夜の出来事


「これは、どういうことだ」

「だってこうでもしないと、アルフは逃げるでしょ?」

「…」


現在アルフレッドは、ベッドに押し倒されていた。もちろん、相手はエミリアだ。


「上から退け、無理矢理引き剥がすこともできるんだぞ」

「そんなことアルフしないでしょ?」


ね?とエミリアは首を傾げてみせた。

しないでしょ?と言いながら、その目はしたら駄目よと命令している。


「…何が目的だ」

「朝言ったでしょ?また今夜って」


アルフが部屋に鍵をかけていたから、仕方なく呼び出したのよ、とエミリアはアルフレッドが悪いのだと言いたげだ。


「急ぎの用事と言うから部屋に来たんだ、寝るために来たんじゃない」

「急ぎの用事だもの」


少し拗ねたような顔をしながらエミリアは言う。


(何でこんなに一緒に寝たがるんだ)


エミリアはアルフレッドが男だという事を忘れているのだろうか。やたら一緒に寝たがるのでアルフレッドも困る。


「誰かと寝たいのなら、ライラか、フレデリカか、そっちを呼べ」

「私はアルフが良いって言ってるのよ!」


今度は怒ったような顔をする。本当に表情がコロコロ変わるやつだ。


「男女が気軽に一緒の布団で寝るもんじゃない」

「昨日は寝たじゃないの!」

「あれはイレギュラーだ」

「そんなぁ…」


エミリアは腕を組み、アルフレッドを何て説得しようかと考え始めたようだ。人の上でそんな事をしないで欲しい。


「いいから早く降りろ」


手を伸ばしエミリアの腰を掴む。持ち上げて降ろそうと思ったのだ。


「嫌よ!」


エミリアは抵抗するようにアルフレッドに覆いかぶさった。この体勢は不味い、誰かが部屋に入ってきたら勘違いされること間違いない。


「おい、いい加減にしろ!」


焦った声を出しながら、ベッドから上半身を起こした。しかし、エミリアがしがみついている状態なので、このままだとベッドの上で抱き合っているように見えそうだ。


「…アルフは、私のこと嫌い?」

「は…?」

「嫌いなの…?」


しがみついたまま離れないエミリアは、繰り返し問う。何故今そんな話になるのだろうか。アルフレッドは話についていけず困惑する。


「…そんな訳ない。主として慕っているから、騎士になった」


しどろもどろ答えるアルフレッドに、エミリアはさらに追い打ちをかける。


「なら、寝る時も側にいて!」

「え」


どういう理論なのだ。アルフレッドには全く理解できない。主として慕っているから、一緒に寝るべきなのだろうか。


「ずっと側にいるって、言ったわ」


エミリアはアルフレッドから身を離すと、顔を見ながら怒ったように言う。ずっと側にという件は、エミリアが言ったことであって、アルフレッドが言ったことではない。


(いや、でも確かに俺の人生捧げるとは言ったな…)


どうするべきなのかグルグルと頭の中を悩ませていると、ふと、エミリアの首元に目が行った。

そこには今までは無かった青い花の模様が浮かんでいた。フレデリカが呪いの侵食の速度が上がっていると言っていたが、本当に進んでいるようだ。


(後、どれくらいの時間が残されているのだろうか)


アルフレッドは無意識にエミリアの首元に手を伸ばし模様をなぞった。エミリアはくすぐったそうに身体をよじる。


彼女のことを命懸けで守りたいと思っている。


それは、エミリアがアルフレッドにとって特別な存在となったからだ。エミリアがいなければ、今のアルフレッドは存在しない。


しかし、守りたいと思っている彼女は、呪いのせいで死に向かっている。そんな彼女は、どんな気持ちで毎日を過ごしているのだろうか。


(少しでも悔いの無いように、って事か)


エミリアはまだ十五歳だ。王族なので政略結婚となるかもしれないが、恋も結婚も経験できずに終わる可能性がある。


だからこそ、いつ死ぬかも分からない今、後悔しないように毎日を過ごしているのかもそれない。


(まあ、絶対終わりにさせるつもりはないがな)


呪いが相手だろうが何だろうが、アルフレッドは彼女を救ってみせるつもりだ。生きてもらいたいのだから。


でも、今の所、呪いを解く方法は見つかっていないのは事実だ。


少しでも彼女が笑顔でいてくれる時間を増やすべきかもしれない。彼女の我儘を受け止めてあげるべきかもしれない。それは、騎士である自分の役目だろう。それが意味の分からない添い寝の願いであっても。


これは不可抗力だ、アルフレッドは自分に言い聞かせる。


「…寝るぞ」

「!」


エミリアは途端に笑顔になった。いいの?やったあ!と騒ぎながらベッドの中に潜り込む。


「毎日寝てくれるのよね?」

「…俺は仕事で寝るのが遅くて朝が早い。ちゃんとこのベッドに来るから、お前は毎日先に寝とけ」


釘を差しておかないと、エミリアは毎日起きて待ってそうだ。


「分かったわ。ちゃんと来てね?約束よ」

「あぁ、約束だ」


メイドやギル達にこの事はバレたくないが、どうやって誤魔化していくべきだろう。アルフレッドはそんな事を考え始めた。






















(嬉しい!)


エミリアはニヤケながらベッドの中に居た。

まさかこんなにすんなりとアルフレッドが受け入れてくれるとは思わなかった。


自分の身にもしものことがあっても後悔しないように、そう思って最近は積極的にアプローチをしているつもりだが、反応はいつもイマイチだった。


(でも、今日はとっても反応が良かったわ)


アルフレッドの方から寝ようと言ってくれた、これは関係が進んでいる証拠だろう。きっとそろそろ付き合えるはずだ。本によると、そう書いてあった。


(これからどんどん進展させなきゃね!)


