内を頼りに進み始めたのであった。
(相変わらず霧が深いわね)
エミリアはアルフレッドに抱えられながら周囲の様子を伺っていた。ここに来たのは二度目であるが、何度来てもここは興味深い場所だ。
(そもそも四六時中霧が出ているということ自体不思議だわ)
なぜずっと霧が出ているのか、誰も解明できていない。森の中を迷わず歩ける人もいないので、未開の地となっている。
「ベン、お前はこの森の中は全て知っている訳ではないのか」
エミリアが気になっていた事をアルフレッドが質問してくれた。エミリアも興味津々でベンの回答を待つ。
「ある程度は分かるんっすけど、全部は分からないっす。見知らぬ道は俺でさえ迷うっすよ。アルフレッド先輩もそうすっか?」
「ああ、霧の濃さと風の流れで見極めているだけで、深い場所までは入ったことがない」
「やっぱりそうなんっすか。俺の村の人も、この森の中全てを知ってた訳じゃないんで、知らない事多いんすよね」
やはり、この森の中に住んでいたベンやアルフレッドでさえ、森の中の全てを知っている訳では無さそうだ。
「お前ら、普通の事ように話してるけど、この森の中に住んでたなんて正気じゃないぞ」
ギルは呆れたように言う。確かに彼の言うとおり、わざわざこんな森の中に住もうとするなんて、普通ではありえない。
「え〜そんなこと言われても、俺も好きでここに住んでたんじゃないっすもん」
ベンは先頭で剣で草を切りながら不満そうな顔をしていた。そんなベンにギルはすまんすまん、と笑い返している。
(この森については、帰ってからも調べましょう)
考えても分からないことをウダウダ考えても仕方ない。
それよりも今は、アルフレッドに密着しているというこの美味しい状況を楽しまないといけない。どんな時も楽しむ、それがエミリアのモットーだ。
(この前は気が動転したけど、フレデリカのアドバイスを思い出すのよ…!)
アルフレッドとのベッドでの事件後、動揺しすぎて大変なことになってしまった。ホレスの怪我を聞きつけ少し落ち着いたが、今後は同じように動揺しないようにしなければ。
ちなみに、フレデリカからは回数をこなせば慣れる、というアドバイスをもらった。それなら、早く回数をこなしたい。
(昨日のお風呂はチャンスだと思ったのに…)
結局アルフレッドは、エミリアの服を脱がせるのを手伝った後はさっさと出て行ってしまったのだ。
夜も夜で寝たフリをされる。彼は、この前エミリアを驚かせてしまったからと、慎重になっているのだろうか。それなら、もっと積極的にきていいのよ、と言っておくべきだろう。
そんな事を考えていると、突然ベンが声を上げた。
「ここっす!」
全員、ベンの声に周りを見渡す。しかし、そこには村のあった形跡はなかった。ただの草木が生い茂っている場所だ。
「ベン、本当にここなのか?」
「本当っすよ!ほら!」
ギルの疑いの声に憤慨しながら、ベンは上を指差す。そこに何があるというのだろうか。
「あっ…」
思わずエミリアも声を漏らしてしまった。ベンが指差す方向――木の上には、家の跡があったのだ。
「木の上に、家が…」
アルフレッドも、自分の目が信じられないと言わんばかりの声を出す。
「そっすよ。言わなかったですっけ?俺の村は、家は木の上にあるんっす!」
「初知りだよ…そーゆーのは先に言っててくれ」
本当にお前は、とベンに言いながらギルは木に近づく。この木をどうやって登ろうか考えているのだろう。アルフレッドもエミリアを地面に下ろし、ギルの元へと歩み寄った。
「ベン、木の上の家にはどうやって上がるのかしら?」
「上から吊るされてるロープを使うか、はしご使うかっすね。木をよじ登ってるやつもいたっす!」
そう言いながらベンはある方向を指差した。そこには木から吊るされてるロープがある。しかし、そのロープは途中で不自然に切れていた。
「上登りたいなら、はしご作るのが手っ取り早いかもっすね」
「そうね、ロープは無理そうね」
ギルとアルフレッドもそう判断したようで、周囲にはしごを作れそうな木や枝がないか探し始める。
「ベンの村は襲われたと言っていたけど、誰に襲われたの?」
「分かんないっす。俺、当時多分十歳くらいだったんすけど、母ちゃんにいきなり逃げろって言われて、命からがら逃げたんで、敵をちゃんと見てないんっすよ」
誰がやったんでしょうね、そう言いながらベンも木や枝探しに参戦を始めた。
(木の上に村を作る…不思議な風習ね)
こんな森の中に住んでいたくらいだ、剣士の多い村であったはずであろうに、なぜ滅ぼされてしまったのだろう。
エミリアはゆっくりと周辺を見渡す。
何か手がかりになるものは無いだろうか、ヒントになるものが欲しかった。
「王女様、俺の後ろに」
突然、ベンが両手に剣を構えてエミリアの前に立った。その目はいつものお茶目な雰囲気はなく、野生の動物のような雰囲気である。一体どうしたのだろう。
「敵のお出ましか」
ギルも剣を構えながらやってきた。アルフレッドも無言でエミリアの横に立つ。どうやら敵が近くにいるようだ。
「お前らだけでいけるか?」
「駄目だったら一番隊隊長辞めなきゃいけねーな」
ケラケラ笑うギルは余裕そうなので、きっと大丈夫と言いたいのだろう。
「ベン、何人だ」
「八っす。四四でいいっすか?」
「この霧の中での戦いはお前の方が慣れてるだろ。五人やれよ」
「いやっすよ」
誰が何人やるかで揉めるくらいには余裕があるらしい。エミリアは彼らの実力を知らないが、二人の余裕さを見るに、そうとう強い二人のだろうと解釈することにした。
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