情報
(もうここまで広がってきちゃったのね)
エミリアは鏡に映る自分の姿を見ていた。
つい先日までは鎖骨辺りまでしか呪いの花は無かったが、今は首元まで模様が広がっている。
つい先日、主治医のフレデリカから呪いの広がるスピードが早まっていると言われた。エミリアもその事には気づいていたが、改めて言われると少し悲しい気持ちになった。死が近づいていると実感してしまうからだ。
(クヨクヨしていても、仕方ないわ)
よしっ、と気合いを入れ直すとエミリアは鏡から離れる。どうしようもない事を嘆くより、今できる事を精一杯頑張りたい。それがエミリアだ。
「アルフ、遅いわね」
現在彼は護衛を外れフレデリカの元に言っているらしい。きっとエミリアの呪いの話をしているのだろう。
今朝は起きたらアルフレッドが同じベッドに居て、とても嬉しかった。
いつ死ぬのか分からないエミリアは、毎日悔いのないように暮らすことをモットーにしている。なので今夜もアルフレッドと一緒に寝るつもりだ。
(きっとアルフレッドはまた嫌がるだろうけど、そんなの気にしないわ!)
一方通行な思いなのは悲しいが、それでウジウジして行動できずに後悔して死ぬことだけはしたくない。死ぬギリギリまでアルフレッドにアタックし続ける、そう決めていた。
「お嬢様、頼まれていた本が届きました」
扉が開き、ライラが声をかけてくる。
「ありがとう、あと彼も呼んでくれる?」
「かしこまりました」
ライラは本を机に置くと、素早く部屋を後にした。
エミリアは置かれた本を見つめる。つい先日、ある人から少し気になる話をきいたので、ライラに頼み取り寄せて貰ったのがこの本だ。
「王女様、お呼びっすか!」
扉が勢いよく開く。
扉の側に待機している兵はギョッとした顔をしていた。確かに、王女の部屋にこんな元気よく礼儀もなしに入る人は珍しいだろう。
「ええ、忙しいのに時間を割いてくれてありがとう、ベン」
「大丈夫っす!マーヴィン先輩がいいって言ったんで!」
ニカッと人に好かれそうな笑顔でベンは笑う。彼はとても明るく元気なので、話しているとこちらまで元気になれる。
「この前ベンが話していた本は、これであっているかしら?」
スッと本をベンの方へ差し出す。
ベンはあの話ですか、といいながら本を覗き込み頷いた。
「これっすね。俺の村…ビベル王国にあった村では、夜に母親がこの本を呼んでくれるっす!」
「良かった、これで合ってたのね」
ゆっくりと本の表紙を撫でる。表紙には絵も何も書かれておらず、シンプルな作りとなっていた。ベンはその本を懐かしそうに見ている。
「よく取り寄せられましたね、販売はしてないと思うんすけど」
「ちょっとね、コネで手に入れたのよ。それで、この前の話の続きだけど、ギルはビベル王国の生まれなのね?」
「そっす!」
この前の散歩の際、ギルの赤い瞳が珍しいという話をしたところ、自分は元ビベル王国の人間でハーフなんですと教えてくれた。
「死んだ父ちゃんかルマイ王国の人間で、死んだ母ちゃんがビベル王国の人間でした!親が死ぬまではビベル王国の村に住んでました」
幼少期を国外で過ごしていた彼はルマイ王国の言葉が少し苦手であった。独特な喋り方をするのは、そういった背景があるらしい。
「その住んでた村で、この本の中に書かれている物語を読み聞かせてもらっていた、と」
「そっすね!ビベル王国は、小さい村にも王様がこの本を配ってくれるんす」
その配られた本を子どもに読み聞かせて、その子どもは大きくなったら自分の子どもに読み聞かせる、という風に次の世代に繋げていくらしい。
「俺が内容全部覚えていないっていったから、取り寄せたんすか?」
「ええ、内容を知りたくなったの」
子どもに読み聞かせて繋げていくはずなのだが、どうやらギルは覚えきる前にビベル王国を出てしまったようだ。薄っすらとした内容しか覚えてなかった。
「村襲われて母ちゃんも父ちゃんも死んで、俺飢え死ぬ前に村出ちゃったからっすね〜覚えてないんすよ…」
ギルは頭を掻きながら申し訳なさそうな顔をする。壮絶な過去のはずなのに、彼は何でもなさそうな顔をして話す。それは彼の強さの表れなのではないかとエミリアは思っていた。
きっとルマイ王国に来てからも苦労したはずだ。彼のように金髪に赤い目はルマイ王国では目立つ。言葉の壁もあっただろう。
「ベンは、この物語の話を他の人にしたことは?」
「ないっすね。基本的に俺、聞かれないと昔の話しないんで!ベン隊長にもあんま話すなって言われてます」
「何だ、お前それは律儀に守ってたのか?」
「隊長!」
ベンが嬉しそうな顔をして扉の方を向いた。そこにはギルとアルフレッドが立っている。フレデリカの用事が終わって戻ってきたのだろう。
「戻りました王女様」
「お帰りなさい。…アルフどうしたの?」
「放っといて大丈夫ですよ、こいつが悪いんで」
ギルはいつも通りにこやかであるが、後ろにいるアルフレッドは不機嫌そうだ。だがギルが大丈夫というのであれば、大丈夫なのだろう。