付き合ってすぐ結婚してもいいとエミリアは考えているのだが、彼はどう考えているのだろう。


チラリとアルフレッドの方を向くと、エミリアに背を向けて寝ていた。


(寝るのが早すぎるわ)


もう少し話したかった。そんな事を思いながらエミリアはアルフレッドの方に近づき後ろから抱きつく。


すると、アルフレッドが声をかけてきた。


「おい、何のつもりだ」

「寝たのかと思ってたのに」

「まだ起きてる。だから離せ」


そう言うと身じろぎをしてエミリアから離れようとする。しかし、エミリアは離す気はない。なんならもっと近づきたいと思っているくらいだ。


「嫌よ、もっと近くに居て」

「…お前…俺を何だと思っているんだ…」


これだから箱入り娘は、とブツブツ何かを言っているが、彼は何を言いたいのだろうか。アルフレッドはアルフレッドだと思っている。


「それよりアルフ、結婚はすぐにでいいかしら?」

「…誰と誰の結婚の話をしている」

「私とアルフよ」


背中に顔をピッタリとくっつけながら言う。前は抱きつくだけで赤くなってしまっていたが、今はスムーズにできるようになっている。自分も成長したわね、とエミリアは密かに思っていた。


「いつ、結婚の話になったんだ…」

「え?しないの?」


何で?と抱きつく力を強めながら訴えかける。アルフレッドは離れろと身をよじってくるので、しがみつくのも一苦労だ。


「付き合ってもないと、何度言えばいいんだ」

「なら、付き合いましょう」


とっても簡単な話だった。付き合ってないなら、付き合えばいい、何を当たり前の事を言うのだろう。


アルフレッドはため息をつくと、エミリアの方に身体を向けた。いきなり動くので、エミリアもびっくりして手を放してしまった。


「エミー、付き合うというのは、好きな人同士の男女が交際することだ」

「? 知ってるわよ。ちゃんと本で読んだもの」


王宮の奥でひっそりと暮らしている時に、恋愛指南書もしっかりと読み込んでおいた。だからエミリアは知識だけは持っている。


「お前の俺への好きは、国王やライラやギル達への好きと同じだ」

「同じ…?」


それは考えた事がなかった。確かにみんなの事が好きだ。そしてアルフレッドのことも好きだ。でも、その好きに違いがあるのだろうか。


「そうだ、分かったなら変な事を言わずにさっさと寝ろ」


そういってまたエミリアに背を向けようとしたアルフレッドを慌てて引き止める。


「違うわ、アルフのことは特別に好きだもの!」

「…」


アルフレッドはまたエミリアの方を向いてくれたが、その顔には疑っていますと書かれているように見えた。何故こんなに疑われているのだろう。


「本当よ」


そう言うエミリアに、アルフレッドは何とも言えない顔をして見せる。

そして、眉をひそめ何か考える素振り見せた後、アルフレッドはため息まじりに言葉を続けた。


「エミー、好き合ってる男女はベッドでこういう事をするんだぞ」


ギシッと音がして、アルフレッドがエミリアの上に覆いかぶさった。こういう事とはどんなことだろう、エミリアの持つ知識には該当するものが無いので、首を傾げる。


そんなエミリアを見ながら、アルフレッドは目を細め顔を近づけてくる。

彼の顔をこんな間近に見るのは久しぶりなので、思わずときめいてしまいそうだ。


しかし、彼のエメラルドグリーンの瞳はいつもと違い、獣のような獰猛さを感じさせる光を放っている。


(怖いけど、綺麗な瞳)


そなんな風にのんびり考えられたのも束の間だった。


エミリアの視界一杯にエメラルドグリーンが広がったと思ったら、エミリアの唇に柔らかなものが押し付けられた。

何だろうか、そんな事を考えていると今度は口の中に温かいものが差し込まれる。


(これは…!)


ようやくエミリアは自分の身に起きたことを理解したが、どうすることもできない。ただただ為す術もなくパニックになるしかなかった。

温かいそれは、口の中をゆっくりと舐め回すと、今度は絡めてくる。


(ど、どうしたら!そ、それよりも、こ、呼吸!)


初心者のエミリアは呼吸の仕方すら分からない。動こうとしても、両腕をがっちりと掴まれているので動くこともできない。

もうエミリアは、されるがままに翻弄され続けるしかなかった。


どれくらいの時間が経っただろうか、エミリアには数時間にも感じられた。ようやくエミリアの口は開放され、アルフレッドが離れる。


(お、終わった…)


嬉しいような、寂しいような、複雑な心境だ。


アルフレッドは自分の唇をペロリと舐めている。その姿は妖艶で、見ていたエミリアは真っ赤な顔が更に真っ赤になる。


「分かったか?もうされたくなければ意味の分からないことは言うな」

「…」


呼吸が荒れているエミリアは、言葉を発することが出来なかった。変わりに頷いて返事をする。


「ならいい、寝るぞ」


そう言うとアルフレッドはエミリアの上から降り、また背を向けて寝始めた。


エミリアは今起きた刺激的な事のせいで頭が冴えて当分眠れそうにない。あれは、エミリアの知識外の出来事だった。


(ど、ど、ど、どういうことかしら。今の行為が気軽に出来るようになれば、付き合えるということかしら!?)


パニックになりすぎて過ぎて、アルフレッドの話は半分しか聞いてなかった。これが出来なければ次に進めないというのであれば、エミリアは頑張るのみだ。


そうだ、フレデリカなら知識が豊富だろう。彼女に教えを請うしかない。


エミリアは興奮しながらそんな事を考え始めた。


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