第10話 デート②
食事を終えて家まで咲希に送ってもらった綾乃は、いつものように家事を行い、シャワーを浴びる。しかしシャンプーはトリートメント後と言うことで控えるよう注意されていたので、身体だけを洗って風呂場を出た。
そして明日着て行く予定の咲希が用意してくれた洋服たちを眺めていると、ふと足元の靴が目に留まる。
ピンクベージュのローヒールサンダルだ。
全体のコーディネートを考えて咲希が選んでくれたが、普段スニーカーばかりを履いている綾乃は、ローヒールとは言え、ヒールのある履物で上手に歩けるか不安になる。
風呂上りに外の夜風に当たろうと考えていた綾乃は、試しにこのサンダルを履いて外に出ることにした。
秋のはじめを告げる虫たちの声を聞きながら、まだ生ぬるい風に当たる。初めて履いたローヒールサンダルは、スニーカーに比べるとやや足元が重たく感じたものの、歩いているうちに慣れてくる。この様子なら明日は大丈夫そうだ。
自分のことを考えて選んでくれた咲希への感謝の気持ちを改めて感じながら、綾乃は夜風に当たる。
そして家に戻った綾乃は大事にサンダルをしまうと、すぐに眠りについてしまうのだった。
翌日、時間通りに起きた綾乃は顔を洗うと用意していた服に着替えていた。
咲希が用意してくれたコーディネートは、白のマキシ丈のプリーツスカート。トップスは濃い目のグリーンの半袖サマーニットで、裾の部分は咲希に言われた通りスカートの中に入れていく。そして小物のアクセントとして用意して貰った、大きすぎず小さすぎない白のスクエアバッグの中に、必要最低限の持ち物を詰めていく。
鏡の前で髪型を整えると、もう家を出るいい時間になっていた。綾乃は忘れ物がないかの最終確認をしてから家を出た。今日は爽やかなカラっとした晴れだった。
歩いて映画館へと向かっていると、綾乃は昨夜咲希に言われたことを思い出して少し不安になってくる。
(来てくれる、かな……?)
ドキドキしながら映画館の広い駐車場に足を踏み入れた綾乃は、看板の前に自然と目線を移した。そこには遠目でも分かるシルエットが立っている。
(天野さん!)
その姿を見てホッとした綾乃は、駆け寄ろうとして着慣れないマキシ丈のスカートの裾を踏んでしまいそうになって思いとどまる。その代わり、出来るだけ速足で近寄っていく。
楓は無地のグレーのフルジップパーカーに、足首のところまで折り曲げているジーンズ、そして黒のローカットスニーカーの格好をしていた。
息を弾ませて綾乃は楓に声をかけた。
「お待たせ、しました……」
はぁはぁと息を切らせた綾乃を見た楓も、その姿に少しホッとしているようだった。
「慌てなくても大丈夫でしたのに……」
申し訳なさそうに言う楓の声に、自然と笑顔になってしまう綾乃だった。
「お待たせしても、悪いですから」
にっこりと微笑む綾乃の顔を見た楓が少し顔をそむける。
「まだ少し上映時間までありますが、中に入りましょうか」
顔をそむけたままの楓の言葉に、綾乃はしっかりと頷いた。
映画館の中は冷房がきいていて涼しい。平日と言うこともあり、人もあまりいなかった。楓の後に続いてチケット売り場に並ぶ。
綾乃はあまり映像作品を観ることはなく、基本的に本の中の活字を楽しんでいたので、自分の楽しんでいた作品がどんな映像に仕上がっているのかが楽しみだった。
特に会話らしい会話もなく、列は綾乃たちの番になる。機械の前で財布を出そうとした綾乃だったが、
「ここは僕に出させてください」
やんわりと言う楓の言葉に驚いて、楓の顔を見上げる。綾乃の顔を見ずに、楓が購入の手続きを進めてしまう。
「どの席が、いいですか?」
「私、映画ってあまり観に来ないんです。なので、天野さんに任せてもいいですか?」
綾乃の言葉に少し逡巡した楓は、じゃあ、と言って真ん中の方の席を予約した。対面ではなく機械で席の予約が出来ることに、綾乃は終始驚いていた。そしてあっという間に手続きが終わり、席の予約が完了する。
上映時間まであと30分ほど余裕があった。
「沓名さん、何か飲み物とか食べ物でも買いましょうか」
楓の心遣いにほっこりしながら、綾乃は頷いた。そして再び行列に並んで、ポップコーンや飲み物の売り場へと移動する。
「沓名さんは、何にしますか?」
「飲み物だけにしようかなって」
列に並んでいる間に、上の方にあるメニューから自分が欲しいものを選びながら会話を進める。
「天野さんは、良く映画を観に来られるんですか?」
「そうですね。実写化が決まったものは、結構観に来ています」
楓もメニュー表を見ながら答えてくれる。
そんな話をしていたら綾乃たちの番になった。綾乃が別のレジへ行こうとすると、
「一緒に頼んでください、沓名さん」
楓に止められてしまう。綾乃は悩んだ結果、コーラを注文した。楓はポップコーンとコーラを頼み、店員がそれぞれの準備を行う。
「あの、お金を……」
おずおずと言い出す綾乃に、楓はにっこり微笑んで、
「大丈夫ですよ。ジュース代くらい、出させてください」
そう答えられて、綾乃は申し訳なさに身を縮こまらせる。
そうして準備されたポップコーンと2つの飲み物を楓は当たり前のように持ってくれた。
そしてすぐに入場のアナウンスが入る。
綾乃は楓の後ろをついて歩き、映画館への入場をしていく。
まだ明るい館内で自分たちの席についた綾乃は、これから始まる映画にワクワクが最高潮に達するのだった。
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