第10話 デート④
翌日の綾乃のシフトは早番だった。咲希にお礼を言いたいと思っていたが、この日の咲希は休みのため、書店にはいなかった。
朝のミーティングを終えて、新刊を並べていく。
開店準備を進めてから開店すると、大型書店にはパラパラと客が入ってくる。いつも通りの業務を進めていくと、あっという間に夕方になり、綾乃の業務時間が終わる。
バックヤードに戻った綾乃は目を見開いて驚いていた。
「よっ、綾乃」
「石川先輩?」
そこには休みのはずの咲希の姿があったのだ。
「お疲れ様、綾乃」
労いの言葉を投げてくれる咲希に、綾乃はどうしたのかと尋ねる。咲希はにこにこしながら、
「昨日の初デート、どうだったか気になったから、来ちゃった」
そう言って舌を出した。
綾乃にとっては咲希に会いたいと思っていたので願ったり叶ったりである。
「この後、時間、貰っても大丈夫?」
咲希の言葉に綾乃は頷いた。
急いで帰宅の準備を整えて、咲希と共に店を出る。
綾乃は咲希の運転で喫茶店へとやって来ていた。席に座り、注文を終えると咲希が口火を切った。
「初デート、どうだったの?」
「映画が、凄かったんです」
綾乃は昨日観た映画の感想を咲希に話していく。思い出しただけでも胸が熱くなるような展開だったことを話し終えると、咲希は呆れたように、
「映画が良かったのは伝わったから」
そう言って笑った。そして、
「天野さんとはどうだったの?」
続いた咲希からの質問に、綾乃はゆっくりと楓と過ごした時間を思い返した。
「映画の後、お茶に誘われました」
そこでは自分が代金を支払ったこと。そして、そこで映画の感想を言い合ったことを咲希に報告する。
「お互いの感じ方は少し違ったみたいですけど、人それぞれの感じ方があるんだなって、勉強になりました」
綾乃は感想を言い合った時のことを思い返しながら言う。
楓は映画よりも本の中の方が良かったと思っているようだった。それはそれで、目の肥えた楓ならではの感想なのかもしれない。それ自体を責める気は綾乃にはなかった。
「あ、あと。連絡先、交換しました」
「そうなの? やったじゃん、綾乃!」
咲希は自分のことのように喜んでくれる。そんな咲希に綾乃は少し照れてしまう。
「綾乃は連絡してあげたの?」
「はい」
綾乃は帰宅後に、お礼のメールをしたためたことを話した。咲希は
「返事……?」
「あれ? 天野さんから返事、届いてないの?」
咲希に指摘されて綾乃は初めて自分があの後メールボックスを開いていないことに気付いた。
元来、綾乃のスマホが鳴ることは珍しかった。そのため、常にマナーモードにしていたので、受信があっても気付かなかったのだ。
指摘された綾乃は慌ててスマホを取り出すと、中身をチェックする。
「あ……」
「どうした?」
「返事、来てました……」
受信の日付は昨日の夜になっていた。
「綾乃~、しっかりしなさいよ?」
咲希は綾乃に苦笑気味に言う。綾乃はしまった、と思うものの、楓からの内容を読んでいく。
しっかりした文体で書かれているメールは、それでも要点だけをしっかりまとめてあった。
「天野さん、何だって?」
咲希の問いかけに、綾乃はメールの内容をかいつまんで話す。
「天野さんも、無事に帰宅できたって。あと、映画に付き合ってくれてありがとうって」
そして、早速綾乃からメールが貰えたことが嬉しかったと記されていた。最後に、また書店に寄らせてもらうことも書かれてある。
しっかりしたその内容を聞いた咲希は、感心したように口を開いた。
「しっかりしていて、いい人そうね、天野さんって」
咲希にそう言われると、綾乃は嬉しくなるのだった。
「先輩のお陰で、無事に終えることが出来ました。本当にありがとうございました」
綾乃は深々と頭を下げてお礼を言う。咲希は慌てた様子で、
「顔を上げて! 私、何もしてないし!」
そうは言うものの、洋服を用意してくれたのは咲希である。綾乃は本当に感謝の気持ちを伝えたいと思っていた。
「ここは、私に出させてください、先輩!」
「え?」
「ささやかですけど、お礼なので……」
綾乃がそう言うと、咲希はにっこり笑って、お願いします、と言う。その言葉に綾乃はほっとするのだった。
「何はともあれ無事、初デート成功、おめでとう!」
咲希の笑顔に綾乃も自然と笑顔になる。
本当に、自分は恵まれているな、と感じながら、綾乃は咲希としばらく談笑し、咲希に家まで送ってもらうのだった。
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