「それよりベン、お前王女様に昔話でもしてたのか?」
「そうっす!この前、俺の目の事聞かれて、それで俺の村の話しして、そん時に寝る時に話してもらってた物語の話もして」
「お前の説明は分かりやすいようで分かりにくい…。寝物語の話をしてたってことな」
「なんすかそれ?」
「…後でキャロウに教えてもらえ」
ギルとベンの会話は兄と弟のようだ。見ていて微笑ましい。エミリアには兄弟がいないので、少し羨ましさもあった。
「ベンが薄っすらと覚えていた内容がとても気になってね、ちょっとコネを使ってその寝物語が書かれている本を取り寄せたの」
これよ、とエミリアはギルとアルフレッドに差し出す。二人はピベル王国の言葉が読めるようで、本を捲りながら内容を読み込み始める。
「世界の始まり、か」
「そうっす!この世界はピベル王国の王様の祖先が創り上げたっていうやつっす」
アルフレッドの呟きにギルは元気よく答える。
「まあ、どの国も自分達こそが世界を創ったと国民に言い聞かせるだろう。ルマイ王国にも建国物語はあるしな」
ギルは本を読みすすめながら言う。確かに彼の言うとおり、ルマイ王国にも建国物語は存在する。
「そうね。でもね、ピベル王国の物語には少し気になる部分があるの。ここよ」
「ん…?何だこの文字、はじまり…後なんて読むんだ?」
「ギルが読めないのなら、俺にも読めない」
アルフレッドとギルは、ピベル王国の言葉を生活に困らない程度のレベルで習得はしている。しかし、この本には所々読めない文字が書かれていた。
「あ、俺読めるっすよ」
ヒョコッと本を覗き込みながら、ベンはしれっと言い放つ。
「何だ、じゃあこれはピベル王国の言葉なのか?」
「そうすっよ!ちょっと古い言葉っすけど。ギル隊長にも読めないもんあるんすね!」
「うるせー」
「わわっ!」
ぐっと頭を抑えられ、ベンは慌てふためく。
そんなやり取りをアルフレッドは呆れたように見つめていた。そんな彼らを尻目に、エミリアは話を進めていく。
「私も一応読めるわ。でも、古い文字だから、読み方に自信がないの。ベン、読み上げてくれる?」
「はいっ!」
王女様に頼られちゃった、そんな顔をしながらベンはニコニコと本の内容を読み上げた。
「王国ができるはるか昔、神は領土を巡って争い続ける人間たちに悲しんだ。そこで神は、ある一族に力を分け与え、戦いを辞めさせた。その一族は『始まりの一族』、我らの王なり」
ベンは読み上げると満足げな顔をした。そんなベンをギルは頭をポンポンと叩き褒め称えている。
「お前、本当に読めたんだな。偉いぞ」
「うっす!」
「それ褒めてるのかギル」
そんな男性陣の会話を気に留めず、エミリアはじっくりと考え込む。
(始まりの一族…)
この言葉が引っかかっているのだ。
各国に建国物語はあるのは知っていたし、各国の物語は知っているはずだった。しかし、今聞いた話は聞いたことがない。
「ベン、ピベル王国の建国物語は、勇者が敵を倒し一国を創り上げた、という話ではなかったかしら?」
「それは国の始まりの物語っす!でも、それは王の話じゃないんで、王様は本くれないんすよ!」
「本をくれない…?」
どういうことだ、そんな顔をしながらギルが聞き返す。
「世界の始まりは、王様が本をくれるんです。王様から貰ったものだから、みんな家宝にします!」
「各村に配っているということか?」
「そうです隊長!だから、これ売ってないしこっちの国の人知らないと思うんすけど、なんで王女様手に入れられたんすか?」
不思議そうな顔をしながら、ベンがエミリアの方を向く。そんな彼に向かってエミリアはニッコリと微笑んだ。
「秘密よ」
「そうっすか!」
そういう事もありますよね、と直ぐに引いてくれる彼にエミリアはホッとする。これ以上は聞いて欲しくはなかった。
「一般的に知られている国の始まりの物語とは別に、ひっそりと伝えられている世界の始まりの物語が存在していた、ということか」
今まで黙っていたアルフレッドが口を開く。アルフレッドもギルもエミリアと同じ建国物語しか知らなかったようだ。
「そうみたいね。いくら休戦協定を結んでるとはいえ、ピベル王国については知らない事も多いわ」
エミリアとしてはこの世界の始まりという物語が気になって仕方ない。もっと詳しく調べなければと思っている。
「ベン、暫くは私の側で話を聞かせてくれるかしら?」
「うっす!護衛暇なんで、お喋りする方がいいっす!」
「こらっ」
ゴツン、とベンはギルから拳骨を食らう。暇してるのはお前だけだと言われ、そうなんすか?と不思議な顔をしていた。
「ったく…王女様、ベンが役に立つかは分かりませんが、使ってください。自由に動けるように手配しておきます」
「ありがとうギル」
ただの直感でしかないが、この物語はエミリアの呪いに繋がる情報があるかもしれない。そんな事をエミリアは考えていた。
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